接敵 その2
サヤカは同性であるトリエラから見ても、とても美しかった。
何を言われても、自分の意見を曲げない姿が。2人きりの時にだけ見せてくれる明るくて無邪気な笑顔が、トリエラは好きだった。
美しい容姿と合わせて、どこか作り物めいた印象を与える笑顔が、トリエラには心地良かった。
表面上だけの付き合いをする人たちの、無意識のうちに同調を求めてくる笑い方とは違う、「他者と自分は違う考えをしている」ことを知っているからこそ、他人を傷つけない笑い方ができるサヤカが、本当に好きだった。
しかし、ある日サヤカは姿を消して、3ヶ月ほど戻ってこなかった。
トリエラにはどうすることもできず、ただ待つだけの日々が続いた。
そして、サヤカが帰ってきた時。彼女からトリエラの好きだった笑顔は消えていた。
これは罰なのだ。そう、思った。
父を傷つけた上で、サヤカに心地よさを求めている自分への。
父親を庇えばよかったのだ。たとえ誰に何を言われても、家族を守るべきだったのだ。
『トリエラちゃんは、ひとごろし』
『ひとごろしのかぞくは、ひとごろし』
「やめて……いや……」
でも、否定されるのが嫌だった。人殺しと罵られるのが怖かった。
だから、父親を裏切った。たくさんの思い出話とお土産を用意してくれた父親に罵声を浴びせた。自分の保身のために、他人を罵った。
『ひとごろしをかばうひとも、ひとごろし』
『ひとごろしのせいで、せんそうがおきた』
『へいしはみんな、ひとごろし』
『トリエラちゃんも、そう思うでしょ?』
――お前たちに私の気持ちなんて分かるものか。
そう思うと同時に、脳がしんと冷たくなった。思考が停止し、父親の笑顔も、かつてのサヤカの笑顔すら遠くなっていく。手を伸ばそうとしても、その資格は無いというようにそれはかき消えてしまう。
みんなと一緒で居続けないといけない人間の気持ちなんて、分かるもんか――。
アオイが学校に来た日、サヤカとの会話の中で、こんなことを思った。
私たちの間には、隠し事はないと言ったのは、貴方じゃないか――。
隠し事をしていたのは、自分じゃないか。サヤカに「自分は味方」と言いたげな顔をしながら、その実、我が身大事さに軍人を人殺しと罵る奴らとつるんでいたのは自分じゃないか――。
自分がはみ出し者であることを知りながら、同じはみ出し者のアオイにはみ出すなと怒鳴った自分じゃないか——。
――そんなことはもう辞めてしまえばいいのではないか?
止まった思考の最奥で、何かがチリチリと弾けた。
それは火種になって、少しずつトリエラが今まで被り続けた「いい子」の仮面を焼き始めた。
誰かを傷つけるのなんて、大したことはない。人間は生きている限り、絶対に誰かを傷つけてしまうのだ。傷つけた相手が大切な人か、どうでもいい他人かの違いがあるだけなのだ。
ある種の開き直りかもしれない。父親を傷つけたことを、「世界とはそういうものなのだ」と言って、無かったことにしたいだけかもしれない。
しかし、それで止まるほどの理性を、今のトリエラは持っていなかった。
ただただ、自分のため込んできた鬱屈を吐き出してしまいたいという気持ちでいっぱいだった。
「死ねえぇぇぇぇッ!!クズどもォォォォッ!!」
トリエラのRG2-63-tは地を蹴り、アオイと対峙しているG-20 に吶喊した。
機体が生み出す勢いを殺さぬまま、先端部にブレードが取り付けられた楯を突き出した。
「……ぉぁッ⁉」
突然絶叫を上げ、近距離で戦闘している自分ごと貫かんという勢いで迫ってきたトリエラに、先ほど脚を破壊した敵機にトドメを刺したばかりのアオイは驚愕の声を上げ、トリエラの突進を避けた。
まさか数で負けている側が味方ごと攻撃してくるとは想像できなかったのか、アオイと一番近い距離にいたG-20 は反応が遅れ、コックピットブロックを楯のブレードに押しつぶされてしまった。
アオイは圧死したG-20 のパイロットにほんの少しの同情を送りながら、おかしくなったトリエラについての思考を巡らせていた。
今のトリエラは戦闘ストレス反応による攻撃衝動に支配されていた。それ自体は新兵にはよくあることなのだが、それにしたって速すぎる。
考えられるのは、普段から戦闘中に近いストレス――誰かを傷つけたりするような環境に身を置き続けるような――に晒され続けていたかもしれないということだ。
そこまで考えて、アオイは思考を打ち切る。
自分は医者でも看護師でもない。原因なんて想像でしかないし、治してやることもできないのだ。
自分にできるのは、この戦闘を早めに片付けて、一時的にでも安全を確保してやることだけ——。
アオイは機体を立て直し、敵に向き直った。




