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じゃがいも髪の不思議ちゃん 

「……きて、起きて、トリエラ」

 聞こえてきた声と、背中に感じる熱が、微睡みの中にあるトリエラと呼ばれた少女の意識を現実へと引き上げた。

 白い掛布団から薄桃色の髪が覗き、掛布団がもぞもぞと揺れる。

「……後5分」

「ダメだよ、それを許してこの間遅刻したの忘れたの?」

 ……そういえばそうだった。


 布団の中でため込んだエネルギーを使い果たさんと言わんがばかりの気合を込め、トリエラ・リーリエは布団から這い出した。

 ぶんぶんと髪を振り、頭に残った眠気を振り払う。

 彼女の紫色の虹彩には、銀を鋳溶かして作ったかのような銀髪の少女が映っていた。


「おはよう、サヤカ。先に行ってて」

 目の前でもうすでに制服に着替え、準備万端といった雰囲気のトリエラの親友……ハタエ・サヤカにそう伝え、彼女は一足遅い朝の準備を始めた。


 髪を纏めて、顔を洗って、校則に引っかからない程度の化粧をして、制服を着て、部屋を出る。

寮の一階にある食道に向かう。


「やっと起きた」

「ごめん、ありがと」

 最早一年以上繰り返してるいつもの会話だった。2人の間に交わされる言葉は、少ない。

 それはお互いに、居心地のいい距離感を保っているからだ。その距離を保ちさえしていれば、互いを傷つけあうこともない。

 すでに2人分の食事を用意してくれているサヤカと合流し、二人で朝食を食べ、学校に向かう。

 いつも通り、何も変わらない。

 彼女たちの学校――モリニア国立アステル軍学校。

 通称、アステル・アカデミー。


 大陸がかつての唯一皇帝によって統一される前、剣の時代と呼ばれる時期から続く、由緒正しい学び舎だ。

 軍事、学問、スポーツ。全てにおいて一流の人材を輩出するアステル・アカデミーの軍事コース。

 将来の士官を、モリニアを守る尖兵を育成する学校。


 かつては魔法使いを育成していたとか、そんな噂が流れる学校が今の、トリエラ・リーリエとハタエ・サヤカの居場所であった。


 5年前に戦争が終結し、戦後の混乱期を抜け、一応の平穏を取り戻したモリニア軍にとって、『いつも通りの日常』という言葉は何よりも強い意味を持っている。

 戦火から『いつも通りの日常』を取り戻すために散っていった兵士たちの為にも、少しでも長く、『いつも通りの日常』を守っていかなくてはならない。

 そういう、誰も口には出さないが、確かにある、強い意味。


 しかし、ふと。

 トリエラはそれに違和感を感じる時がある。

 半世紀近く続いた戦争の中に生まれたトリエラたちにとって、戦火がいつ降りかかってくるかわからないそれが、『いつも通りの日常』であったのだ。

 そんなことを意識すると、自分は『いつも通りの日常』という人形劇のために用意された人形なのではないか――。

 もしかしたら、今日という日を繰り返し続けているだけなのではないか――。

 そんな違和感。


 そんなことを誰かに話してしまうもんなら、「戦争を望んでる不謹慎な奴だ!」と糾弾されてしまうだろう。

 だから、それが表に出る事はなく、どこかで蟠り続ける。


 戦争はある日、唐突に終わった。

 曰く、戦争を始めた東側最大の国家であるクルトミア帝国と西側最大の国家アナトミア共和国に反戦感情が広がり、それが世論を支配し、デモが発生。

 デモの鎮圧に使える余力がなかった両国は終戦条約を結んで、戦争は終わった。


 しかし、その割を食ったのは戦争の舞台となったクルトミア、アナトミアの中間にあったモリニアを始めとする多く小国であった。

 軍事行動を目の敵にした彼らによって国に帰れなくなった前線の兵士。

 戦争で難民となり、明日の生活すら覚束ない人々。

 そして、生きる為に戦うことを選んだ無数の少年兵達。


 戦争を終わらせた活動家達は、彼らを見捨てた。

 その結果、未だ戦争の傷跡が癒えたとは癒えない東側と西側の境界で、戦争の火種は残っている。

 そんなことは決して、彼らは認めないだろうが。


 活動家達のバッシングにより、廃校一歩手前まで追い込まれたというアステル・アカデミーは、戦争によって将来を奪われた少年少女達を受け入れることでその存在を保ち、彼らは軍人という道を目指して日々研鑽を重ねていた。

 全ては奪われた夢を――夢を見れる生活を取り戻す為に。


 それを知っているからこそ、ほんの少しの罪悪感を感じてしまうのが、トリエラという少女であった。

 恵まれた生まれがあり、両親が健在で、軍を志した理由すら曖昧な自分が、彼らと共にいていいのだろうか?

 そんな私が、未来の為にがむしゃらに研鑽を重ねる彼らと、絆を育む資格などあるはずがないのではないかと。

 だから入学前からの仲であるサヤカ以外とはどこか入り込まれないし、入り込まない様な距離を取り続けてきたし、これからもそうするつもりだった。


 そうであることが、『いつも通りの日常』であると信じて。


 いつも通り教室に入って、いつも通り椅子に座る。

 使い古された椅子がいつも通り軽く軋みをあげ、いつも通りのチャイムが教室の喧騒をかき消していく。

 教官が部屋に入ってくる。これもいつも――。


 視界に違和感を感じる。

 その違和感の発生源は、教官が入ってきたばかりの扉だ。

 開きっぱなしになっていて、そこから人影が見え隠れしている。

「何をしているの、入ってきなさい」

「ぁあっ、は、はい。入ります……」

 その弱々しい声を聞いた途端、サヤカの表情が変わった――気がした。

 違和感は針となり、少しずつ彼女の『いつも通り』を刺激し始める。


 教官の導きに従って、教室に入ってきた少女の姿に、見覚えはなかった。

 金というにはくすんでいて、どちらかと言えば金というよりじゃがいもに近い、不思議な色の髪。

 制服に着られている。という言葉がとても似合う、小柄な体格。

 気弱そうな、大きな青い瞳。

 制服のスカートは今さっきまで握りしめられていたからなのか、こぶし大のサイズのしわがついている。


「あ、アオイ・モーントシャインで、です。じゅうよ、16歳です。こっ、これから、よろしく、お願いします……」

 アオイ・モーントシャイン。

 いないはずの人間が、そこに現れた時。

 トリエラの周囲を覆っていた『いつも通りの日常』は終わりを告げたのだった。

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