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暗い夜を渡って その3

「すとちゃん?どこにいるの?」

 炎に巻かれ、火傷を負った人、瓦礫で怪我をした人、挙げ句の果てには一昔前の排軍思想に取り憑かれ、こんな時にも軍への文句を言う人など、救助が必要な人の数は予想以上だった。

 救助班は当初は下級生達の乗る護衛のTD4機を引き連れていたが、いつの間にかその数を半分に減らしており、結果的に狙撃用ライフルの弾丸を撃ち切ってしまったフーシャも護衛に加わることになった。


 建物を焦がす火炎はTDの装甲に阻まれ、その熱はフーシャには届くはずもないのに、確かに熱を感じて、フーシャは汗を拭った。

 フーシャのいる公園は、先ほどまで行き場を失っていた避難民の溜まり場で、つい先ほど最後の一団が救助班の装甲車両に乗せられ、アステル・アカデミーに向かったところだった。


 それを見送ったフーシャは周囲を見渡して、気付いた。エストの姿が見えないことに。

 ——あの陸上戦艦に突撃したのか?

 そんなはずはない。そうフーシャは最悪の可能性を否定した。エストがたとえどんな直情的な人間で、支援火器を持たせてないとすぐに突撃をかましてしまうような人間でも、命の掛かっている実戦で、陸上戦艦というハリネズミのように大砲を乗せたシロモノに突撃をかますような人間ではないはずだと。


 しかし、そんなフーシャの知るエストの人となりが一切通じる状況ではないことも、フーシャは察していた。

 戦争で家族と故郷を失った少女の目の前に故郷と家族を焼いた兵器を置いたら少女がどんな反応をして、最終的にどんな光景が広がるかなんて、誰にだってわかる。


「すとちゃん!返事して!」

 フーシャが機体の外部スピーカーを付け、敵に位置を知られることを覚悟で必死に呼びかける。アリシアのペパーティア・システムの助けを借りられればと思ったが、残念ながらアリシアは避難用の装甲車両と護衛機を誘導するのに手いっぱいなのだ。

 パチパチとなる火花がフーシャの声をかき消して、焦燥感に熱を与えていく。いつしかフーシャの吐息は荒くなり、冷汗は段々とじっとりとした焦りと恐怖を帯びた脂汗に変わっていた。


 いつもエストのために身に着けていた「怠け者でいつでも自信たっぷりなフーシャ・マイグレックヒェン」という仮面が汗に溶けて消えてしまうような感覚を味わった。もし2人が無事にこの戦いを生き残ったとしても、もう元の二人には戻れないのではないかというような胸の奥の痛み。

 焦りと共に足を踏み出そうとした時、瓦礫が崩れ、大きな人影が建物の裏で揺れた。


「すとちゃん……?」

 震えるフーシャの声が、一足早い熱気を纏った空気を揺らした。怪我をしているのでは、恐怖で震えているのでは、様々な予感が脳裏を過ぎ、フーシャの機体の脚は影に吸い寄せられるように動く。


「フーシャ、逃げて!」

 聞き覚えのある誰かの声が、自分に向けて届いた。その声の主に気づく前にエストの影に歩を進めようとした。

 その時、コックピットの中のフーシャと影の中に浮かんだ赤い一つ目と目が合った。

 RG2-63-t(フォーレン)の青いバイザー状のカメラとは違う、燃えるような赤い一つ目と。


 ぞっとしたフーシャに、影の主——G-20(アドゥヴァ―ニ)が姿を現し、手にしたショートスピアを突き出した。

 腰に付けた旧型のシュヴァルべ・ユニットと、脚部の特徴的なローラーダッシュの推力が生み出す、シンプル故に強力な一撃がフーシャに迫る。


「危ない……ッ!!」

 咆哮と共に、誰かがフーシャRG2-63-t(フォーレン)G-20(アドゥヴァ―ニ)の間に飛び込み、ショートスピアの先端に左腕を差し出した。

 みしりと嫌な音がフーシャの聴覚を震わし、直後。周囲の炎すら吹き飛ばしてしまうほどの銃声が響いた。


「す、すとちゃん……?」

 G-20(アドゥヴァ―ニ)のショートスピアを受け止め、手にした支援火器で敵を撃ったのは、共に故郷と家族を失った親友、エスト・オルヒデーエだった。

 エストのRG2-63-t(フォーレン)の左腕は肘を砕かれ、ぶらりと垂れ下がっている。ものすごい速度で突き出されたショートスピアを機体の装甲だけで受け止めたのだ、膝から下がまだくっついているだけ幸運というものだ。


『戦闘中に寝てたなんて、笑えない冗談はやめてよね、フーシャ』

「す、すとちゃん……腕が……。早く、だ、脱出を……」

『……何言ってんの、まだ弾は残ってるし、左腕潰れたくらいじゃこの子(フォーレン)だって動かなくなったりしないわよ』

「……ごめん、私……」


 フーシャのエストに対する謝罪は先ほどのG-20(アドゥヴァ―ニ)が出てきた物陰から現れた3機のTDによって阻まれた。

 恐らく、敵のとっての最大の脅威であるエストの支援火器が使えなくなる時を待っていたのだろう。

『フーシャ、逃げて』

「嫌だ!すとちゃんと一緒がいい!!一人にしないで……」

『早く!!」


 エストは右腕だけで支援火器を持ち上げて発砲した。しかし、3機のTDを処理するには片手持ちの支援火器では精度も火力も足りない。2機のTDが弾丸の雨を抜け、エストの機体のコックピットブロックへショートスピアを突き出す。フーシャの狙撃仕様の機体では機関砲も対装甲ナイフも間に合わない。


「すとちゃんッ!」

 その声に呼応するように、2機のTDの真上に広がる夜空から、1機のTDが浮かび上がり、フーシャとエストの眼前に舞い降りた。

 夜の闇そのものを固めたような装甲に身を包み、黒鉄色の剣を持つTD。

 2機のTDの目の前に立ちふさがった黒い機体は、剣の一薙ぎでTDの胴体を両断し、エストの射撃で唯一足止めできた機体に突進。またしても剣の一振りでそれを沈黙させた。


 ――救援?でも、こんな機体は見たことがない!

 正体をどうにか探ろうとするフーシャの様子をよそに、正体不明の黒い機体は敵の持っていたショートスピアを拾い上げ、夜空に溶けるように浮かび上がった。おそらく、敵の陸上戦艦を落としに行くのだろう。

『……フーシャ。いくよ』

 エストがそう言った。

『せっかく助けてもらった命、無駄にするわけにはいかないわ』

「すとちゃん……これからも、ずっと一緒にいてくれる?」

『もちろんよ、いままでも、これからも、ずっと一緒』

 フーシャ・マイグレックヒェンは、親友の言葉に大きな嬉しさと、一抹の寂しさを抱えていた。

 あの泣き虫のすとちゃんはもういないんだなぁ……。

 たしかに、そう思った。

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