じゃがいも髪のワンマンアーミー
「一体何が……」
「関係ない!走って!」
トリエラ・リーリエは、訳も分からずにアオイにつられて走っていた。窓から一瞬見えた景色は、どこか見知らぬ赤に染まっていて、胸の奥がずきんと傷んだ。
「流石に、こんな状況になったんだから、説明してくれてもいいんじゃない……?」
アオイは、少し悩んでいるようだった。
「実はわたしも、完全に何が起きてるかつかめてない……」
「正直、ここまでしてくるのは予想外だった……。TDを持っていることは想定してたけど、こんなテロじみた方法……いや、相手は国じゃなくてテロリストなんだ。昔の常識は通用しないのか……」
今までの小動物じみたもじもじした声とはうって変わって、早くで何かを呟いている。トリエラは「むかし街で見かけたTDマニアがこんな感じだったなぁ」とか考えながら、アオイの引く手に合わせて走り、アオイの思考が収まるまで待った。
「……わたしは、サヤカを迎えに行く」
「迎えに行くって……どうやって⁉」
「……もちろん、TDで」
「はぁ⁉」
アオイの突拍子のない発言――いや、最早自殺行為としか言えないその提案にトリエラは驚愕した。
アステル市街だけでもどのくらい広いと思っているのだ。敵の数も、サヤカの具体的な位置もわからないのに。
たとえアオイ・モーントシャインという人間がTDの武器だけを狙って壊せるような超人的な技量があったとしても、遭遇戦を延々続けていたらすり潰されるのはこっちだ。
「どこにいるのかは分からないけど……教えてもらってる」
「大学に行けって、大佐殿が言ってた」
「大佐殿って、誰?」
「ハタエ・ウッズマン大佐殿。わたしの上官」
ハタエ・ウッズマン。その不思議な響きの名前に、トリエラは聞き覚えがあった。
サヤカの父親だ。軍の仕事が忙しいらしく、あったことはほとんどなかったが。
つまりトリエラの読みはほとんど正しかったということになる。
「つまりアオイさんの上官は、自分の娘を守ってくれって命令したわけ?」
「それは職権乱用というやつじゃない?」
「……そうなるね。大佐殿はなにか事情がありそうだったけど、聞いても『機密』だって言われた」
サヤカに『機密』?どういうことだろう。
もしかしたら、サヤカは自分にも、アオイにも手の届かない存在なのではないか――?
そんなトリエラの思考を、銃声が遮った。
扉に備え付けられた鍵をアオイが拳銃で吹っ飛ばしたのだ。
間髪入れず蹴りを入れ、扉をこじ開ける。そしてそのまま、扉の中に飛び込んだ。
「動かないでくださる⁉」
飛び込んだ二人に叫び声と、十数の銃口が向けられた。
向けられているのは、戦時中からずっと使われ続けているモリニア軍のロングセラー・ボルトアクション・ライフル《BaR18》だ。
他の国のライフルより大きい分、反動が控えめで扱いやすいことから、モリニア軍では女性兵士がほかの国より活躍しやすいという話すらある名銃である。
そんな「スコープを付けるだけで狙撃銃になる」という逸話すらあるそれの銃口を向けられたトリエラは石のように固まった。
しかしよく見ると、銃口を突き付けているのは、2人と同じを制服を身にまとった、人達だ。
「……って、リーリエさんとモーントシャインさんじゃありませんか、こじ開けられたら誰だって勘違いしますわ」
銃を構えていた一団の中心にいたアリシア・アーホルンが2人に気づき、銃口が二人から離される。
「で、何してましたの?」
「あっ、サヤカを探すために……TDを使おうかと」
「なるほど……都合がいいですわね」
――何させる気だコイツ!?
トリエラとアオイが同じ考えに辿り着き、顔を見合わせる。
「もしかして、『わたくしが逃げるための囮になっていただきますわー!』なんて言うんじゃないでしょうね……」
「似てるけど、少し違いますわね。あなた方には先鋒をお願いしたいのです」
彼女は作戦について話し始めた。
敵の数や正体はわからないが、どうやら軍と交戦を始めていること。
無線を聞く限りでは、まだ街中に取り残されている人がいるということ。
これから訓練用のTD、RG2-63-tを使って取り残された人をシェルターまで送り届けようとしていること。
周囲に敵のTDがいて、この場にいるのは補習で遅くまで残っていた下級生と、補習の手伝いをしていたアリシアしかいないこと。
そして、大学方面に行こうとしているトリエラとアオイの2人に先に出撃してもらい、アステル・アカデミー周辺の敵を引き離してもらうこと。
「人形使いシステム1機では大勢の人の避難誘導なんて出来ませんわ、早くあのおたんこなすを連れ戻してきて、手伝っていただかなくては」
おたんこなすの意味はよくわからなかったが、彼女なりにやれることをやろうとしているのは、アオイ達ふたりにもわかった。
「わかった、サヤカの方は任せて」
トリエラが答える。
「……サヤカとトリエラの安全は、わたしが保証する。信じて」
アオイも答え、2人は一番手頃な位置にあったRG2-63-tに向かった。
「貴方もですよ、アオイ・モーントシャイン。帰ってこなければ、許しませんわ」
そう呟いたアリシアの声は、2人には届かなかった。




