じゃがいも髪のワンマンアーミー その3
シャッターを叩く音が聞こえたとき、反射的にアオイは普段は操作しないスイッチに手を伸ばしていた。
機体のセルフチェックシークエンスを無理やりすっ飛ばす《《裏技》》だ。
もちろん、教習でこんなことをしたのがバレようものなら教官に機体から引きずり出された挙句、顔面が酷いことになるくらいの暴力を振るわれてしまうくらいの危険行為であるのだが――
それによって一番時間のかかる脚部のセルフチェックをすっ飛ばし、自機と周囲にある武器を確認する。
左腕部内蔵の機関砲――模擬戦用のペイント弾。
周囲のハンガーに掛けられている武器も、ほとんどペイント弾入りだ。少し離れた場所になら実弾入りのライフルがあるが、あえて取りにはいかない。
――手元にある中でまともに殺傷力があるのは、右腕部内蔵の対装甲ナイフと、シュヴァルベ・ユニットのアンカーランチャーくらいだ。
ひときわ大きな音が響き、G-20が姿を現した。TD黎明期の機体であり、まだまともに歩行すらできなかった頃の機体だ。しかし、第1世代機特有の重装甲と、歩行の代わりとして搭載されたローラーダッシュの前方に対する速度はなかなかのものであった。
G-20はトリエラの乗ったRG2-63-tに銃口を向ける。
――今だ!!
アオイのRG2-63-tはハンガーから飛び出し、左腕部内蔵の機関砲をぶっぱなした。狙いは、相手の頭――所謂、カメラだ。
ばらまいた弾が相手の上半身を中心に壁や床を青く染める。相手も負けじとこちらにライフルを向けるが、もう遅い。
腰の脇に取り付けられたシュヴァルベ・ユニットから放たれた2機のワイヤー付きのアンカーがそれぞれG-20のライフルを持った右手首の付け根と青く染まった壁に突き刺さる。
取り落としたライフルが地面に落ちるより早く、アオイはアンカーを巻き取った。
爆発的な勢いで加速した機体は、G-20にその勢いを全て載せた体当たりをかまし、周囲の機材や弾薬をぶちまけながらそれを押し倒した。
右腕と両脚でジタバタと暴れるG-20を押さえ込み、右前腕のカバーを開く。そこに格納されていたのは、人間よりも一回りくらい大きな金属塊――対装甲ナイフだ。
切先から柄頭までが一体になっているそれに取り付けられた簡易的なグリップを左手で握り、抜き放つ。
振り上げられた左腕を押さえようとG-20は右手を伸ばそうとしたが、それよりも早く振り下ろされた対装甲ナイフは重装甲の機体の最大の弱点である首の付け根からコックピットブロックを貫き、鋼鉄の巨人を物言わぬクズ鉄のカタマリへと変えた。
アオイはそれに目もくれず、突き刺さった対装甲ナイフを捨て、G-20が取り落としたブルパップ式アサルト・ライフルを拾い上げた。ざっと確認した限りでは、銃身下滑腔砲が搭載されている。
こじ開けられたシャッターの穴を通って格納庫の外に出た。
「……ぉぁ、予想よりやられてる」
空は緋色に染まっていた。
アステル・アカデミー周囲の被害こそ少ないが、市街地の方は悲惨なことになっている。
アステル市街の防衛隊がどんなに見るに耐えないヘボな腕だったとしても、50年近く前の旧型に遅れをとるような奴らではないはずだ。
旧型ばかりじゃないのか?
そんな疑問を浮かべたアオイに答えるように、物陰からもう2機のTDが姿を現した。そして、前衛と思わしき細身で盾(TD用の防御装備。予備兵層などを搭載するアタッチメントが無い物を指す)持ちの機体が発砲した。
発砲を確認するのが先か後か、アオイのRG2-63-tはコンクリートの地面を蹴り、宙に浮かぶ。
もちろん、魔法とかそんな非科学的なものではない。
シュヴァルべ・ユニットに搭載されたジェット・エンジンのアフターバーナーが火を吹き、それによって生まれた大推力が、全長10メートルの巨人を無理矢理飛行させているのだ。
陸戦兵器であったTDに三次元的な機動を与え、大陸最強の兵器とした立役者であるが、弱点がないわけではない。
悪いのだ、燃費が。そりゃもう驚くぐらいに。
アオイは機体の高度計が50メートル前後になったことを確認して、アフターバーナーを切った。
アフターバーナーを使った場合、単独飛行こそできるが燃料が10分前後しか持たないのだ。
それに対して、アフターバーナーを切っていた場合なら高度を上げることはできないが、燃料を節約しながら、長時間の滑空ができる。
アオイはRG2-63-tに搭載されたシュヴァルべ・ユニットのジェット・エンジンを2機の敵に向け、突撃。
両者の放ったアサルト・ライフルの弾丸が交錯し、アオイは左に、細身の――おそらく東側製の第2世代機だ――敵機は上に回避した。
先ほどアオイがしたのと同じように、シュヴァルべ・ユニットのアフターバーナーを点火し、高度を上げたのだ。
高度を上げた敵機はアオイの真上をとる形になり、左に回避したアオイを一方的に撃つことが可能になった。敵機のパイロットは誰にも見られることのないコックピットの中でほぼ確定した勝利に笑みを浮かべていることだろう。
しかし、考えなしにその位置を取るようなミスをするほど、アオイは未熟ではなかった。
彼女のRG2-63-tは右腰のアンカーランチャーを発射した。狙いは後衛のG-20の左足。
アンカーがコンクリートの地面にヒビを入れたのを確認して、再びアフターバーナーを点火。同時にペイント弾が装填された内蔵機関砲を発砲。
ペイント弾によりG-20の右側の視界を潰し、アサルト・ライフルの狙いを逸らしながらアフターバーナーの推力とワイヤーを巻き取る勢いに乗って、G-20の右腕の後ろに飛び込む。
飛び込んだ勢いを接地した両脚で殺し、残った勢いを使ってダンスのステップのように旋回。
G-20の背後からコックピットブロックを狙って銃身下滑腔砲をぶっ放した。
放たれたHEAT弾が形成したメタルジェットがコックピットブロックを吹っ飛ばす。
残った身体を盾がわりにして、細身の敵機の射撃を防ぐ。
会敵からここまで、30秒足らずの出来事であった。
「運が良かった……」
《《裏技》》ですっ飛ばしたセルフチェックの中で不具合が見つかっていようものなら、この30秒で3回は葬式をやっている。
実際にスクランブルの時に《《裏技》》を使い、不具合に気づけず死んだ人を知っていたアオイにとっては、賭けに近い選択だったのだ。
大きく息を吸って酸素を脳みそに送り込み、上空の敵を見る。
不安は無い。
ここまで賭けに勝ってきて、今回だけ負けるという道理は無い。……無いはずだ。




