時間稼ぎ その3
1対6の綱渡りじみた戦闘の均衡は、4回目の移動の際に崩れた。
「しまった……」
トリエラは毒づき、RG2-63-tの右足をさらに一歩踏み出そうとした。狙撃砲を展開をするために建物の上に乗ろうとした時、相手のTDの放った弾丸が建物の壁を崩したのだ。
シュヴァルベ・ユニットのジェットエンジンを吹かし、機体を浮かせようとしたが、がくんと不快な振動がトリエラを襲う。
アサルト・ライフルを持ったG-55のうちの1機が、トリエラのRG2-63-tの左足を掴んだのだ。
トリエラは地上に引きずり降ろされているRG2-63-tのコックピットの中で軽く唇をかみながら、近接レンジ内でトリエラを囲みつつある敵4機の細かい装備を確認した。
4機ともG-55だ。右手に東側製のアサルト・ライフルを持ち、左側背部の可動式アタッチメントには、無骨な鉄板のような対装甲ナイフや最早棍棒のような見た目のメイスなど、多様な装備――実際、統一された装備を全員に行き渡らせる余裕はないのだろう――をしていた。
トリエラのその推測を裏付けるように、4機のG-55はそれぞれ失った本来の装甲を粗雑な板金を重ね合わせたもので補修していた。
数は負けてるし、機体の性能もほぼ互角。パイロットの腕など、比べるべくもない。
しかし、絶対に負けると決まったわけではない。
向こうのG-55は装甲を正規品ではないもので補修しているのだ。重心はずれているはずだし、それを最大限利用してやれば、勝てないまでも、時間を稼ぐことくらいは出来る。
『……トリエラ、ごめん。あと3分でいい、持たせて』
その言葉を最後に、サヤカの思考が脳内から消えた。おそらく、グラニの機動の手伝いに入ったのだろう。
怯んだ心に鞭を入れ、トリエラはコックピットのスイッチを操作した。RG2-63-tの可動式アタッチメントが機体から外れ、狙撃砲と補助センサーが宙を舞う。
見えないはずのそれの存在を、トリエラは感じていた。
引き延ばされた時間の中で、ゆっくりと。正面の敵にライフルを向け、トリエラは狙うべき標的を探る。
狙撃砲の大型マズルブレーキが地面と接触し、がしゃん。と音を立てた瞬間――。
トリエラは右手のライフルを引き戻し、石畳を踏み砕かんがばかりに踏み込み、左腕の楯を突き出した。
不意を突いたつもりではあったのだが、トリエラが狙ったG-55の反応は予想より早く、左手に持ったメイスを横殴りに振り回した。
トリエラは機体の体勢を変え変え、メイスを搔いくぐるものの、楯の軌道が逸れてしまい、楯先端のブレードはメイス持ちのG-55の右肩の装甲を砕くに留まった。
――動きを止めたら囲まれる。
そう感じたトリエラはメイス持ちのG-55の横をすり抜け、振り向きざまに楯のブレードで水平切りを放つ。しかし、手ごたえは浅く、G-55の左の脇腹の装甲をいくつか弾き飛ばしたくらいだ。
しかし、その軽い一撃で不思議なくらいにG-55は体勢を崩し、トリエラは最初からそれに気づいていたかのように深く踏み込んだ。
いや、トリエラは実際に軽い一撃でも体勢が崩れると踏んでいたのだ。
トリエラが狙った機体は特に補修された部位が右側に偏っており、もう少し右側の装甲を砕いてやれば姿勢制御システムによる制御が追い付かないと踏んでいたのだ。
トリエラは右手のアサルト・ライフルを向け、発砲。
大した狙いもつけずにフルオートでぶっぱなした弾丸のうち、5,6発が体勢を崩していたG-55の右腕に命中。ライフルを持ったそれを吹き飛ばす。
一機倒すことができれば、それを盾にして時間稼ぎができる……
追撃のために突き出した楯先端部のブレードが敵機に迫る。
しかし、ブレードはG-55に届くことはなかった。
右腕を吹き飛ばされたG-55は左手のメイスを力任せに振り、楯を弾いたのだ。
一瞬の間をつき、メイス持ちの右にいた敵がトリエラとの間に割り込んできた。振り下ろされた曲刀のような対装甲ナイフを、咄嗟に右腕を掲げて受ける。
がつん。と不快な音が響き、右腕の装甲が何枚か剥がれ落ちる。
それと同時に、右腕を失った機体はシュヴァルべ・ユニットのアンカーを発射。トリエラの機体に突き刺し、行動を制限する。
その瞬間。一方的な戦闘——いや、リンチが始まった。
右腕を失ったメイス持ちがトリエラを拘束し、残りの3機が攻撃、交代、攻撃を同じペースで繰り返す。
ペース自体は早いものの、攻撃が来るタイミングはほとんど同じであるため、防ぐことは難しくない。しかし、それをずっと続けていられるかは別の話だ。一度でも受け損ねれば、即、死が確定する状況で、冷静でい続けられる人間など、そうは居ない。
少しでも攻撃のタイミングをずらすだけで、容易くトリエラの命を奪える状況で、あえてそれをしないのは、G-55のパイロット達は遊んでいるからだろう。
トリエラと対峙しているG-55のパイロット達は、街の不良グループ上がりで、喧嘩慣れしていた。相手がほとんど対抗できない状況で、詰めの一手をあえて出さずに相手が崩れるのを見るのが、彼らにとっての最高の楽しみだったのだ。
弄ばれている——?
「なんとかしなければ」という焦りは、次第にパニックへと変化して、トリエラを蝕み始める。
なんとかアンカーを外そうとするが、次々と打ち掛かってこられると上手くできず、ミスは次の打ち込みへの反応を遅らせ、さらなるパニックを誘発する。
そして、その時は訪れた。
敵のメイスの大振りを楯で防ぐのが少し遅れ、楯が弾かれる。
トリエラと敵の間にできた隙間に入り込んだ機体。振り上げられた対装甲ナイフが、月光を反射してぎらりと瞬く。
——ここまでか。
トリエラの思考が、そう囁いた。
瞬間。
月が、消えた。




