狙撃手を撃て その3
クレートレッフ基地近郊、8時45分。
「時間だ。トレーラー上げろ!」
男の声を合図に、4台のトラックの荷台が少しづつ持ち上がり、詰め込まれていた荷物の正体を明かした。
右の2台にはコンテナが、左の2台には巨人が詰め込まれていた。
角ばった形状の上半身と、曲線で形作られた力強さのある下半身が特徴的なその巨人は、RG2-45、鷲の意を持つ名を与えられていた。
「安全装置確認。機体制御システム、動作システムはBモードをロード。FCSモードT。懐かしい機体をよくもまぁ……」
2機の《アードラー》のうち、右側の機体の狭苦しいコックピットシートに座ったアオイは、機体の起動を進めながら左側の《アードラー》に乗るベルナテットに声をかけた。
「特殊部隊のパイロット様には縁遠いことだろうけど、モリニアのほとんどの地区ではまだまだ現役だよ、アオイ」
「そうだろうけどさ、あんまり《アードラー》にはいい思い出が……」
《アードラー》は、アオイ達が初めて乗った機体だった。当時、|シュツゥルム・イエーガー《吶喊猟兵戦術》を行えるだけの人員が無かったギエレンの部隊が、駐屯地で雑用仕事をしていたアオイ達を数合わせとしてこの機体に乗せたのだ。
「あの時のメンバーも、もうボクたちだけか……。ねえ、アオイ」
「どうしたの?」
「貴女の、お姉さんのことなんだけど」
アオイは、彼女の言葉をそれ以上聞き取ることができなかった。正確には、意味を理解することができなかった。アオイの耳に入ってくる彼女の言葉は、まるで異国の言葉のように、アオイの耳に不快なざらつきを残しただけだった。
——あれ、あの時は、誰と一緒に雑用してたんだっけ……。
何か大切なことを、忘れている気がする。
アオイはそう思って、ベルナテットに聞いてみることにした。
「何言ってるの、ベル?」
「《《わたしには、お姉ちゃんなんていないよ》》?」
——わたし、何言ってんだ?
アオイの思考に、形容し難い違和感が一瞬浮かび上がり、弾けた。その後のアオイの思考には、先ほどの不快なざらつきも、違和感も、何も残っておらず、微かな喪失感だけが、あった。
「で、わたしはベルと何の話してたんだっけ?」
アオイは胸の奥の喪失感をかき集めて、ベルナテットにそう聞いた。
「何でもないよ、模擬戦に集中しよう。相手3人について教えて」
ベルナテットは声を微かに振るわせながら、アオイとの会話の内容を切り替えた。
「トリエラと、エストと、フーシャのこと?」
「名前じゃなくて、使う武器とか、得意分野とか……。一緒に戦ったことがあるんでしょう?」
「えっとね……トリエラがオーソドックスな銃楯装備でしょ、エストが支援装備で、フーシャが狙撃装備……だったかな?」
「なるほど……フーシャさんが1番危険ね」
「……そうだね」
本来、TD同士の戦闘において、スナイパーというのはあまり警戒すべき存在では無かった。
何故なら、TDによる狙撃は本来、同じTDを狙うものではないからだ。
狙撃装備のTDの主な目標は戦車や砲台などのTD以上の射程と火力を持つ相手である。
しかし、シュヴァルべ・ユニットが生み出す推力によって、3次元的な機動が可能なTDを相手してしまうと、狙撃用ライフルによる狙撃でさえそのほとんどを回避されてしまうのだ。
その得意不得意が大きく分かれてしまう特性と他の装備と比べてパイロットの資質や能力に大きく影響を受けてしまうという欠点によって、モリニアにおいて狙撃装備のTDは、1小隊に1機いるかいないかという、戦術上の重要性に対して配備数が少なすぎるものであった。
モリニアが戦時中、狙撃手の不足を補うために行った戦術が、ブースターを使用した少数のTDで砲陣地に直接攻撃をかける、|シュツゥルム・イエーガー《吶喊猟兵戦術》である。
そのようなTDには回避されやすい狙撃においても、確実に当てられる状況は存在する。その最たる例は、「相手に位置が知られていない状況での初撃」である。
相手が撃ってきたことに気づかなければ、回避なんてしようがないからだ。
数に劣るアオイ達が勝利するためには、どうにかしてレーダーが使えない状況でその初撃を回避して、狙撃手を急速に排除する必要がある。
2人がその認識を共有した時、アオイ達の背中に頼もしい振動を感じた。
《アードラー》の腰に、シュヴァルべ・ユニットが接続されたのだ。
2人はコックピットのスイッチを操作し、機体を荷台に固定するハンガーのロックを外した。
機体の足が地面を踏み締め、コンテナに格納された演習用の装備を手に取った。
「これだけか……」
「ハンデつけすぎじゃないの?」
アオイ達2人はゲンナリした声を上げた。
それぞれの装備が格納されたコンテナの中には、1丁のアサルト・ライフルと盾しか配置されていなかったのだ。
『演習開始まで、5分です』
サヤカの淡々とした声が、ペパーティア・システムの長距離通信機能により、アオイ達の鼓膜に届いた。
「「了解!」」
アオイとベルナテットは、やけくそ気味にそう答えた。
基地に一旦戻るどころが、サヤカに文句を言う時間すらなかった。すぐに出発しなければ、開始時刻までに演習エリアに入れなくなってしまう。
「装備の接続確認、開始!」
アオイは声を上げて、コックピットのスイッチを叩いた。モニターの中央には、先ほど手に取ったアサルト・ライフルと盾、内蔵された2本の対装甲ナイフの残弾やシュヴァルべ・ユニット燃料残量が事細かに表示された。
「確認完了、問題なし」
「よし、行くぞ!」
アオイ達はコックピットのペダルを踏み込み、2機の《アードラー》は山に向かって駆けて行った。




