暗い夜を渡って
アオイは剣を振り切ったその姿勢のまま、しばらくじっとしていた。
『……お疲れ様』
サヤカの優しい声が、アオイの思考の中に響いた。
終わった……。サヤカの声を聴いて、そう思った。アオイは右手に握った剣を鞘に納め、
「……ありがとう、サヤカも……トリエラも。きっと、一人じゃ勝てなかった」
アオイは、ゆっくりと、嚙みしめるように、言った。思考の中に浮かぶサヤカが微笑んだ――ような気がした。
そして、その微笑みと共に、一つのビジョンがアオイの頭の中に流れ込んでくる。小さな町の、小さな橋の下。そこにうずくまる少女と、その前に立ちうずくまる少女を見つめる少女。
うずくまる少女の胃に穴が空いてしまったのではないかというくらいの空腹感と、それを打ち消し、闇の中に沈めてしまうくらいの絶望感が、まるで自分のことのように感じられた。
いや、自分のことという表現は的確ではない。本当にアオイ自身のことなのだ。3年前、2人——底抜けの喪失感の中にいたアオイ・モーントシャインと、アオイに声をかけ、命をくれたハタエ・サヤカ——が出会った時の光景。
それを、サヤカは見せたのだ。
『ずっと、前の出来事みたい』
「当たり前でしょ、3年前だよ?」
『そうだね……』
「そういえば、トリエラは?」
『最後に突っ込んだ直後に、眠ったわ。相当緊張してたのね……』
「誰だってそうだよ、わたしだってそうだもん。初めての出撃の時は緊張したし、戦闘中にパニックにもなった。帰還中はパニックになってたのが嘘みたいに落ち着いててさ、帰還してすぐお姉ちゃんに……」
そこまで言って、アオイは言葉を止めた。『お姉ちゃん』なる単語が自分の口からすらすらと出てきたことを不思議に思ったから、そして、その言葉を聞いたサヤカの精神が機械越しにもわかるくらいに大きく揺らいだことを感じたからだ。
サヤカは目を細めた。それと一緒に、サヤカの心の闇が、明確にアオイを拒絶した。
『トリエラをコックピットから出して、連れてきてくれる?』
それは、シンプルな拒絶の言葉だった。
なぜそう思ったかは分からない。しかし、自分がサヤカの隠している秘密に触れてしまったことと、『お姉ちゃん』という単語が、わたしの胸の奥の喪失感をほんの少しだけ埋めたことだけが、分かった。
これ以上サヤカと会話をすれば、お互いの大切なものを傷つけてしまう。
そう考えたアオイは、
「……わかった」
それだけ答えて、コックピットから降りた。サヤカの声が少しずつ思考からフェードアウトし、思考を覆っていたサヤカの闇が晴れていく。
自動操作されたグラニの掌に乗り、トリエラのRG2-63-tのそばに向かう。ハッチのそばに備え付けられたハッチの緊急解放用のスイッチを叩く。
何年も繰り返して、身体に染み込んでいる方法で眠ったトリエラをグラニの掌に乗せて、コックピットに戻ると、機体のコンソールにおそらくサヤカの現在地なのであろう座標が表示されていた。
表示された座標に向けてグラニを飛ばすと、近くの建物の屋上にサヤカはいた。近くにグラニを着地させて右手を差し出すと、ゆっくりとそれに腰掛け、眠るトリエラの頭を足に乗せる。
膝枕の形になった2人に気を配りながらゆっくり機体を浮かせて、アステル・アカデミーの方角へ機体を滑空させる。
アオイが2人の様子を機体のカメラから覗いていると、自分は哀れな独りぼっちだということが、嫌でも感じられた。機体のハッチをしっかり締めているのは、もしかしたらその孤独感に対する言い訳を作るためだったのかもしれない。
2人だけの時間の長さと、それによって生み出された距離の近さは、過去を捨ててしまった自分には一生かかっても作ることのできないものだというのが、嫌でも感じられた。
早くその時間を終わらせてしまいたい。そう思うのに、「自分は軍人なのだ」というアオイの微かなプライドが、機体のペダルを踏みこませてくれなかった。




