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長い長い夏の始まり その3

「……贖罪なのかな、多分」

 トリエラからの問いに対するサヤカの答えは、シンプルなものだった。

「アカネさんの残したデータの中にね、私宛のボイスメッセージが残ってたの。『アオイを助けてあげてほしい』って……」

 それを果たすことで、自分の罪は雪がれるのだ――。サヤカはそう嚙みしめるようにそう言った……ような気がした。


「でも、結局ダメだった。アオイと目を合わせるのも怖くて、3年前からずっと逃げてた。父さんにアオイのこと投げっぱなしにして。こんなことであの人が喜ぶわけないのにね」

 トリエラはサヤカの目の中にある感情を読もうとして、彼女の目を覗きこんだ。しかし、サヤカは目を伏せてしまい、その感情の一片すらも彼女の目からは読み取ることは出来なかった。

 ペパーティア・システムの精神接続が欲しい。トリエラは無性にそう思った。それと同時に、機械に頼らずに自分の言葉で話さなければいけないのだという気持ちも、あった。


「恨んでるよね、アカネさんも、アオイも、私の事――」

「そんなことない!!」

 トリエラはサヤカに対して、感情のままに叫んでいた。

 まだ一週間も経っていないはずなのに、やけに遠く感じるあの屋上。トリエラはサヤカの位置にいてトリエラのいる場所には一人の女の子がいた。

 女の子――アオイは、その大きな青い瞳に、一つの意思の光を灯していた。自分のすることは、きっとサヤカの幸せにつながる。彼女は愚直にも、そう信じていた。そうでなければ、転入早々立入禁止区域に突入し、地図を描いたりなんてしない。絶対に。


「でも、私は、アオイのお姉さんを見殺しにしたんだよ?」

「アオイは、そのことでサヤカを恨んだりなんて、絶対にしてない!!」

「なんで、そう言えるの……?」

 サヤカは、トリエラにそう聞いた。声が震えているのは、すでにトリエラがなんと返すかが分かっているからだろう。

「分かってるんでしょう?アオイは《《アカネさんのことを覚えていない》》のよ。ペパーティア・システムでアオイの思考を覗いたんだから、分かってたんでしょう⁉」

「分かってる、分かってた、分かってたよ!!初めて会った時から!!アオイの口から不自然なくらいアカネさんの話が出てこなかったのも、あの時「お姉ちゃん」ってアオイが言ったときに、アオイ自身が変な反応してたのも!!ペパーティア・システムで繋がった時に、不自然なくらい大きな穴が見えた時も!!」

「じゃあ、どうして、何も言ってあげなかったの?機体がアオイの感情で変になっちゃうから⁉」

「そうだよッ、あの状況で、3人全員で生き残るには、そうするしかなかったッ!ペパーティア・システムを使う人形使いが、個人的な感情でパイロットの感情を鈍らせちゃいけないッ、そうじゃなきゃ、私は――ッ!」


 ――どうやって罪を雪げばいいのか。

 微かに震えた空気の中から、確かにサヤカの声が聞こえて、トリエラは、ふるふると顔を上げた。

 うつむき、固く握ったこぶしを細かく震わせているサヤカの姿は、どうも不思議なくらい、アオイと似ていた。

 自分の記憶の中の穴によって生まれた喪失感の埋め方がわからずに、ひたすら軍務に邁進し続けるアオイと、自分の過ちの償う方法がわからずに、冷徹な人形使いになろうとしたサヤカ。本質的に2人は、似た者同士なのだ。


 そう思った時、トリエラの心の中に、怒りが生まれた。

 16歳と14歳の女の子に、埋めようのない喪失感と罪悪感を植え付けた戦争というものに対する怒り。戦争で傷ついた彼女たちをはじめとした人々を見捨てた社会に対する怒り。そして、かつてその社会の一員であって、父を罵ってしまった自分への怒り。


 サヤカが罪人だというのなら、私はなんと表せばいいのだろうか。

 トリエラは、そう思った。

 答えはどこを探しても見つからなかった。でも、大切な人の為に、何かしなければいけないという義務感だけが、あった。


 トリエラは、義務感と、言い表せない不思議な感情に押されるようにして、足を踏み出した。サヤカに向かって、一歩、また一歩と距離を詰める。トリエラの右手が、自分でも不思議なくらいに自然に動き、サヤカの頬に触れた。左手は、いつの間にかサヤカの腰に添えられていたし、サヤカも鏡に映したように、右手をトリエラの頬に触れさせていた。


「私は、サヤカと会えてよかった。サヤカが無事でいてくれて、今、サヤカと話せてよかった。好きだよ。サヤカ」

 もっと早く、その言葉が言えていたら。

 トリエラは、そう思った。父も、アオイも、アステル・アカデミーを襲った敵であった彼らも、きっと、その言葉が聞きたかっただけなのだ。

 誰かがその言葉を、戦争で傷ついたに兵士たちに言うことができていたら、きっと、この戦いは無かったのだ。しかし、トリエラも、だれも、その言葉を言うことは出来なかった。

 それを意識したことで生まれた痛みを分け与えるように、トリエラは自分の唇を、サヤカの唇に乗せた。


 サヤカの唇の感触は、無かった。

 体の芯が溶けてしまいそうなくらい熱くなって、自分の心の中の痛みと、サヤカの心の中の痛みが溶け合って、視界がぼやけた。

 それが自分が泣いているせいだと気づくのに、少し時間がかかった。

 いつの間にか2人の唇は離れていて、2人で抱き合いながら、涙を浮かべながら、笑った。


 笑いながら、トリエラは思った。

 

 私はもう、戦う理由を見つけたんだって。


――――


 サイレンの音が、モリニアの国土すべてを揺らさんがばかりに鳴り響いた。

『モリニア政府より、お知らせいたします。つい先ほど、政府は首無し旅団の討伐を、モリニア全軍に通達しました』

『誇り高きモリニアの将兵よ!!この夏を国家の敵たる彼らの最後の時にするのだ!!』

 大陸暦1972年6月22日、サヤカとトリエラの初めてのキスの翌日、長い夏を予感させる、蒸し暑い日の事だった。

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