神馬と軍馬
対装甲ナイフを持ったTDのパイロット――ギエレンが内心でチンピラ上りと呼んでいた彼――は、月の明かりを一身に浴びながら降りてきたTDを忌々しげに見ていた。
モリニア軍のTDを散々いたぶり倒して、これからド派手にぶち殺してやろうと意気込んでいたところだったのだ。それを邪魔されてイライラしない人間がいるだろうか?少なくとも、彼の周りにはいなかった。
――いや、これはチャンスだ。
そう考えた彼の脳裏に浮かんだのは、自分の上官であるギエレン・ゴラクロスの憎たらしい顔だった。学が無いというだけで自分たちを笑いものにした故郷の大人たちと同じ顔。
おそらくあの黒いTDのパイロットはギエレンがとり逃した奴だ。あれを倒せば、奴だって俺達のことを見返すはずだ。
彼らはずっと、気に入らない相手を見返させるために生きてきた。必要とあれば、暴力をふるうことすら厭わない。それが彼らの持つ最大の強さだった。
彼らが最初に暴力に手を染めたのは、15の時だ。学校をさぼって、軍人からかっぱらった麻薬で遊んでいたら、「戦時中には学校に行きたくてもいけない子供たちがいたのに、お前達ときたら!」と怒鳴っていた男を殺したのだ。
トリエラのTDをいたぶるに使った手は、そのときにした遊びの一つだった。
ギリギリ防御できるペースを維持しながら、10分間代わる代わる敵を殴るという、極めてシンプルな遊び。相手が受け損ねたら、相手の負けだ。10分間受け切ったら自由にしてやると言って、20回ほどそれで遊んだ結果、いつの間にかその男は死んでいた。
受け損ねた相手の顔面を武器で潰すというその遊びの最大のハイライトを邪魔されたのだから、その借りは返させてもらおう。そして、あの真っ黒な気取った機体の残骸をギエレンのもとに持ち帰り、彼に勝利宣言をするのだ。
屈辱でギエレンの顔が歪む姿を思う浮かべながら、彼は対装甲ナイフを黒いTDに向けた。
————
サヤカはトリエラのRG2-63-tと4機のG-55の間に降り立ったグラニに対して、ある種の驚嘆とも言える感情を向けていた。
——あの機体が、本当に動くなんて。これもパイロットの腕か、それとも……
サヤカはそこまで考えて、思考を打ち切った。
今やるべきことは、敵を撃滅し、トリエラを助け出すことだけだ。それ以外を考える必要はない。
『アオイ、やれる?』
『やれる』
シンプルかつ頼もしい返事の後、アオイの聴覚越しに剣を抜く音が聞こえた。
『……ぉぁ、えっと、サヤカ』
『……なに?』
『トリエラのこと、気にかけてあげて』
アオイが何を言っているのか、すぐにはわからなかった。そして、その言葉を理解した瞬間、ほんの少しぎょっとした。自分の内心を見透かされたような気がしたからだ。
ペパーティア・システムを使い、トリエラの心を覗いたとき、トリエラの心の中は、「戦うのが怖い」と叫んでいた。恐怖という闇が彼女を蝕んでいるのを、確かに見た。
だからこそ、サヤカはシステムの精神共有範囲を広げ、自分の心を晒したのだ。
恐れることは、誰にでもあることなのだと。
そのことで、悩む必要は無いのだと。
その場限りの、説得力も何にもない薄っぺらい行動であることは自分自身でもよくわかっていたけれど、自分に出来るのはそれだけだとサヤカは思っていた。もし仮にトリエラの心に重大な障害が発生していたとしても、それは人の心の専門家に任せるしかないのだから。
しかし、そう思う自分の裏に、弱るトリエラの心を見て、密かな快感を感じている自分がいることも、サヤカは感じていた。
今使用しているプロトタイプのペパーティア・システムだけが持つ、精神接続。それはつまり、指揮者が一方的にパイロットたちの心を覗くことにほかならない。
トリエラの心を覗いて、自分を意識しているということを知って、それがどうにも嬉しかった。だからこそトリエラに都合のいい部分だけ自分の心を見せたのだ。自分だけが相手の心を覗いているのだという優越感と罪悪感を紛らわそうとしたのだ。
『……わかった』
その言葉を最後に、トリエラはアオイとの精神接続を切った。
精神接続が切れるのを開戦の合図にして、敵に切り込んでいったアオイとグラニを無感動で見つめながら、サヤカはトリエラとの精神接続の為にスイッチを操作した。
トリエラは私の心を見ることで少しだけ恐怖を忘れることができて、私はトリエラに必要とされることで、自分の持っているうしろめたさを忘れることができた。たとえアオイにその気がなかろうが、それを咎められたくはなかった。
――私の気持ちなんて、誰にもわかるものか。
彼女の口からこぼれたその言葉は、誰にも届かなかった。




