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逆転のために

 ひらり、ひらりと花弁が舞っている。

 自分のものではない微かな吐息が、少女の額を気持ちよく刺激する。


「う、ううっ……」

「大丈夫だよ、私がついているからねー」

 誰かが、呻き声をあげる少女を膝枕しながら、ゆっくりと少女の髪を撫でた。

「安心して休んでいいよ、お姉ちゃんがついているからね。眠ってもいいんだよ」

「お姉ちゃん……」


 「お姉ちゃん」と名乗った彼女の持つ、西側には珍しい黒曜石のような髪の下の顔は、黒い靄に覆われてしまい、表情や感情を伺うことはできない。

 しかし、どうしてだろう。

 ——どうしてこんなに心が安らぐのだろう。どうしてこんなに泣きたくなるのだろう。どうして、あの人の顔や名前を思い出せないのだろう。


「お姉ちゃんは、どこにも、行かない?ひとりに、しない?お姉ちゃんは、わたしを、守ってくれる……?」

「どこにも行かないよ。1人にしないし、今度こそアオイを守ってあげるからね」

「何があっても、ずっとそばに居るからね」


 ——ああ、そうだ。

 ここに居たのは、わたしだ。


————


 予備電源を使い切り、暗闇に包まれたコックピットブロックの中で、アオイ・モーントシャインは目を覚ました。

 懐かしい夢を見た気がして、内容を思い出そうとしたけれど、夢はすぐに霧散してしまって、アオイに輪郭を掴ませない。

 夢の内容を思い出すのを断念して、コックピットブロックの扉を開く。

 そこには、嘘のように静まり返った街の風景が広がっていた。


 ——そうだ、わたしはギエレンに負けたんだ。

 言い訳をするつもりは無かった。

 『魔剣』がただのインチキ装備であれば文句の一つも言えただろうが、そんなに都合の良いものでは無いことは戦時中に身をもって知っていたし、『魔剣』を効果的に使うためのギエレンの策にまんまと引っかかったのは言い訳のしようもないほどのミスであったからだ。


 言ってしまえば、アオイは完敗したのだ。

 戦争が終わって、どこか腑抜けていたアオイと、ずっと刃を研ぎ澄ましていたギエレンの決定的な差が、ここにはあった。


「トリエラ、大丈夫かな……?」

 周囲を見渡す。運良く敵はいないが、大学からはかなり離れてしまった。徒歩で行こうとしたら、1時間はかかるだろう。

 その間サヤカとトリエラが大学で待っている見込みは、だいぶ薄い。


 それに、RG2-63-t(フォーレン)を失ったアオイが2人に合流したところで、何ができるというのだ。

 アオイの持つ情報だけで判断するのであれば、トリエラはサヤカを回収して、アステル・アカデミーに飛ぶべきなのだ。たとえギエレンがすぐに動いたとしても、サヤカの回収にさえ手間取らなければ、アフターバーナーを全開にして逃げ切ることができる。あとは味方と合流して隊列の伸び切ったギエレン隊を叩くだけだ。アオイに出来ることはない。


 アオイ自身もそう思っていたから、トリエラを先行させたのだ。任務達成のための最善手だと思ったから。

 それなのに、なぜか。

 胸騒ぎがした。早く行かなければ、取り返しのつかないことになると。根拠はないのに、そう思った。


 ——走れば、まだ間に合うよ。

 誰かの声が、聞こえた気がした。そしてその声に押されるように、アオイはコックピットブロックに置いてあった装備入りのバッグを拾い、走り出していた。

 確かに陸路なら、見を隠す必要があるため、1時間かかってしまう。しかし、地下ならどうだ?

 TDは地下には入ってこられない。こちらは主戦場から大きく離れているので、歩兵と鉢合わせる心配もほとんどないのだ。見を隠す必要もない。

 アオイは2週間かけて書いていた地図の存在を思い出していた。地図そのものは教師に取られてしまったが、地図を書いているうちに気づいたことはすでに頭の中にある。


 学園都市アステルは、唯一皇帝の時代から存在する歴史ある街であり、地下には当時の水道や、戦時中に塹壕や防空壕代わりにするために40年にわたって掘り進められた横道が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。

 アオイは懐から拳銃を取り出し、地下へと続く扉を施錠している南京錠を吹き飛ばして扉に飛び込み、階段を3段飛ばしで駆け降りる。


 階段を降り切ってすぐのT字路を地下に入る前に確認した大学の方向に向かって曲がり、再び全力でダッシュ。途中でホームレスとか避難していた人とすれ違ったが、構っている暇はない。

 脳裏に響く、どこか懐かしい声に導かれるようにして、アオイは走り続けた。

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