長い長い夏の始まり その2
「アオイの……お姉さん?」
苗字の違う、アオイの言葉から出てこなかったお姉さん。それがアオイの記憶喪失と関係があるのは、すぐにわかった。
「ねぇ、トリエラ」
「これから私が何を話しても、一緒にいてくれる?私のこと、見捨てたり、しない?」
なんて返せばいいのか、分からなかった。昔ならすぐに「見捨てたりしない」と言えたはずなのに、あの戦いやサヤカの心の奥底の闇を見てしまってから、いつの間にか胸を張ってそう言えなくなってしまった。
――――
トリエラの返答を待たずに、サヤカは口を開いた。
「アオイのお姉さんを殺したのは……私よ」
「3年前、お姉ちゃんの友達にスレイプニルの慣熟訓練の手伝いに呼び出されて、荷物運びとかをしてたの。その時、あの人に出会った」
サヤカのお姉さん。トリエラはその人におぼえがあった。天才といわれたTD技術者。戦争の終わりを見届けることなく、病で亡くなった人。トリエラは彼女の葬儀に出たことがあったのだ。TDの技術者であったのは知っていたが、あの機体にも関わっていたとは……。
彼女が亡くなってしばらく、サヤカはずっと泣いてばかりいた。「お姉ちゃんに会いたい」と、ずっと言っていた。おそらく、サヤカはその人に自分の姉の面影を感じたのだろう。
「たった一か月だったけど、たくさん、話をした。アカネさんの事、私の事、アオイの事……。アカネさんと話すと、胸の奥のところが暖かくなった。楽しい気持ちになった」
「でも、あの人は死んだ。フィオナで2か月も、補給すらないまま戦い続けて、政府は軍を動かしてはくれなくて……。帰ってきたのは、アカネさんのTDだけだった……!!」
TDだけが帰ってきた……その言葉の表す風景を、トリエラは一瞬頭に思い描いて、やめた。見たくもない、凄惨な光景だったからだ。
「アカネさんが命と引き換えに持って帰ってきたデータは酷いものだったよ。あんなのは兵器ですらない、棺桶と呼ぶことすらおこがましい最低最悪の代物だったッ!!パイロットの感情の変化に反応して、自分の銃で自分のコックピットブロックを勝手に撃つようなモノだったッ!!」
「サヤカ……」
初めて見る、取り乱した幼馴染の姿を見て、トリエラは大学の中にあった秘密のガレージでのサヤカの言葉を思い出していた。
『……第3世代TDの持つ最大の特徴は、思考を使った操縦補助システムの存在よ。機体側がパイロットの思考を読んで、動作をサポートしてくれるの。完成すれば、最早機体に乗るんじゃなくて、機体に《《なる》》と言っても良いほどの追従性を……』
『……今の技術では、シュヴァルべ・ユニットや内蔵武装とのかみ合いが悪くて、サポートまでに留まってるんだけどね。それでも、いつかは……』
思考を読んで、動作をサポートしてくれる機能。おそらく、それが悪さをしたのであろうことは、技術に関しては素人に毛が生えた程度のトリエラにも分かった。
パイロットが「死んでしまいたい」と思ったら瞬間、機体が勝手に動き出し、ゆっくりと銃口がコックピットのモニター越しに突き付けられる風景が、頭に浮かんだ。それは先ほど思い浮かべた光景より、数倍胸糞悪い光景だった。
「……手動で止めることは、できなかったの?」
「スレイプニルは、《思考だけでTDを動かすことは出来るのか》っていう実験のための機体だった。実戦で使うことなんて想定していなかったし、あの時集められたメンバーはTDの操縦ができない少年兵がほとんどだったから、手動操作用のコンソールなんて配置されてなかったのよ」
トリエラは、スレイプニルという機体に、無慈悲な死神のような印象を抱いた。
戦いの中で心が擦り切れてしまった人間に、無慈悲な致命の一撃を与える死神。トリエラも最初の戦闘で自分の心が戦いへの恐怖によって大きく変化するのを感じていたのだ。助けが来ないかもしれない、物資も目減りするばかり、そんな状況で、少しでも心が生存から離れた瞬間、自らの機体によって殺される。それは、ただの地獄だった。
「『自殺事故』と呼ばれたそれを阻止するために、思考サポートの範囲を極限まで抑え込んだのが、あの機体……グラニよ。そして、もう一つ……人の思考に他者の思考を干渉させることで、『自殺事故』を防止する方法が考え出された』
他者の思考に、干渉する方法。トリエラは、つい先日感じた奇妙な感覚を思い出していた。自分の頭の中に響くサヤカの声。心の奥底に手を突っ込まれているような感覚。
「まさか、その方法って」
「そう。ペパーティア・システムよ。結局、コストが高すぎるとか、そんな理由であの1台以外は精神接続無しの、ただの指揮統括システムになったんだけどね」
サヤカは、ペパーティア・システムが普及しなかったもう一つの理由に気づいた。
耐えられないのだ。他者に思考を覗かれることなど、普通の人間には。
何年も付き合ってきたサヤカとトリエラの2人ですら、ささくれのような違和感が生まれてしまうほどなのだ。長い付き会いでもない人間同士に、どちらかがもう片方の思考のすべてを覗ける関係を与えれば、何が起こるかなど容易に想像がつく。
そこまで考えて、トリエラの頭の中に、一つの疑問が浮かんだ。
「サヤカ……。なんで、アオイを助けたの?どうして、『一緒にしたいことがある』なんて言ったの?」
サヤカの表情が蒼く凍り付いたのが、すぐにわかった。




