狙撃手を撃て
「へぇ、ベルちゃんとアオイ中尉は戦時中一緒に戦ってたんですね!」
「ベルちゃんはやめてって、言ってるのに……」
レンカ達の話し声が、作戦室に響いた。
しかし、その声はもう、アオイに届いてはいなかった。
アオイは、初めてベルと会った時のことを思い出していた。
——あの時、わたしの隣には誰がいたんだっけ。
アオイは、自分とベルと初めて会った時のことを、よく覚えているはずだった。しかし、隣にいたはずの誰かの顔だけは、どうしても思い出すことができなかった。
いくら記憶を紐解いても、浮かんでくるのは黒い闇の塊だけだった。
アオイの視界が歪む。
口の中の水分が急速に失われていって、胃がどんどん縮こまっていった。
石と木とコンクリートで作られているはずの床が、まるで泥に変わってしまったかのように足に絡みつく。
呼吸が浅くなって、耳を塞いでしまいたくなるほどの耳鳴りが響く。
——帰らなきゃ。
戦時中、機体が破損した時や、味方と逸れた時に何度も言ってきた言葉が、アオイの脳裏に響いた。しかし、足に絡みつく泥を払えるだけの力を、その言葉はアオイに貸してはくれなかった。
——どこに帰ればいいの?わたしの隣には、誰もいない。帰れる場所なんて、どこにもない!
アオイがそう叫んだ時、視界がひっくり返り、アオイを煽っていた闇が晴れた。
「アオイ、大丈夫?」
広がったアオイの視界の前にいたのは、ベルナテット・シュテルネンその人だった。
「う、うん、大丈夫。ありがとう。疲れが出たのかも、5、6時間飛びっぱなしだったから」
アオイは、ベルにそう返した。しかしその声は生気のかけらも感じられないほど、掠れた声だった。
「大丈夫ですか?移動の疲れとかが出たのかもしれませんね、親睦を深めるのは明日にして、今日は休みましょう!ゆっくり休むのも、兵士の仕事ですよ!」
レンカはそう言って、アオイを作戦したから連れ出して、士官用に用意された個室まで連れて行った。
「明日は午前中に親睦会をしますから、今日はゆっくり休んでくださいねー!」
そう、騒がしく言い残しながら。
————
翌日。
朝食の直後に呼び出され、アオイ達は再び作戦室に集まっていた。
「大丈夫なの?途中で倒れたりしないでよね」
「大丈夫……だと思うよ、エスト。昨日はぐっすり眠ったから」
嘘だった。昨晩アオイは眠りこそしたものの、見るのは悪夢ばかりで、熟睡などできなかったのだ。
アオイは少しでも心が落ち着くかと思って《グラニ》のそばまで行ってはみたものの、そこには整備マニュアルの確認のために、見るも無惨な姿に分解された《グラニ》の姿があった。
——昔のわたしだったら、機体のオーバーホールくらいでここまで動揺しなかったのに。
「……うん、大丈夫だよ」
アオイはエストから自分の動揺を隠すように――正確には自分は大丈夫だと言い聞かせるように――そう言った。
「皆さん!おはようございます!よく眠れましたか?」
その時、レンカ大尉がベルナテットを連れて、昨日と同じように大きな元気な声を上げながら入ってきた。そのレンカ大尉の言葉にアオイはうまく返すことは出来なかった。トリエラは「もちろんぐっすりです!」と返していたが。
「では、昨日も言ったように、今日第69試験小隊にしてもらう仕事は、それぞれクレートレッフ基地と親睦を深めてもらうことです!」
基地と親睦を深めるとは、どういうことだろう。アオイ達5人にその疑問が浮かんだことに気づいたのか、レンカ大尉は手にした地図を黒板に張り付けながら、言葉を続けた。
「皆さんもご存じの通り、クレートレッフ基地は周囲を山に囲まれ、ダムと併設された基地です。陸路は基本的に川沿いにある山道に限られていますから、戦闘の際は周囲を山に囲まれた、TDが使うには比較的狭い川沿いで戦闘することになりますね。今回は皆さんに市街地戦とは大きく勝手の違う、クレートレッフ基地での防衛戦を体験してもらいます」




