逆転のために その3
トリエラが腕時計を確認すると、アオイと別れてからもう30分が経過していた。
夜の大学は静まり返っており、TDの駆動音を始めとする戦闘の音は聞こえない。
トリエラの耳に入ってくるのは、廊下に反響する自分の足跡だけだ。
大学に辿り着いたトリエラは、サヤカを探すため、コックピットブロック内のサバイバル・キットの中にあるライトを手に、校内を探索していた。
——アオイは大丈夫だろうか。
ふとそんな疑問が浮かぶが、意志力で不安をかき消す。
アオイなら大丈夫だ。だって、あんなに強いんだもの。
そう信じながら、トリエラは目の前に佇む扉を開けた。
深夜の教室は真っ暗で、ライトで照らさなければ、中の様子は伺えない。アオイの心配を止めると、昔見た怖い映画を思い出して、トリエラは急に心細くなった。
「サヤカ、いる?」
震える声でサヤカを呼びながら、トリエラはやけに重くなった足を動かして部屋の中に入った。
部屋にはいくつかの机と椅子が置かれているだけで、人の気配はない。
——ここも外れ。
トリエラは再び廊下に出る。
誰もいないのに気を張り詰めていなければいけない状況はトリエラから体力をどんどん奪っていって、それに耐えかねた彼女は廊下の壁に背中をぶつけ、ずるずると座り込んだ。
——本当にサヤカはここに居るのだろうか?
アオイの言葉に従ってここまで来たが、サヤカは本当にいるのだろうか。すでに避難している可能性だってある。そもそも、サヤカの父親からの情報だと言っていたけれど、その父親とやらはどうやってサヤカの位置を把握しているのやら……。
そんなことを考えているトリエラに、微かな振動と物音が届いた。
トリエラはばね仕掛けの人形のように飛び上がり、周囲を警戒する。敵が来たわけではないようだ。
壁に耳を当ててみる。どうやら、少し離れた場所で何か作業をしているようだ。トリエラは何度か壁に耳を当てながら、音の元へと向かった。
音に導かれたトリエラの目の前に現れたのは、「関係者以外立ち入り禁止」という張り紙が貼ってある、観音開きの鉄扉だ。
耳を当ててみると、物音が1番大きく聞こえる。どうやら、音の発生源はここで間違いないようだ。トリエラは用心のためにライトを消して、出来るだけ音を立てずに扉を開けて、室内に滑り込んだ。
――広い!暗い!
部屋に入って最初にトリエラが感じたのは、そんなことだ。
縦に長い部屋だった。横は8メートルほど、高さは少なくともその倍はある。トリエラはその部屋の床上5メートルほどの高さにあるキャットウォークの上にいた。
どうして部屋に入ってすぐにキャットウォークに出たのだろう?そもそも、何で大学の中にこんな部屋があるのだろう?
そんなことを考えていると、部屋の天井や壁に取り付けられたライトがぱっと転倒した。下から上へと光源が増えていくたびに、周囲にあった設備などが照らされ、部屋のデティールを増していく。
クレーン、バケット車、大型の電源車、明滅する無数のコンピューター。それらがトリエラの視界に飛び込んでくる。
――どうしてこんなものがあるのだろう?
この大学が先行しているのは義手やソフトウェアのはずなのだ、しかし、真下に広がる光景は、専門家ではないトリエラにも異質さが伝わるものだった。
しかし、トリエラにはこれに見覚えがあった。普段から見ている光景。そう、これは、まるで、アステル・アカデミーのTD用格納庫のようではないか――。
これは、TD用の設備ではないのか?少なくとも、クレーンが義手やそれ用のソフトウェアに必要だとは思えない。
トリエラの脳に浮かんだ疑問に答えるように、トリエラの近くのライトが点灯し、何かを照らし出した。
どうしてライトで照らされるまで気が付かなかったのだろう。その答えも、すぐにわかった。
「なに、これ……?ティターン・ドール……?」
漆黒のTDがそこにいて、トリエラを見つめていた。
その機体はまるで、夜という概念そのものを人型に押し込んだかのような姿をしていた。
直線で形作られた、どこか一体感を感じる胴体周りと肩、曲線が主体のしなやかな手足。
肘と膝を構成する、他の機体とは大きく違う球体関節。
これまた特徴的な、シャープな形状の頭部と青い二つ目、一角獣のような角。
金属でできているはずなのに艶のないしっとりとした黒と、差し色の灰色によって構成された鎧を身にまとっている巨人が、そこにいた。
「RG3-X-69《グラニ》。かつて神から人に与えられた神馬の名を受けた、モリニアの……いや、西側唯一の第3世代TDよ。」
背後から聞こえたその声の主に、トリエラは心当たりがあった。
「どういうこと……?」
トリエラの目の前には、親友のサヤカがいた。




