神馬と軍馬 その3
サヤカの声が思考から消え去ってもなお、アオイ・モーントシャインの脳裏に響く声があった。
『何があっても、ずっとそばにいるからね』
声の主に抱き着いて、あの温かい胸の中で、自分の心の中にあるものをすべて吐き出してしまいたい――。
そう思ってしまうような懐かしさと優しさと温かさが、その声にはあった。
どこにもいない誰かのその声に、ここまで引き付けられるのはなぜだろう。
そこまで引き付けられる声の主を、思い出せないのはなぜだろう。
それはきっと、罰なのだ。
それを失えば、自分の存在すら成り立たなくなってしまうような大切なものを原型が分からなくなるまで自らの手で傷つけて、ようやくそれの大切さに気づいた自分への。
アオイは、RG2-63-tのそれより大きくなったモニターから夜空を見上げた。真っ暗闇に染まって、どこまでも広がる空に目を向けると、視界の端が滲むのを感じた。
目元に浮かんだ涙に、失われた本当の自分がいるのではないか――。そんな感慨と共に目元に手を伸ばす。
涙はアオイの指先を拒絶するかのように頬を伝って滑り落ちていった。
涙がコックピットブロックの床に触れて、儚く消えた時。
本当の自分というものがひとかけらの残滓すら残さずいなくなってしまったかのように、アオイの思考は冷え切っていた。
――やってやる。
敵は3機、仲間の援護などない。しかし、そんなものが何だというのだ?そんなものは逆境のうちに入らない。だって、そうだろう?あいつらは怯えているじゃないか。怯えている敵を撃つことなど、赤子を絞め殺すよりもずっと容易いことだ。
今のアオイの使命は、サヤカの敵を討つことだ。そうすれば、きっと、サヤカはアオイの失った大切なものをくれる。
剣から持ち替えたガウスバトル・ライフルの頼もしい重さを感じながら、グラニは跳躍した。
狩りをする猛禽類のように接近するグラニに対して、敵機は少し遅れてメイスを振った。頭を下げてそれを搔いくぐり、左足一本で着地。左足を軸にして、跳躍の勢いを遠心力に変え、機体を180度ぐるりと回す。
閃光。
ガウスバトル・ライフルが放った57mm弾がG-55の胴体を丸く吹き飛ばしたのだ。
アオイは既に新たな獲物を見定め、機体を走らせる。
すれ違いざまに再び発砲。G-55をスクラップの山に変え、最後の機体に対して突進した。
牽制がてらバトル・ライフルを2連射。火花と電流に送り出された57mm弾はG-55の足元に命中し、コンクリートや石畳のかけらを撒き散らす。
かけらを浴びておかしくなったのか、左手に握っていた対装甲ナイフを捨て、大した狙いもつけずに乱射してくるアサルト・ライフルの連射を避けつつ、再び跳躍。G-55の頭上を飛び越しながら、バトル・ライフルの銃口を向けた。
G-55はライフルの銃口をめちゃくちゃに振り回し、全方位に弾丸をばらまいている。しかし、両手で持ったライフルの射角は真上までは届かない。
G-55の真上にRG3-X-69が飛び込んだその瞬間、アオイは引き金を絞った。
閃光。
電荷によって押し出された弾丸は、G-55の頭上から股下までを一瞬で貫き、パイロットをコックピットブロックごと消滅させた。
立ったまま沈黙した敵機の背後に降り立ち、アオイは周囲を見渡した。敵の反応は無いし、動いているのもざっと見た感じではない。
今のうちにトリエラとサヤカを拾ってアステル・アカデミーに帰ろうとして振り向いたその時、機体のセンサーが反応した。
――後ろ⁉
アオイは敵機の方に振り向くより先に機体を跳躍させた。つい今さっきまでアオイが居た位置をものすごい速度で何かが駆け抜けていき、沈黙していたG-55の上半身を吹き飛ばした。
撃った機体を確認する。白い機体――ギエレンだ。
ギエレンの白い機体は先ほどの戦闘で破損した装甲を銀色の板金を重ね合わせた装甲板で補修しており、右腕と腰には馬鹿でかい金属の筒――レールガンが取りつけられていた。
レールガンの存在を認識した瞬間、アオイはギエレンの白い機体に向かってアフターバーナーを吹かしていた。レールガンは連射こそ聞かないが、発射されてからの回避は不可能なほどの馬鹿げた弾速と一撃でTDを盾ごと吹き飛ばしかねない威力を持った強力な武器だ。対処法は一つ。砲身の冷却と再装填の隙をついて接近することだ。
機体の馬力とアフターバーナーの生み出す推力に押されて、すさまじいスピードで距離を詰めていく。
もちろん、ギエレンもそれを黙って見過ごすわけもなく、レールガンをアオイの機体に向け、電荷を砲身に貯め始めた。レールガンの砲身が電荷の生み出す青い光を帯び、それに呼応するようにアオイの思考を加速し始める。
レールガンの発射が近いことを知らせる一際強い青い光が瞬いた瞬間、アオイは右手のバトル・ライフルをギエレンに向けた。加速しながらなのでうまく狙いが定まらないが、かまわず発砲。レールガンより弱い電荷で連続して撃ちだされた弾丸のいくつかがギエレンの白い機体の装甲や板金を弾き飛ばす。
そして、ギエレンも発砲。バトル・ライフルよりずっと強い閃光と共に撃ちだされた弾丸は、グラニの頭部の脇をすり抜けて、夜闇に消える。
――勝った!
アオイは勝利を確信していた。
レールガンの再装填より、自分が懐に入る方がずっと早い。それに、左腕と一体化した『魔剣』もレールガンを持った右腕側から攻めればほとんど無視できる。何発か防ぐことに成功したとしても、向こうのエネルギー切れの方が早いはずだ。
ギエレンは右腕に接続されたレールガンを捨て、腰にあるもう一つのレールガンに手を伸ばした。
――間に合うものか!
そう思って、最後の距離を詰めようとしたその瞬間、アオイの思考にスパークのような違和感が走った。
レールガンはあんなに薄かっただろうか?
あんな後ろの位置に、グリップは付いていただろうか?
そうだ、あの薄さ、あのグリップの位置は、まるで剣のような――。
スパークのように走った違和感の正体を脳が理解した瞬間、アオイの本能は「左に飛べ!!」と叫んだ。それに一拍遅れて、グラニが左に飛ぶ。
瞬間、
ギエレンの機体が一瞬沈み込み、その一瞬でため込んだすべてのエネルギーを解放せんと言わんがばかりに剣が切り払われ、グラニの右腕に握られたバトル・ライフルの砲身が二つに割れた。




