貴方のその声を
アオイは近づいてきた敵のTDを左手で握ったショートスピアの一薙ぎで叩き落しながら、眼前に山のように広がる陸上戦艦を眺めた。
たった1機の夜色の装甲を持つTDによって、10機以上いた首無し旅団のTDはその数を急激に減らしていた。ある機体は剣で切られ、ある機体は槍でシュヴァルベ・ユニットを砕かれ、地面に撃ち落とされて。数の差など最早ハンデにすらならず、まるで頭上の夜空すべてが自分の世界だと言わんがばかりに、黒い機体は剣を、槍を振るっていた。
陸上戦艦の主砲が轟音で夜空を揺らし、アオイの機体へと向かう。アオイは左手の槍を突き出して敵のTDのコックピットを突き刺し、そのまま自分に飛び込んでくる砲弾に槍を向け、穂先に刺さったままのTDを蹴り落した。
胸に大穴が開いたTDが砲弾によって吹き飛ばされ、破片が機体の装甲を叩く。
――そろそろまずいな。
アオイは機体の状況を確認した、エネルギーも燃料にもまだ余裕がある。しかし、余裕が無いのは機体ではなくアオイ自身だった。
アオイは大きく息を吸う。それと同時に、脳味噌をハンマーで殴られたかのような、機体を吹き飛ばされて壁にたたきつけられたかのような痛みがアオイを襲った。その痛みに、つい表情が歪む。
「……痛っ」
どこかをぶつけたり、痛めたりした記憶はほとんど無い。あるとしたらRG2-63-tから脱出した時くらいだが、それならもっと早く――地下道を走っている時に痛みが襲ってきているはずだ。
――まさか、サヤカがわたしを乗せようとするのを渋ったのて、これが理由?
アオイはそう思った。全長約10メートルのTDを人間の思考で操作しようとするならば、頭の使い過ぎで頭痛の一つや二つくらい起こるのだろうと。
アオイは決着をつけるために、強くペダルを踏みこんだ。機体の加速がアオイをコックピットのシートに押しつけて、機体は獲物を見つけた猛禽類のように降下していく。
陸上戦艦は唯一残った直営のTDと共にいくつかの銃口と砲口をアオイの黒い機体に向け、何発か発砲。それと同時に、アオイの黒いTDはシュヴァルベ・ユニットのアンカーを建物の壁に向けて発射した。ワイヤーを引き戻す勢いに従って、アオイの黒いTDは夜色の疾風となって駆けた。銃弾の雨の間を縫って飛ぶアオイの機体は、壁に突き立ったアンカーを抜きながら足で建物の壁を蹴り飛ばし、鋭角に軌道を変える。
再びアンカーを打ち出して、それを軸にぐるりと加速して、陸上戦艦の真上に投げ出されるように飛び出した。
投げ出された機体の体勢をくるくると回転させながら整えて、左手のショートスピアを構え、投擲。
機体の左腕が鞭のようにしなり、撃ちだされたショートスピアは落雷のように陸上戦艦の艦橋の空を覆う装甲を貫いた。残りいくつかの抵抗を続ける陸上戦艦の火砲の右翼側にアンカーを打ち込み、降下。右手の剣を振るい、陸上戦艦の艦橋部を左翼からの砲撃に対する盾にしながら、右翼の火砲を始末しジャンプ。先ほど破壊した艦橋を飛び越して放ったアンカーで両端から火砲を潰し、そのまま最後の敵TDにとどめを刺すと、離れた場所へ一息に飛んだ。
前線から離れた味方の勢力圏に降り立つと、頭痛は一気に酷くなり、アオイはコックピットブロックの密閉感が本当に嫌になるほどに新鮮な空気を求めて荒い呼吸を繰り返した。
――守れた。サヤカも、トリエラも、エストも、フーシャも。
誇っていいはずだ。この2週間で自分の傍にいた全ての人間を、一人も欠けることなく帰還させたのだ。
――それなのに。それなのに、なぜ。どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
アオイはエストとフーシャに声をかけることができなかった。2人のそばは自分の居場所ではないと感じたからだ。
なぜサヤカとトリエラの場所に向かって飛ばなかったのだろう。それは、孤独を感じるのが怖かったからだ。
結局、この戦場のどこにも、アオイの居場所や戦う理由なんてなかったのだ。アオイの喪失感で穴が開いてしまった胸をいっぱいにしてくれるものは、この戦場のどこにもないのだ。
脳裏に、ある景色が過った。サヤカと初めて出会った川辺の町。川を流れる水の音が、ざぁん、ざぁん、と脳裏に反響する。
結局、サヤカは自分を戦闘単位としてしか見てはいないのだ。トリエラを……自分の大切なものを守るために振るう剣でしかないのだ。
アオイは確かに、そう思った。そして、ペパーティア・システムの精神接続の持つ、真の目的について、一つの仮説がぷかりと脳裏の水面に浮かんだ。
心を守るためだ。直接つながっただれかを認識することで、自分の居場所と戦う理由を認識させるため。兵士という心無き人形に心とつながりを与えて、力を引き出させるため。
浮かんだ思いの輪郭に触れた瞬間、アオイの心の奥底、3年前のある日を境にバラバラになってしまった、自分を構成する大切な何かの欠片のいくつかが勝手に動き出し、ピタリとはまった――気がした。
「ぉぁ……」
思わず、声が漏れた。
大切な何かの一片を取り戻したアオイを祝福するように、本当に大きな月が輝いていたからだ。
月が「ずっとそばにいるよ」と言ってくれているような気が、した。
「ぁあっ……」
声は嗚咽へ変化し、浮かんだ思いは涙になった。
――平気なわけ、あるものか。
――人を傷つけ、命を奪うことに慣れるなんてこと、あるものか。
あの時、錯乱したトリエラにかけた言葉は、自分が言ってほしかった言葉なのだ。
『無事でいてくれて、よかった』
——わたしはそう言って貰いたかった、抱きしめてもらいたかった。
アオイは
胸と頭の中の鈍痛が自分の意識を奪うまでずっと、月を見ていた。
涙で歪んだ視界に映る空の中で、月だけがはっきりと丸く映っていた。




