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暗い夜を渡って その2

 グラニの掌に乗り、意識を失ったトリエラを膝枕していたサヤカの意識は、グラニのコックピットハッチの奥。グラニのパイロットとなったアオイに向けられていた。

 なんであんなことをしてしまったのだろう――。

 いや、理由は分かっている。

 自分の心の中の秘密に触れられてしまった。自分の胸の底に溜まってしまったどす黒い何かに、無遠慮に手を突っ込まれた気がしたから、つい反射的にペパーティア・システムの精神接続を弱くしてしまったのだ。


 ――これでいいのだ。

 サヤカは自分にそう言い聞かせた。秘密は隠されるべきなのだ。私とトリエラ、そしてアオイの三人の間にある危うい均衡を自分から崩すような馬鹿な真似はするべきではないのだと。


 そう思っているはずの思考のどこかに、「自分の為に黙っているだけじゃないか」と叫ぶ棘があった。他人に人殺しの咎を押し付けて、決して自らの手を汚そうとしない、最低な自分の本性を知られたくないだけなのだと。アオイ・モーントシャインを「約束」で縛り付け、自分に都合のいい人形のままでいさせたいだけなのだと――。そう思う気持ちが本当にないのであれば、気の利いた言葉の一つくらいかけられるバズだろうと。


 夜闇の中をゆっくりと駆けるグラニの手のひらの上でトリエラを抱えていると、真っ暗闇の海を進んでいるような錯覚を感じた。抱えたトリエラ以外、だれも居ないし誰も見えない。それなのに無性に安心する。

「……サヤカ」

 大人しいというより、おどおどしているという表現の方が似合う、アオイの声が鼓膜を揺らし、真っ暗闇の海原を思考からかき消した。


「昔から……気になってた。何でサヤカはわたしのことを選んでくれたんだろう、なんであんな場所に来てくれたんだろうって」

「アオイのことを推薦した人がいたんだよ、第3世代機のテストパイロットはあの子がピッタリだって言ってさ」

「へぇ……どんな人?教えてくれたらいいのに。もしかしたらガレージの中にいたのかな、挨拶くらいしておけばよかったかも」


 アオイのその言葉に、サヤカは石を喉に詰められたような感覚を味わった。緊張や恐ろしさを、つい先ほどまで目の前で行われていた戦闘よりもずっと近い位置に感じた。


 別に、サヤカは嘘をついたわけではなかった。

 アオイを推薦した人物がいたことも事実だし、その人の言葉に従ってアオイを探し出したのも事実だ。

 しかし、サヤカはある情報をアオイに伝えなかった。

 その推薦者の情報——その人はすでに死んでいるということを。

 意図的に伝えなかったわけではない。アオイは知っているものだと思っていたのだ。推薦者の正体も、その人が死んでいるということも。


 いや、アオイがそれを知らないことをわかっていたのに、見ないふりをしていた。

 アオイとペパーティア・システムによって繋がった時、アオイの思考の奥底にあった大きくて深い穴と、それによってもたらされた喪失感に気づいていながら、サヤカは目を逸らしたのだ。

「サヤカ……?」

 アオイが心配げに声をかけてくる。しかし、声はサヤカの意識には届かなかった。


 ——私のせいだ。

 私がアオイの1番大切なものを奪い、その思い出すら消し去ってしまったのだ。

 懺悔なんてできない。という、たとえようもない安堵感と、罪悪感がサヤカを襲った。

 いや、たとえアオイが知らなくても、話すべきだったのだ。それをせずに、黙ってしまった3年間という時間の重さが、いつしかサヤカの口を蝋を固めたかのように動かなくしてしまったのだ。


 過去の闇の中に閉じこもってしまったサヤカの意識を現在に引き戻したのは、大きな破裂音だった。

「……何の音?」

 つい言葉が出た。

「陸上戦艦の主砲の音だね、アステル・アカデミーで2人を下ろしたらそっち行くよ」

 陸上戦艦?なぜテロリストがそんなものを持っているのだろう。サヤカはそう思った。先ほど戦闘したG-55(パトソールニチニク)達は機体の装甲板すらつぎはぎだったのだ。

 もしかしたら、なにか大きなバックが居るのだろうか——。


 サヤカにはゆっくりと高度を下げていくグラニの姿は、頼りになる黒鉄の騎士にも、自分の罪を裁きに来た死神のように見えた。

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