長い長い夏の始まり
『放課後、2人で話がしたい』
サヤカからそう言われたその日の放課後、トリエラはアステル・アカデミーの屋上へ向かっていた。少ない窓から差し込んでくる光を埃が反射して、きらきらと輝いている踊り場を曲がって、最上階の小部屋へと向かう。
鍵は開いていた。
――当然か。
トリエラは、少し安心したように息を吐いた。戦いが始まる前、アオイと2人きりで話すために開けた鍵がそのままになっていたからだ。鍵を持っているのはトリエラだけなのだから、当然ではあるのだが。
トリエラは深呼吸をして、その鉄製の扉をゆっくりと開けた。すると、この前来た時より埃っぽくて焦げ臭くなった空気と目を細めたくなるほどの夏日が一気にトリエラに流れ込んできた。少し遅れて、少し熱くて湿っぽい夏の空気の熱が身体を包む。
肌を伝う汗の感触を感じながら、トリエラは一歩踏み出した。そこにいるのは、トリエラよりほんの少し大きな人影。銀河をそのまま流し込んだかのような銀色の髪の少女――ハタエ・サヤカがいた。微かな笑みを浮かべた可愛らしい顔と、長時間トリエラのことを待っていたのであろう、襟首を汗で濡らした制服が、見る人すべてを魅了してしまいそうな雰囲気を彼女に与えていた。
「遅くなって、ごめん」
「ううん、大丈夫だよ」
「それで、何の話なの?」
トリエラは自分のぶっきらぼうな言葉に「これではアオイの下手くそな会話を笑えないじゃないか」と苦笑しながら、サヤカにそう聞いた。
サヤカは、喉の奥をごくりと鳴らし、それで意を決したというように、ゆっくりと話し始めた。
「アオイが使った黒いTD……グラニと敵の白いTDについての話よ」
「トリエラは、あの白いTDとグラニが姉妹だって言ったら、信じる?」
「え?」
「あの白いTDの真の名前は……『スレイプニル』。3年前、『フィオナ要塞陥落事件』の時にモリニア軍が運用した、精神接続実験用試作型第3世代TDよ」
ジッケンヨウ。シサクガタ。ダイサンセダイティターン・ドール。
トリエラはその言葉の持つ意味を咀嚼するのに、5秒ほどの時間を要した。
つまり、モリニアはまともに動くかどうかもわからない機体を実戦に投入したのだ。実戦用の機体を訓練生用にデチューンしたRG2-63-tとは話が違う。実験機……戦うどころが立つことすらまともにできないかもしれない機体なのだ。
装備の質だけで見るなら、先日のトリエラ達の方が遥かに優っているだろう。
「どうしてそんなことを……?」
トリエラのその問いに、サヤカはさらりと答えた。
「答えは簡単、《《その機体しか使えなかったから》》よ。当時のモリニア政府は軍事行動の全てを忌み嫌っていた。今に国境を越えようと迫ってくる敵に対して、正規軍を動かそうとはしなかった。自分が武器を捨てれば相手も捨てると、本気で思っていたのよ……」
「だからモリニア軍は、最低限動くことは確認した実験機と、戦争で数だけ増えた非正規の少年兵で編成した部隊をどうにか正規軍を動かす許可を得るまでの時間稼ぎとして派遣したの」
少年兵。
その言葉に、トリエラの思考の中のピースがはまる音がした。
3年前からのアオイの記憶喪失とは、『フィオナ要塞陥落事件』が絡んでるのではないか?という思考が、口からするりと出てきた。
「まさか……それの生き残りが、アオイ?」
サヤカはかぶりを振って、答える。
「違うわ。アオイはフィオナには行ってない。でも、関係者ではある」
「どういうこと?」
作戦に参加していないのに、関係者とは、どういうことだろうか。
「アオイの大切なものが、あの戦場にあったのよ」
「大切なもの?」
「作戦参加者の1人であり、唯一帰還したスレイプニル4番機のパイロット、朔月アカネ……。彼女は、アオイ・モーントシャインのお姉さんだったのよ」




