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黒鉄色の人形使い その2

 かぁん。

 木と木が打ちつけられた時特有の澄んだ音が、アオイを縛っていた見えない鎖を砕いた。

「天から与えられた才。それほど恐ろしいものは無い」

 男は振り下ろした剣をゆっくりと持ち上げながら、続ける。


「かつての唯一皇帝がいい例だ。無敵の軍神、内政の神、発明の王。無数の異名を持ち、大陸にかつて無いほどの繁栄をもたらしたとされる彼が今残したものは何だ?400年続く戦乱の種だ」

 今大陸にあるほとんどの機械。それは元を辿れば、全て唯一皇帝の発明品だと言われている。

 それを聞いた時、アオイは底知れない気持ち悪さを感じた。本当に1人の人間の功績なのかと。


 その気持ち悪さが、今になってようやく、言葉にできそうな気がした。

 唯一皇帝はおそらく、この大陸に、そこに生きている人間に、一切の興味が無かったのだ。

 全ては自分の力を示すための舞台であり、そこに生きている人間は全て観客であると、彼は本気でそう思っていたのだ。

 そうでなければ、施政者ともあろうものが、後継者の指名すらせずに姿を消したりなどするだろうか。


 唯一皇帝が突如姿を消した後、大陸は大きな混乱に見舞われた。

 その中でも最たるものは、彼の後継者争いだ。

 唯一皇帝の作り出した民主主義という社会システムを支持した市民層と、唯一皇帝を擁立した貴族層がそれぞれ代表を立て、どちらを大陸の王にするかで争ったのだ。


 その争いの厄介な点は、唯一皇帝の血族が無数とも言える数存在したことだった。彼の子を名乗る人間はかつての旧王族から下級貴族、何処にでもいる一般市民、挙げ句の果てには奴隷層からも現れたという。(彼の妻の中には元奴隷もいたという事実も問題に拍車をかけた)

 大陸中に現れた唯一皇帝の子が、大陸の覇者の座を求め、大陸の勢力図を次々と塗り替えていって400年。ほとんど無限とも言える時を超え、進歩していないとも原点回帰とも言える民主主義と血統主義の睨み合いを続けているのが、今アオイたちが生きている世界だった。


 1人の天才モンスターが撒いた火種は、大陸そのものを燃料に400年の長きにわたって燃え続けている。


 その点では、今起きている争いはあまりにもイレギュラーな存在であった。

 民主主義を掲げる大陸西側の、東側との境界に程近い小国モリニア。

 かつて廃軍思想を掲げていたその国を襲った、廃軍思想により帰る場所を失った元軍人を母体とするテログループ、『首なし旅団』。

 彼らがモリニアの学園都市アステルを襲撃し、それに対してモリニア政府が『首なし旅団』の討伐を命じたのは、つい先月の話だ。


 唯一皇帝の後継者争いとは気色が異なるその戦いは、兵にとっても将にとっても体験したことのない戦いであり、将が兵の視点を体験するために一兵卒を朝の日課に呼び出して、雑談を行うのは自然なこと——なのかも知れない。


「……つまり、ウッズマン大佐殿はこの戦いも唯一皇帝の後継者争いの一部であると?」

 アオイは、自分の上官にそう聞いた。戦争で傷ついた人間を見てきて、自分自身も記憶の一部を無くしてしまっているアオイからすれば、再び戦争の引き金を引こうとしている人間がいるということが信じられなかった。


「さあな、調べてはいるが、確証までは持ってない。手引きをしているのは東か西か……教会って線もある」

 そう言って彼は、手に持った剣を振り下ろした。再びかぁんと小気味良い音が響く。

「これで100回」

「……お疲れ様です」

 アオイは彼に対して、無造作にベンチにかけられていたタオルを放った。


「……アオイ・モーントシャイン准尉」

 彼は片手でタオルを受け取り、樫の木のように膨らんだ上半身に浮かんだ汗を拭いながら、言った。

「本日付で転属命令が出た。クレートレッフ基地に飛んでもらう。人手が足りないらしい」


 クレートレッフ基地……モリニア南部の、首都から100キロほど離れた場所にあるダム施設に併設された基地だ。地域一帯の治水を一手に担う重要拠点である。

 しかし、要塞化されたダムとしか言いようのないそれは、身長10メートルの人形兵器、T(ティターン)D(ドール)の携行火器ではダムそのものを破壊してしまい、周辺に大きな被害を出してしまう危険性があり、戦略的な重要度とは裏腹に戦場になったことはほとんどない基地でもあった。


「了解です。準備してきます」

 アオイは彼に背を向け、自室に戻ろうとした。

 その時、

「……准尉」

 彼はアオイを呼び止めた。風が吹き、アオイのワンピースの裾が揺れる。

「……戦う理由に迷ったら、過去を考えるんだ。きっと、過去の自分がそれを教えてくれる」

 アオイはその言葉に、何も返すことはできなかった。

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