エースの力 その3
—— 勝った!
フーシャは銃口の先に捉えたアオイの《アードラー》を見て、そう確信した。
距離は50メートル、盾は逆側、視線は完全にトリエラに向いている。回避は不可能なはずだ。
操縦桿のトリガーを引き、そこから放たれた信号が機体の腕を伝わり、手にした狙撃用ライフルの引き金を引き絞る。
ライフルのハンマーが雷管を叩き、発生した火花が火薬に引火、発生したガスが弾頭を押し出し、音よりも速いそれが蒸し暑い夏の空気を貫き、アオイの《アードラー》に迫る。
その景色は、フーシャの目にはほとんど映っていなかった。
——すとちゃん、すとちゃん、すとちゃん、すとちゃん、すとちゃん、すとちゃん!
フーシャの脳内はおかしくなったかのように、一つの言葉を繰り返した。
いや、本当におかしくなっていたのだろう。
フーシャは先月、まだただの学生でいられた頃、アオイとの模擬戦に負け、更衣室の端で涙を流すエストの姿を見ていた。その景色が、脳裏に焼き付いていた。
アオイが戦時中のエースパイロットで、対するエストはまだ訓練兵という前提があれば善戦した方であるのだが、その前提を持たなかったエストにとっては、「相手に翻弄された挙句大きなミスを犯し、相手に助けられる」という屈辱的な結果にしかならなかったのだ。
訓練の後、エストはある訓練兵のグループになじられていた。
歯を噛み締めて怒りと屈辱と羞恥に耐えるエストの姿は、フーシャには自分の身を焼かれるような痛みを覚えさせるのに十分なものだった。
フーシャ自身も、今アオイにぶつけている感情が八つ当たりであるとは理解している。
あれはエストとアオイの問題で、自分はあくまで部外者だということも。
ペイント弾でアオイの《アードラー》を撃ち抜き、エストに勝利を届けること。
今の感情を落ち着ける術を、フーシャはそれ以外に知らなかった。
もうすぐ、それが叶う。
アオイの《アードラー》の頭部にペイント弾が直撃する様を、フーシャは脳裏で思い描いていた。
「……動けえッ!」
50数メートル離れているはずのアオイの声が聞こえた——気がした。
その声はフーシャが脳裏で思い描いていた景色を打ち壊し、全く別な現実を見せた。
「……ッ!?」
避けたのだ。
50メートルの距離で、不意をついたはずの狙撃を、宙返りで避けてみせたのだ。
フーシャはすぐに狙いをつけ直し、3発撃った。アオイはそれを危なげもなく回避していく。
距離を取るために後ろに飛びつつ、連射のタイミングをずらして再び3発、これもダメ。
アオイの背後上空についたトリエラの射撃の回避先に5発、ダメ。
まるで、先月の模擬戦でエストの剣を避け続けた時のような、余裕たっぷりな回避。違うのは、猛烈な速度でフーシャに突っ込んでいるということくらいだ。
フーシャは意を決して高度を落とした。
建物と建物の間で、膝立ちになってライフルを構える。
フーシャの装備では完全に近寄られたらただのカモだ。その上でここに陣取ったのは、周囲の地形ゆえだ。
——大きな建物に挟まれたこの場所なら、回避しきれないはず!
フーシャはそう信じて、弾倉に残された18発の弾丸のうち8発を、矢継ぎ早に撃ち込んだ。
足元を狙った最初の3発は高度を上げて避ける。逃げた先を狙って撃った5発は高度を下げて避ける。
地面とほぼ平行という、極めて不安定な姿勢で、つま先が地面を蹴る反動だけで高度を調整しているのだ。
最後の10発を放つ直前に、アオイの《アードラー》の上空から、弾丸の雨が降り注いだ。
追いついたトリエラがアオイを撃ったのだ。
アオイは憎たらしくなるほど見事に、地面を滑るようにして、トリエラの弾丸を回避した。しかし、トリエラの狙いはアオイに当てることではない。
トリエラがアオイの目の前に弾を撃ったことで、アオイの突撃の勢いが、一瞬、弱まったのだ。
「当たれぇッ!」
トリエラは10発の弾丸を一息にばら撒いた。
最初の5発はアオイを囲むように撃って逃げ場を無くし、残りの5発で決める。
アオイを狙った弾丸の1発目が、初めて《アードラー》に命中する。本体ではなく盾にであるが、構わず残りの4発を放った。
2発目、3発目が命中し、大破判定を受けたアオイの機体の盾が、強制的にパージされた。アオイは捨てた盾から上空に飛び出した。4発目、外れ。5発目……外れ。
――リロードしてる暇はない!
フーシャは立ち上がりながら狙撃用ライフルを捨て、右腕に格納された対装甲ナイフを抜いた。アオイもライフルを捨て、《アードラー》の右膝に格納された対装甲ナイフを抜く。
フーシャとアオイの距離が少しずつ近づいていくたびに、2人の体感時間がどんどん引き延ばされていき、対装甲ナイフの先端がゆっくりとフーシャに近づいていく。フーシャの視界は、完全にそれに釘付けになっていた。
『エスト機、大破』
サヤカの淡々とした声が、引き延ばされた意識の中で、はっきりと聞こえた。
それを聞いたフーシャは、自分の体感時間が元に戻っていくのを感じた。
引き延ばされた時間間隔の中で、自分だけが取り残されたかのような。
次の瞬間、フーシャの《フォーレン》の右腕が吹き飛んだ。
『フーシャ機、大破』
サヤカの声は、あくまで淡々としていた。




