ハタエ・サヤカについて
教会軍の基地の端に、ひっそりと開かれたトラックの一台。
そこに、ハタエ・サヤカはいた。
トラックの荷台のなかに押し込められるようにして鎮座する、二つの卵。
ペパーティア・システムだ。
鳥の巣のように張り巡らされたコードの量が、2つの卵の価値の違いを証明していた。
荷台の手前に、捕食者に差し出すように置かれた1機は、アリシアに用意された普及型。
その奥側に、一際多いコードを隠すように配置された、サヤカ用の初期型。
サヤカはそれを、忌々しげに見つめていた。
それは隠すような機械の配置に対してであるし、相手の心を読むという機械の力に対してでもある。
しかし、何より、サヤカが許せなかったのは、今になってもアオイに甘えている自分だった。
「お久しぶりですわね、ハタエさん」
サヤカの背後から、声が聞こえた。
「……久しぶり、アリシアさん」
「ペパーティア・システム……2台用意してくれて、助かりましたわね。ようやく、決着をつけられますわ」
決着というのは、アステル・アカデミーの指揮官候補クラスの成績のことだ。
これまでの期末試験の勝敗は2勝2敗。
本来であれば年末の期末試験で決着をつける話であったのだが、そこをすっ飛ばして卒業が決まった今、アリシアはここで勝負をつけようというのだ。
「どうやって決着をつけるのさ、敵が来てくれるように祈ったりするの?」
サヤカは苦笑を浮かべながら返した。
本気で呆れていた。今浮かべている表情が、ここ半月の中で、一番素直な表情だと思えるほどに。
「む、確かに。それは不謹慎ですわね……では、どうやって決着をつけたらいいのでしょう……」
むむむと呻きながら思案するアリシアを、サヤカは微笑みながら見つめていた。
彼女にライバルとしての対抗心を向けられるのが、サヤカには心地良かった。
それはおそらく、アリシアが向けてから感情が、純度100パーセントの対抗心だからだ。
自分の過去を知らないアリシアからの感情は、安心できたし、無理に気を張る必要もないように感じた。
それがアオイに対する裏切りに近いものだと分かっていても、どうしてもそれが良かったのだ。
「しかし……結果はもう決まっていますわね」
しかし、アリシアは残念そうにそう言った。
「どういうこと?アリシアさん?」
「だって、あれは、ハタエさんのものでしょう?」
そう言って、アリシアは荷台の奥のペパーティア・システムを指差した。
「見るからに特別仕様ですわよね?」
「……」
「モーントシャイン中尉もそうですわね…。何か事情があるのでしょう?」
——そんな目で、私を見ないでよ。
そう思ったサヤカは、咄嗟にアリシアから目を逸らした。
わざわざアオイのことを中尉と呼ぶのは、自分への当てつけなのではないかと、そう思えてならなかった。
「……それは」
「その事情を背負ってる分、あなたの方が上ですわね」
アリシアはサヤカに背を向けて、シームーンの景色を眺めていた。
真っ青な空と、虚空に浮かぶように屹立する送電塔。
「そんなの、嫌だ。いやだよ……」
そんなことで、決着を付けたくはなかった。
心の奥底で、救われたいと考えていたサヤカは、アリシアに勝つことを目標にしていたのだ。
アオイから姉とそれにまつわる記憶を奪い、その贖罪として軍人を志したサヤカにとっては、実技、学科両方で一位を取ることなど、義務感でしかなかった。
その思いが周囲との軋轢を生むことになろうが、それは、些細なことだった。
そんな中で出会ったのが、アリシア・アーホルンという少女だったのだ。
『次は私が勝ちますわ!覚悟してくださいましー!』
最初に会った時、名前がすぐに思い浮かばなかった。
それはそれだけ当時の自分が他人に興味が無かったということであった。
当時はトリエラに誘われでもしない限り、勉強机に齧り付いていたのだ。
辛うじて周囲から浮かないレベルを維持し続けていたサヤカは、それに咄嗟に答えることができなかったのだが、当時はそこまで気にしてはいなかった。
「次も勝てばいい」と傲慢な考えでいたのだ。
そして、そのまま約半年。
年の瀬の試験で、サヤカはアリシアに負けた。




