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受難

 チャイムが鳴り、ようやく授業が終わった。

(何を言ってるのかさっぱりわかんない……)

 アオイ・モーントシャインは頭を抱えていた。7歳の時に徴兵されてから今まで、学校になど行ったこともなかった彼女には、高等教育の内容などさっぱりだったのだ。


 アオイもそれは承知であったのだが、体験してみるとやはり堪えるらしく、机に突っ伏してぐったりとしていた。

 アオイの脳みそは撃ちすぎた機関銃のように熱を上げ、もはや何事もうまく考えることが出来なくなっていた。


「TDのコックピット内のスイッチの名前なんて覚えて、なんの意味があるんだよ……」

 心の奥底から、そう思った。

 休み時間に連れて行かれた格納庫の中で、所狭しと並ぶTDを見て、久々に心が躍った。あそこまで美しく整備されている、新品同様の人形ロボット兵器がずらっと並んでいるのを見て、興奮しない人間がいるのだろうか、いや、いない。


 さらにそんなアオイのこころを見透かしたように午後最初の授業はTD関連だったのだ。

 戦時中からTDに触れてきたわたしが小テストごときに遅れをとるわけがない。

 上がったテンションのまま、小テストに臨んだ結果、ものの見事に返り討ちにされたというわけだ。


『戦争は名前で戦うわけではない』

 そんな言葉があって、彼女自身もその言葉に自信をもらっていたのだが、それすらも信じられなくなってきた。


「帰りたい……図書館で本を捲る生活がしたい……」

 今のアオイの脳内には、彼女をここに送り込んだ上官である、ハタエ・ウッズマン《《大佐殿》》に対する恨み辛みが呪詛となって渦巻いていた。


 なーにが『危機が近づいている』だ。何が『娘が持ってる機密が漏れる危険がある』だ。

 いろんな理由を付けて、わたしを追い出したかっただけじゃないのか……?

 ウッズマン大佐がそんな人間ではないとは彼女は知っていたし、最近小規模なテロが増加していたから、適当なことを言っているわけでないということはわかっていても、それはそれとして文句は漏れる。


 ウッズマン《《大佐殿》》に対する文句を再開しようとした時、アオイの脳裏に1人の女性の顔が浮かんだ。

 つい1ヶ月前、テロに巻き込まれて壊滅した村の唯一の生き残りの人だった。

 アオイ達が着いた頃にはもはや壊滅状態で、遺体が人の形を留めているだけで幸運レベルの惨状から生き残った彼女は、精神に異常をきたし、今はどこかの病院に収容されているらしい。


 アオイの口に、苦い思いが広がった。

 対テロ特殊作戦部隊『サイレン』。TD12機を保有する中隊規模のそれは、テロに対する早期対応のために設立された部隊であったが、結局は後手後手。ことが起きてからの対処しかできないのだ。


 『サイレン』の中でも1番の若手であるアオイは、先日の緊急出撃でそれを思い知らされた。

 あんな思いをしなくて済むのなら、小テストで酷い点数でもいいのではないか――?

 自分が酷い点数を取って、惨めな気持ちになる事がモリニアの平和につながるのであれば、それでいいのかもしれない――。


 自分をそう納得させ、アオイは頭を上げる。


 そこは、たくさんの灰色の制服を着た人間の囲いの中だった。

「…………ぉぁ」

 言葉が出なかった。なんで囲まれている?

 一つの仮説が頭の中を駆け巡った。学校の中にテロリストが紛れ込んでいて、それがどうにかしてわたしの正体に勘づき、殺しに来た。

 ……そんなわけある?

 希望的観測は危険だが、それだけは否定したかった。1人2人ならともかく、士官学校に十数人のテロリストが学校に入り込んでいるのなら、モリニアは終わりだ。ウッズマン大佐ですら軍を捨てて逃げ出すだろう。


 つい普段懐に隠している自動拳銃に手が伸びそうになるが、なんと残念なことに自動拳銃は懐ではなく、教室の後ろのロッカーの中のバッグの中にあった。

 彼女が今使える武器は、スカートの下のベルトに3本仕込んである投げナイフと、制服のブラウスの右袖に取り付けた短剣くらいだ。

 数人なら牽制しつつ銃を取りに行けるだろうが、この数で囲まれていたら無理だ。


 本当にテロリストではないことを祈りながら、アオイは周囲を囲んでいる制服の一団の1人に声をかける。

「え、ええと……何か用ですか?」

 彼女のその言葉により、制服の一団の口から言葉が堰が切れたように溢れ出した。


「吹奏楽に興味ある?」

「TD同窓会が…」

「保存食研究会に入部してくれない?」

「ライフル射撃部なんだけどさ、銃打ちたくない?」

「女子フェンシング部です!」


 サークル勧誘を全て断り、アオイがそこから抜け出すことに成功した時、空は真っ暗に染まっていて、腹立つほど大きな月が彼女を照らしていた。

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