神馬の名の下に その2
「アオイが、魔剣使い……?」
「つまり……ここにその魔剣があるってこと?」
トリエラは微かな希望を共にサヤカに聞いた。
こちらにも同じものがあれば、その敵に対抗することができる。
しかし、サヤカはかぶりを振り、否定の言葉を返す。
「あればこんな面倒なことになってなかったわね、アオイにそれ持たせて突っ込ませれば良いだけだもの。アオイの使った魔剣……蒼月は5年前の終戦の頃を境に行方不明になっているらしいわ」
「そんな……」
トリエラの口から、絶望感に溢れた声が漏れた。
「まぁ、魔剣持ちには魔剣無しでは絶対に勝てないってわけじゃないし……」
アオイの絶妙に信頼できないフォローの声が入る。
トリエラには知りようのない事であったが、戦時中の魔剣使いの死因のほとんどは、『燃費の悪さ』という魔剣全てに共通する弱点に起因した対複数戦であったのだ。
もちろん、全てがそうというわけではなく、対複数戦に向いた権能を持つ魔剣も存在するのだが、ギエレンが使った魔剣は対複数戦に向いた権能を持っているものではないとアオイは踏んでいたのだ。
「そもそも、アオイが戦後のゴタゴタの間に魔剣を無くさなければ、こんなことにならなかったんだじゃないの?」
サヤカは偽物くさい笑顔と冗談めかした雰囲気をつくり、アオイにそう聞いた。
「……ごめん」
アオイは本気で申し訳なさそうに答えた。
おそらく、その頃の記憶もないのだろう。そして、サヤカはアオイがサヤカと出会うまでの記憶を失っていることを、たぶん知らない。
2人の間に流れる空気が、変な場所に向かう前に、トリエラは別な質問を言っていた。
「あ、あのさ。第3世代TDはRG2-63-tとかの第2世代TDと何が違うの?」
トリエラの質問を聞いたサヤカは、先ほどと同じ作り物めいた笑顔を浮かべ、問いに答えた。
「……第3世代TDの持つ最大の特徴は、思考を使った操縦補助システムの存在よ。機体側がパイロットの思考を読んで、動作をサポートしてくれるの。完成すれば、最早機体に乗るんじゃなくて、機体に《《なる》》と言っても良いほどの追従性を……」
そこまで言って、サヤカは言葉を打ち切った。作り笑顔も消えている。まるで、自分の言葉によって胸の奥の痛みを思い出したかのように。
「……今の技術では、シュヴァルべ・ユニットや内蔵武装とのかみ合いが悪くて、サポートまでに留まってるんだけどね。それでも、いつかは……」
サヤカの表情が変わったのが、アオイとトリエラの2人にもわかった。
身体中の鈍痛に耐えているような顔だった。見ている2人にさえ、その痛みを感じさせるほどに。
「私が、やらなきゃ……。姉さんと、《《あの人》》の為にも……」
サヤカの口から溢れてきた噛み締めるような声の意味をトリエラが聞く前に、部屋を振動が襲った。
ずん、ず、ずんと不定期に感じる振動は、おそらく敵のTDの持つ、銃身下滑腔砲によるものだろう。まだ遠くで散発的なものであるが、少しすればすぐに大学を襲うだろう。
「これじゃ逃げ切れなさそうね……」
サヤカの微かな声が、沈黙に包まれた部屋の空気を揺らした。
「でも、手がなくなったわけじゃない。二手に分かれるよ」
サヤカは淡々と言って、キャットウォークの下、無数の機械が積まれた場所に戻ろうとした。
トリエラの脳裏に、今すぐサヤカをコックピットに連れ込み、アステル・アカデミーに逃げ込んでしまいたいという思考が流れたが、おそらく、いや、確実にそれが許される状況ではないのだろう。
ここまで来たら、もう進むしかないのだ。そういう諦めにも近い思いが、胸の内を満たしていく。
「二手にって……?」
「これから私とアオイは《グラニ》の起動準備に入るから、トリエラはすぐにRG2-63-tを回収して。そこからは、私が指示する」
「指示するって……」
一体どうやって指示するというのだ。大きなバックパック型の通信機を使っても、通信可能な距離は1キロにも満たない。ここからRG2-63-tのある位置に通信を行う為には、それこそペパーティア・システムでも使わなければ……
そこまで考えて、はっとした。
まさか、本当にペパーティア・システムがあるというのか。
サヤカがここで謎の新型TDの開発を行っていることも、アオイがアステル・アカデミーに来たのも、敵の襲撃も、全て誰かの掌の上だというのか——?
「お願い、トリエラ。私を信じて」
サヤカは今度こそ、作り物ではない、いつもの笑顔を向けてトリエラに聞いた。
それを断るという選択肢は最早、ハタエ・サヤカの親友、トリエラ・リーリエには存在していなかった。




