夜明けに浮かぶ月のように
数日ぶりの学校だった。
寮から学校までの道の間にも、数日前の戦火の爪痕が痛々しく残っていて、それを見たトリエラの胸には、ある種の痛みが走った。
もう前までの景色は戻ってこないのだという感慨が浮かんできて、目尻に何かがたまってくるような感覚を覚えた。それをどうにか振り落として、隣のサヤカに声をかける。
「サヤカ、結局、あれはどうなったの?」
『あれ』とは、大学に隠されていた第3世代TD、グラニのことだ。トリエラは大学を襲った敵の白い機体の魔剣を楯で打ち壊した直後、精神が限界を迎えたのか意識を失ってしまい、次に目を覚ました時はアステル・アカデミーの中に設置され仮設テントのベッドの上だったのだ。
「アオイが持って帰ったわ。これから正式に軍の機体として登録されて、アオイの手でいろいろテストをするんだと思う」
結局、あの日以降アオイは姿を見せなかった。だから、どこかその答えに納得している自分がいた。
今もアオイは、あの夜闇色の機体を操り、街を襲ったあの敵と戦っているのだろうか。私達の前に現れた時のようにどこかの街に潜入しているのかもしれない。もしかしたら、頼りになる仲間達と共に、敵の基地か何かを攻めているのかもしれない。それとも、孤独に耐えながら空を飛び、敵を追跡しているのかもしれない……。
何も言わずにいなくなるなんて……
トリエラは、そう思った。そして、あの夜闇色の機体も、アオイ・モーントシャインという少女も、すべて自分が見た夢だったのではないか?という思考が過った。
ベッドの上で目覚めた時、サヤカから言われた「あの機体とアオイのことは、誰にも言わないで」という言葉も、それを強くした。
しかし、夢では絶対に生み出されない、現実の街に残る傷が、アオイも、あの夜闇色の機体も全て現実だと、トリエラに伝えていた。
「ハタエさん、リーリエさん、ごきげんよう」
危うくマイナス方面に沈みかけたトリエラの思考を拾い上げたのは、背後から聞こえたアリシアの声だった。
「……おはよう、アリシア。それに……エストとフーシャも」
サヤカが口を開いた。トリエラも振り向く。確かにそこにいるのはアリシアとエストとフーシャだった。アリシアが口を開く。
「無事でよかったですわ……お2人とも」
途中まで言って、アリシアもアオイがいないことに気づいたのだろう。声音にはほんの少しだけ、ざらりとした罪悪感があった。
「モーントシャインさんは、まさか……」
サヤカは無言のまま、頭を縦に振った。そして、あらかじめ用意しておいたのだろう言葉を続ける。
「私を見つけてくれた時に、見たことのないTDに見つかって……どうにかして私達を逃すためにその機体と戦って、機体が動かなくなって、そのまま……自爆したわ」
3人の生唾を飲む音が、沈黙が支配したその空間を震わせた。
「そうでしたの……」
たっぷり10秒ほどの間をおいて、アリシアが口を開いた。
「模擬戦とは違って、勝っても気分は良くなりませんわね……。嫌というほどに自分の無力さと未熟さを思い知らされましたわ」
暗い方向に向かい始めたサヤカとアリシアの会話の行き先を軌道修正したのは、普段なら絶対に2人の会話に参加しようとしなかったはずのフーシャだった。
「そういえば、メインストリートに出て来た陸上戦艦を単機で沈めた黒い機体について知っていますか?すとちゃんを助けてくれたから、お礼が言いたいのです」
トリエラは喉の奥から出かかった言葉を必死に飲み込んだ。そして、それと一緒に驚きを感じた。普段ならあんな言われ方をすれば「助けられたわけじゃない!」とか言って突っかかってくるはずのエストが黙っていたからだ。
「……いや、知らなかったな。今度詳しく教えてくれない?」
うまい言葉が見つからなかったトリエラに変わって、サヤカが返した。
「そうですね、今度、お茶でも飲みながら、ゆっくりと話しましょう。それでは、お先に失礼しますね」
そう言って、フーシャはやけに静かなエストを連れて、学校へとゆっくり歩いていった。
「エストさんって、あんな人だったっけ?」
「アオイさんが死んだと聞いて、ショックを受けているんでしょうね。私達の間には、まだまだ知らないことがあるってことですわ」
「そういうものかな」
「そういうものですわね」
そういうものなのだろうか。そういうものなのだろう。
トリエラはそう自分を納得させながら、あの夜に思いを馳せた。自分でも知らなかった、自分の一面を思い出して、納得した。
あのときの自分を、完全に受け止められたわけでは無い。きっと、エストも、フーシャも、アリシアも、サヤカも、アオイも、それを受け入れるために戦っている最中なのだと思った。
「では、私も行きますわ、お二人も遅刻はしないように」
「うん、またね」
アリシアは歩を速め、トリエラ達から遠さがっていった。少ししたところで立ち止まり、アリシアは振り返って、口を開く。
「できれば、隠し事は無しでいきたいですわね。お互いに」
そう言って、アリシアは去っていった。
「バレてるってことかな。サヤカ……?」
トリエラは、無意識のうちに右手でサヤカの左手を引いていた。そして振り向き、驚愕した。
銀髪の下に隠された、同性のトリエラですら可愛いと思うくらい整ったサヤカの顔が、まるで地獄の一番奥を見てきたかのような顔をしていたからだ。
そして、それを見たトリエラには、一つの諦めにも似た感情が渦巻いていた。
――世界は、変わってしまった。もう、私の知っているサヤカは世界のどこにもいないのだ――
自分の右手に縋るように、白くて細い指を這わせるサヤカは、ポロリと一つの言葉を漏らした。
「……放課後、2人で話がしたい」




