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その感情に名前を その2

「集まれ――!」


 翌日、格納庫でアオイの張り上げたか細い声は、格納庫の機械の音にかき消され、求めた相手に届くことは無かった。

「あ、集まれぇ……」

 2度目の声は、さらにか細くなり、自分でも聞き取れないくらいの音量になった。アオイのその様子をかわいそうな目で見ていた整備兵が、代わりに声を上げる。


「69試験小隊、集まれ――ッ!」

 整備兵の低くて大きな声は、さまざまな雑音が響く格納庫の中を駆け抜け、離れた場所にいたトリエラ達を集めるには十分なものだった。

「どうかしましたか、軍曹」

「モーントシャイン中尉殿が、用があるってよ」


「……すいません、助かります」

「ちゃんと声出せるようにならねぇと、戦闘中指示出せねぇぞ?中尉殿」

「……気を付けます」

 ――まずは、行動。やってみなきゃ、何も変わらない……!

 アオイは整備兵に会釈をして、やって来たトリエラ達に向き直った。


「今日の訓練は、わたしが……担当……します」

「また今日も、模擬戦?」

 エストの問いに、準備していた答えを返す。

「今日は……かけっこをやってもらおうかと」

「大丈夫なの?」


 手にした訓練内容の資料を3人に向けたアオイは、エストの直球な問いに一瞬体を縮めたが、すぐに3人に目を合わせなおした。

 ――大丈夫……なはず。内容自体はギエレンに教えられて戦時中からやってきたやつだから……。

「ぐ、具体的に説明します。一般的な銃盾装備のTDで、指定するルートを飛んでもらって、そのタイムを競います。ライフルをはじめとする下記の使用は禁止、アンカーは自由に使って構いません。FCSはTモード、ご褒美は……」


 そこまで言って、アオイは口をぱくぱくさせた。

 ――何言ってんだわたし!?

 アオイがそう口走ってしまったのは戦時中、その訓練で1番のタイムを出せたとき、ご褒美をもらった経験があったからだった。しかし、誰に何をもらったのかはどうしても思い出せなかった。


 ――こういう時、何をご褒美にすればいいんだ?

 アオイは悩んだ。

 しかし、「やっぱなし!」とは言える状況ではないということを、エストのきらきらした目が伝えていた。


「……今日の夜ご飯のおかず、一品あげます!!」

 ――今日の夜ご飯の献立、何だったかな……。

 エストの瞳にすでに夕食を取られたような錯覚を覚えながら、アオイは自分の機体に向かった。


――――


「えっと、まずは……。サヤカ、TDで低空を飛行する利点を説明してくれる?」

 アオイは《アードラー》のコックピットの中で、基地内のペパーティア・システムにより管制を行っているサヤカにそう聞いた。


 「たくさんあるけど、特に大きな利点は、燃料を節約できること。高度を上げるのに燃料を食わないから、接敵時にある程度燃料の余裕が作れる。もう一つは、対空攻撃を受けづらいこと。遮蔽を使ってレーダーをすり抜けやすいからね」


 無表情に淡々と答えたサヤカの声を聴きながら、アオイは昨晩夜鍋して作ってコックピットの中に持ち込んだカンニングペーパーの続きを読む。

「じ、じゃあ……低空飛行の難しいところは?えっと……エスト、お願い」


「遮蔽の影響を受けやすくて、回避が難しいこと。高射砲とかは無視できるけど、TDのライフルとかで弾幕を張られると回避し辛い。あと、陣形が崩れやすいうえ、ちょっと崩れると玉突き事故が起こること」


 普段とあまり変わらない声音の中に、隠しきれない少しの上機嫌さが紛れているエストの声が、コックピットのスピーカー越しに聞こえた。

 アオイは再びカンニングペーパーを覗き、3つ目の問を読み上げる。


「這うくらい低い高度で飛ぶと意外と当たらなくなるんだけど、回避は難しいんだよね……。次、玉突き事故の原因は?……ええと、トリエラ」

「地表近くを高速で飛んでると障害物に頭をぶつけやすいから……かな」

 全員、アオイの問いに対して、教本にも書いてあるような模範的な答えを返した。


「じゃあ、まずは出来るだけ低い位置を、出来るだけ速い速度で飛んでみよう」

「行くよっ!」

「「「了解!!」」」

 カンニングペーパーから視線を外し、アオイはペダルを踏み込んだ。

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