作戦室にて
「皆さん、お疲れ様です!」
レンカ大尉は布を被せた台車を押しながら、作戦室に入ってきた。
エストの視界には、精魂尽き果てたような表情のトリエラ達2人と申し訳なさそうな表情のサヤカ、そしていつものように感情を読めない表情のアオイが映っていた。
「戦闘時間は2分49秒……3機でこれならよく持った方ですよ、私達が初めてベルちゃんと模擬戦したときには2個小隊を1分半で蹴散らされましたからね」
「いえ……こちらにこれ以上なく有利な状態でこの結果ですから、ダメです」
サヤカは、レンカ大尉の賞賛の言葉に、そう返した。
エストから見ても、模擬戦の結果は散々だった。
100メートル、TDの手持ち銃での一般的な戦闘距離の3分の1で放った支援火器のワンマガジン――120発を全てベルナテットの《アードラー》に回避されたのだ。
回避のために遮蔽を使ったのであれば、その間にリロードを済ませることもできただろう。しかし、ベルナテットは遮蔽すら使わず、悠々と弾丸の雨を回避し続けながら、ずっとエストに銃口を向け続けていた。
――勝てない。
銃口に視線を釘付けにされながら、エストはそう思った。そして、それと同じくらい、美しいとも思った。
かつての戦争で故郷を焼いた東側の軍隊を蹴散らし、自分とフーシャを救ってくれた、紺色のTDのようだと、エストは感じていた。
――あんな風に戦えるようになりたい。
そう思って、エストはアステル・アカデミーに入った。ずっと昔から一緒にいてくれたフーシャを守りたかった。
しかし、そのために努力してきた結果がこれだった。相手が悪いと言われても、へこむものはへこむ。
「……予想以上に真剣にへこんでますね、罰ゲームとして持ってきたコレ、無駄になっちゃったかな」
レンカ大尉はそう言って、台車に被せてあった布を外した。
「せっかく用意した特製青汁なんですけどね」
そこにあったのは――青汁とは名ばかりの謎の液体が入った、3つのコップだった。
確かに大まかな色は緑色であるのだが、各所にどぎつい赤や黄色が混ざり、ものぐさな美術家が森の絵を描いた後のパレットのような、、都市部の排水を色鮮やかにしたような、端的に言い表すならば人間が口に運ぶものとは思えない色をしていた。味など考えたくもない。
「飲みたい人、いますか……?」
レンカ大尉は心配そうにそう聞いた。
――最初から負けた方に飲めって言ってくれれば諦めがついたのに!
エストは心の中で叫んだ。きっと、フーシャとトリエラも同じことを考えているだろうなとも、思った。
飲むか飲まないかを選択できるなら、100人中99人は飲まないと回答するだろう。この場にいる心中で飲まないと回答した全員に――少なくともエストに――そう思わせるだけの雰囲気を、例の青汁は纏っていた。
色とわずかに香ってくる匂いだけで、エスト達に本能的な死の恐怖を植え付けてくるようなその存在に対して、自分から手を挙げた英雄《大馬鹿野郎》が、2人いた。いや、2人《《も》》いた。
「大尉……」
「わたし達が志願します」
手を挙げた英雄《大馬鹿野郎》は、アオイとベルナテットだ。
「志願、という言い方に引っかかるところはありますが……いいでしょう。理由をお聞きしても?」
「……わたし達が、パイロットとしての力量の差に甘え、本来行うべき相手の戦力と装備の把握を怠り、相手の策に嵌ったからです」
「本来の目的から外れ、力押しで作戦を遂行してしまったことは、結果的に勝ったとはいえ、大きな問題であり、私達《少年兵上がり》の欠点であることは確かです。だから……」
「……いいでしょう、どうぞ。一杯ずつぐいっといっちゃってください」
アオイ達の言葉に納得したらしいレンカ大尉は、コップをアオイ達に押し付け、一息に飲むように促した。
「効果は保証しますよ。一気飲みしないと2口目以降を喉が受け付けなくなってしまうことだけは気をつけてくださいね」
アオイ達はその説明で怖気付いたかのように、10秒ほど青汁を眺めていた。
そして、決心がついたらしく、一息に青汁入りのコップを煽った。
2人の顔はみるみるうちに青ざめていき、すぐに赤くなった。そして黄色く変色し、酸欠を心配するくらいの青黒い顔を一瞬見せ、元に戻った。
「……2度と飲まない」
「これなら戦時中に飲んだ泥水の方がマシ」
「2人ともお疲れ様です、いい飲みっぷりでしたよ!良薬は口に苦しという唯一皇帝陛下の言葉もありますからね、今後も精進していきましょう!」
レンカ大尉はそう言って、台車に乗せられた最後のコップを持ち上げた。
「捨てるのも勿体無いので、これは私が飲みますね」
そしておもむろにコップに口をつけ、ごくごくと中身をあおっていく。
「んっ、んっ、んっ……ふぅ。相変わらずすごい味ですね!というわけで今日の訓練はここまで、解散!」
あの青汁を飲んで顔色ひとつ変えなかったレンカ大尉を、エスト達は化け物を見るような目で見ていた。




