エースの力
『開始まで、後1分。10秒前に通信をこちらから切らせていただきます』
サヤカからの報告が、アオイの鼓膜を揺らした。
「そう言えば、狙撃手はどっちが担当する?」
「まぁ、適当……先に見つけた方で」
「……了解」
ベルナテットの呆れ声を聞きながら、アオイは機体の向きを調整した。
アオイが適当な答えを返したのは、ベルナテットの実力を信用しているから、2機では大した戦術ができないから、話してサヤカ経由でトリエラ達に作戦を気取られるのを避けるためだ。(バレて困るような作戦なんてないのだが)
『残り30秒です』
「……セオリー通り、接敵後即散開。狙撃に警戒しながら交戦。それでいいよね?」
「……任せるよ、ベル。わたしはこういうの苦手だ」
『残り10秒、通信切断』
サヤカの声が最後に聞こえて、ぷつりという音と共に通信が強制的に切断された。
――ここからはプレッシャーとの勝負だ。
アオイは大きく深呼吸して、浅くなりつつあった息を立て直した。
本気で回避運動に入ったTDはそう簡単に落とされることはないし、落とされたところで実際に死ぬわけではないと頭でわかっていつつも、いつ撃たれるかわからない状況での進軍は体力を使うのだ。
アオイ達の2機の《アードラー》は、目印代わりに演習エリアの端に並べられた高さ13メートルのコンクリートの壁を越えた。
クレートレッフ基地から5キロほど離れた位置にある直径3キロほどの演習エリアは、戦争で廃墟になった市街地を再利用したもので、有事の際は旧市街地に無数に配置されたバリケードや家屋に偽装された補給用コンテナ、丘の上に配置された火砲を用いた迎撃拠点に早変わりするものだった。
盆地にいくつもの丘があり、丘のそれぞれに砲台が設置されているという地形は、できるだけ早く狙撃手を発見しなければならないアオイ達にとって、非常に厄介なものであった。
「予想以上に遮蔽が多いな……骨が折れそうだ」
レーダーが使えないアオイ達にとって、遮蔽が多くて狙撃以外にも警戒しなければならない市街地での戦闘はあまり好ましいものではなかった。
その上、もともと田舎町であったからか、高さの低い建物が多く、ワイヤーアンカーを使った機動も難しい。
「高度を上げるか……?」
アオイはそう呟きながら隣を見ると、ベルナテットもどうするか決めあぐねているようだった。
レーダーってやっぱり大事だなぁ。という思考がアオイの脳裏をよぎった直後、視界の奥で、何かがちかりと光った。
「散開!!」
視界に映ったそれの正体がわかるより先に、本能的にアオイは繋がらない通信機に向かって叫んでいた。
アオイの声は聞こえてないはずのベルナテットも、アオイに負けず劣らずの速度でアオイとは逆方向に跳んでいた。直後――
甲高い風切り音を上げ、模擬戦用のペイント弾が2機の間を通り過ぎて行った。
――レールガンによる狙撃、フーシャか。
アオイ達は頭でそう判断すると同時に市街地に頭からダイブし、狙撃手が居るであろう方向に向かって、遮蔽物に頭を突っ込まないように制御できるギリギリの速度で突っ込んでいった。
しかし、アオイはすぐに速度を落とした。全速力で飛んでも先に狙撃手の元にたどり着くのは、ベルナテットの方だったからだ。
「ベルにスコアを上げるのは癪だけど……仕方ない」
ベルナテットから200メートルほど距離を放して追随するアオイの目の前に、1機のTDが現れた。機種はRG2-63、装備しているのは、1丁のアサルト・ライフルと楯だ。
「トリエラか……ベルの邪魔はさせない!」
アオイはトリエラ機の《フォーレン》にアサルト・ライフルを向け、発砲。
トリエラ機はそれを回避して、アオイの《アードラー》に狙いを定めた。
それに対してベルナテットの《アードラー》は一瞬ちらりとアオイ機を見たものの、すぐに狙撃手の排除に向かう。
「フーシャも流石にこの状況じゃ撃てないはずだ……行くぞっ!」
アオイはコックピットのペダルを踏み込んで、機体の高度を上げた。
フーシャはベルナテットが抑えてくれるはずなので、機体の挙動に自由が効く上空に危険性が少なくなったのだ。トリエラも市街地上空でのドッグファイトに付き合うつもりらしい。
そして、アオイとトリエラの空戦が幕を開けた。パイロットの技量はアオイに分があるが、機体性能はトリエラの《フォーレン》の方が上であり、大型で重量のある旧型機の《アードラー》では本気で回避と時間稼ぎに入ったトリエラに追いつくことが難しく、アオイは攻めあぐねていた。
状況的には、逃げに入ったトリエラを無視して、フーシャ(と護衛にいるはずのエスト)と交戦に入っているであろうベルナテットの支援に行くべきであるのだが、アオイはどうしてもトリエラに背を向けることができなかった。
その理由はきっと、トリエラのアオイに対する態度が突然変わったからだ。
アオイはクレートレッフ基地に来てから、まだ一度もトリエラと話していなかった。何度か廊下で顔を合わせた時も、アステル・アカデミーでサヤカがアオイにそうしたように、顔を背けられてしまうのだ。
——きっと、トリエラは踏み込んだんだ。わたしが入り込めなかった、サヤカの胸の内に潜む何かに。
アオイは、そう思った。そう思うからこそ、目の前の相手から目を逸らすことができなかった。
——サヤカと向き合うことが出来れば、わたしもサヤカの友達になれるだろうか。
『首なし旅団』による学園都市アステル襲撃の最中、アオイは「自分はサヤカから戦力としてしか見られていないのではないか」と考えた。
頭ではそれを自然な関係だと理解していつつも、傷ついている自分がいたのだ。
いちパイロットにすぎないアオイと、パイロットを統制するペパーティア・システムの管制官であるサヤカ。その関係からからさらに踏み込んでみたい。
アオイは、自分の胸にあるその気持ちが軍人として不適切なものであると理解していつつも、それを捨てることができなかった。
トリエラの機体が突然アオイの機体に向き直った。戦闘とは関係ないことに思考を奪われていたアオイはそれに対する反応が数瞬遅れる。
直後、アオイとトリエラの2機が衝突した。
——しまった。
アオイは、内心でそう毒づいた。
2機は同じくらい体制を崩したものの、内装品の性能や機体そのものの重さによって、トリエラの《フォーレン》の方が立て直しが早い。
アオイはトリエラの追撃に備え、少しでも体制を戻すために機体を操作する——
しかし、想定していたトリエラの追撃は来なかった。それどころが、トリエラの機体はアオイから距離をとっているではないか。
どういうことだろう?頭でもぶつけたのだろうか?
アオイは思った。そして、これはチャンスだとも。
アオイはコックピットのペダルを踏み込んで、トリエラの《フォーレン》に向かって加速した。30メートル、20メートル、10メートル。
——これなら確実に当たる。でも、どうしてこんな見え見えの隙を?
アオイの思考の隅に、微かな違和感が走った。
瞬間、アオイの右側から、もう1機のTDが姿を現した。
手にしたのは、《《狙撃用ライフル》》。
フーシャ!?どうして——。
アオイがそう思ったのと、狙撃用ライフルが火を吹くのは同時だった。




