裏切り者
『……落ち着いた?』
偵察隊を片付け、大学に向かって飛んでいたアオイは、隣を飛ぶトリエラにそんな言葉をかけた。
『ごめん、本当にごめん……』
トリエラはうわ言のようにそんなことを呟いていた。
何を言えばいいのかさっぱり分からず、アオイは沈黙した。どんな精神状態でも、少なくとも着いてきてくれるなら問題ないとも思っていたし、自分では何もできないことをよく知っていたからだ。
トリエラは機体をアオイに追従させながら、一つのことを考えていた。
アオイは一体、どんな景色を見てきたのだろう?
『すぐに慣れる』と彼女は言った。
きっと、彼女なりの心遣いだったのだろう。たとえその場限りの薄っぺらい言葉だったとしても、今のトリエラには心地良かった。
どう言い張っても自分は人殺しであることには変わりない。
人殺しに手を染めたその理由すら、自分の暴力衝動なのだ。いっそ、『誰かのため』と言い訳できれば、どれだけ救われただろうか。
トリエラは情けなさで喉から何かが溢れてしまいそうになったが、それを必死に耐えた。
溢れてしまえば、それこそアオイの足手纏いになってしまうのがわかったからだ。それだけは嫌だった。
情けなさを押し隠そうとして、トリエラはアオイに聞いた。
『あと、どのくらいで着くの?』
『5分もかからないよ』
『頑張って、もう少しだから。サヤカと合流したら、休めるから』
年下にこんなことを言われるとは、情けない。
そんなことを思いながらアオイに言葉を返す。
『ありがとう、頑張るよ——』
トリエラが最後まで言い切る前に、機体を衝撃が襲った。
撃たれた⁉︎どこから?
トリエラは反射的に機体のセルフチェックを行う。撃たれた場所は、背部。アタッチメントの部分だ。トリエラ機の左背部に取り付けられた対装甲ナイフはアタッチメントごと眼下の市街に落としてしまった。しかし、ほんの少し下だったらすでに肉片になっていた位置だ。
トリエラ機のアタッチメントが吹っ飛んだことを確認した直後、敵機にロックされたことを表す警報がアオイの乗るコックピットブロック中に響き渡った。
——もう追撃が⁉︎早すぎる!
背後を確認すると、アオイ達を追いかけているのはたった1機だった。細かい機種の判別はつかない。
敵機はかなり早く、少しづつ距離が狭まっていく。
アフターバーナーを使えば振り切ることはできても、サヤカと合流している間に攻撃されるのがオチだ。
それなら——
『……こいつはわたしが抑える。トリエラは先に』
『ちょっと待って、私も……』
『サヤカを頼む!』
アオイはトリエラとの通信を切り、反転。迎撃に向かった。
距離を詰めると、少しづつ向こうの機体のデティールがはっきりしていく。どちらかというと東側ではなく西側に近い、曲線が用いられたシャープなフォルム。白い装甲。銃剣付きの東側製アサルト・ライフル。まるで骨と血管だけになったような特異な左腕。
見たことのない機体だ。新型だろうか?
そこまで考えて、思考を打ち切る。
——何が来ようが関係ない、やるだけだ。
モニターに表示された弾丸と燃料は、どちらもあと6割ほど。1機倒して逃げるには十分すぎる量だった。
アフターバーナーを点火し、アサルト・ライフルを構えながら接近。
すれ違いざまに一撃入れてやる腹積りだ。
急速に2機のTDの距離が近づき、その距離が200メートルを切った頃、お互いのライフルが火を吹いた。
互いが互いの弾丸を回避し、左側面に体当たりするようにすれ違い、そのまま着地。アオイのRG2-63-tは振り向きざまに発砲。白いTDはビルの裏に飛び込み再び回避。
左腰のアンカーを打ち出し、白いTDが隠れたビルの屋上から飛び込む。
右のアンカーを地面に突き刺し、軌道を変えながら、三度発砲。またしても回避。
しかも憎たらしいことに、すべて最低限の歩行で回避されている。
挙げ句の果てに白いTDは最初の交錯時以外、1度も発砲していなかった。
——舐められてる?それなら……!
RG2-63-tを突っ込ませながら、4度目の発砲。しかし、発砲したのはアサルト・ライフルだけでは無かった。アサルト・ライフルの弾丸に紛れて飛ぶのは、アサルト・ライフルに取り付けてある、榴弾発射機から発射されたグレネード弾だ。
グレネード弾は白いTDの足元に落ちて、炸裂。
爆風が白いTDを包むのを確認するよりも早く、アオイのRG2-63-tは駆け出していた。右肩のアタッチメントにアサルト・ライフルをしまい、左肩のアタッチメントに搭載された対装甲ナイフの柄を握り、抜き放つ。
「——行けッ!!」
爆風による簡易的な煙幕を白いTDが左腕で払う隙に、懐まで飛び込み、対装甲ナイフを振り下ろした。
白いTDは流石に回避しきれないと判断したのか、銃剣付きのアサルト・ライフルを掲げて、対装甲ナイフを受けた。
2機のTDの顔がすぐそこまで迫り、甲高い金属音が二重奏を奏でる。
『ふっ、ふふふ……』
金属音の中に、低い笑い声が響いた。
男の声だ。どうやら、戦闘中に外部スピーカーをつけているらしい。
『いい腕だ。お前だな、アオイ・モーントシャイン!』
『貴方は……ギエレン大尉!?』
アオイの目の前の白いTD。それのパイロットは、アオイのかつての上官である、ギエレン・ゴラクロスであった。




