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まるで月の光のような

「サヤカ、あの子の事知ってるなら紹介してくれればいいのに」

 アオイの転入した日の夕食の時、食堂でトリエラはサヤカにそんなことを言った。

 その日の夕食は昼間の約束通りサヤカのおごりだった。

 普段であれば、サヤカは散々渋ったあげく割り勘にしようとするのだが、今日渋るのはさすがにそこまで渋るのはトリエラに失礼だと思ったのだろうか。


「ごめん、トリエラ」

「アオイさんと、何かあったの?」

 トリエラは自分の脳みそに残っているなけなしの平静さを必死にかき集めて、サヤカにそう聞いた。

「むかし、いろいろあって、少し顔を合わせづらいだけだよ」

「トリエラが、気にすることじゃない」


 その言葉を聞いたサヤカの表情に、脳裏がちくりと痛むのをトリエラは頑張って無視した。

 昔した、ふたりの約束。

 私たちの間には、隠し事はないと言ったのは、貴方じゃないか――。

 その約束を蔑ろにされるのは、嫌だった。


 仕方ないじゃないか、私たちはもう、子供じゃない。

 そう言いたげな顔のサヤカに、トリエラはニコリと微笑んだ。

 サヤカの内心を知った上で、赦しを与えているみたいな顔を、意識して作る。


「私にも、言えない?」

「うん、ごめん」

 卑怯だな、と自分でも思う。

 そんな聞き方をすれば、相手が罪悪感を感じることなど、わかっていたはずなのに。


 一方そのころ、

 サヤカは、父から届いた手紙からすべての状況を知ってしまったばっかりに、トリエラにすら隠し事をしなくてはいけなくなってしまったことに、深い憤りを感じていた。

 それもこれもすべて――。

 怒りを誰かに向けようとしたとき、ふと冷静になった。

 この問題は、いったい誰が悪い?


 やって来たアオイが悪いのか?否。

 彼女はただ、父に言われるがままにしているだけなのだ。そこに悪意はない。


 私に何も言わずにアオイを派遣した父か?否。

 事後とはいえ説明はされたし、何かしらの意図があるのは確実である。


 では、トリエラが悪いのか?否。

 彼女はこの件に関しては完全に部外者であり、むしろ巻き込まれた側なのである。非難する権利はあれど、非難される謂れはない。


 非難される謂れがあるのは、自分自身だ。

 アオイを知ろうともせず、トリエラに押し付け、《《こと》》が起こるまでダンマリを決め込んだ自分自身。

 自分は3年前からずっと、卑怯者のままなのだ。卑怯者でなくなるために、ここに来たのではなかったか――?


 そんな冷徹な自己分析から逃げるようにして、サヤカは夕食が終わるや否やベッドに潜り込み、惰眠という名の逃避を始めた。


 そして夜が更けて、日が登って、またいつも通りの1日が始まって、模擬戦の時間。

 ティターン・ドールに一本の近接武器だけを持たせた状態での模擬戦。

そんな状況が本当にあるのかはさておき、訓練としてはかなり重要性の高いものである。


 人型の兵器であるティターン・ドールは、まるで人間のような動きができることが最大のウリであるのだが、それは人間と同じ動きができるという事とイコールではない。

 複雑な骨格と、柔らかい肉と皮で構成される人間と異なり、比較的単純な関節と硬い金属で構成されたティターン・ドールはそもそもの柔軟性が大きく異なるのだ。


 そしてそれが一番顕著に現れるのが剣を始めとした近接武器を使う格闘戦であり、訓練生はそこでTDの近接戦闘……モーションパターンによるある種ゲーム的なそれを体に叩き込むことになるのだ。


 現行の第二世代TDにはおおよそ30種類ほどの近接攻撃モーションが設定されており、各種の近接武器とモーションの組み合わせにどれだけ対応できるかが格闘戦の勝敗を分ける。

 このモーションにはこう動く。あのモーションにはこの動き……。


 それだけなら覚えさえすれば簡単ではあるが、実機訓練で振り回されるのは刃を潰して威力を落としているとはいえ実剣であり、当たりどころが悪ければ機体は損傷するし、怪我だってする。それを気にしながら戦うから、振るう方も避ける方も等しく気力を消耗する。

 それを延々繰り返して、先に気力か体力が尽き、少しずつ動きが悪くなっていって、避け損ねた方の負け。


 よほどの変わり者でもない限り、進んで負けたくはない。

 だから、彼ら彼女らは学ばなければならないのだ。

 ティターン・ドールは人間ではないが、それを動かすのは人間であるということを。武器を持つということは、誰かを傷つけるかもしれないということ。

 心構えという意味でも、知識という意味でも、それは大切なことだった。


 少なくともトリエラにとっては、自分はそれができる人間であった。

 相手がだれであっても、どこか一定の距離を作ることを心掛けてきた彼女は、かなりその心構えを受け入れるのための精神が養成されていた。

 成績は決して高い方ではない彼女が、模擬戦での勝率だけは高い理由がそれだったのだ。

 もしかしたらサヤカが自分の相手になることは無いと分かっていたからかもしれない。

 事実、サヤカはTDパイロットではない、別に与えられた使命があった。


「じゃあ、そろそろ人形使い(システム)の仕事があるから」

 サヤカはそう言って、逃げるようにその場を立ち去った。

 サヤカの背中を見るトリエラの眼は、とても悲しそうだった。



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