シームーン その3
輸送トラックの荷台から降りたアオイ達に、心地よい湿気が流れ込んできた。
演習後のシャワーを感じさせる風が、少し伸びたじゃがいも色の毛先を揺らし、先程までの憂鬱や鬱憤を吹き飛ばしてくれた。
「疲れた……」
アオイは身体の中に溜め込んでいた熱い空気を吐き出し、手にしたボトルを一息に煽った。
貪るように流し込んだ水が、身体の中に溜まった熱を冷やしてくれる。
身体が冷えたことで、自己主張を始めた節々の痛みに顔をしかめつつ、体をほぐそうと肩や腕を動かしていると、不意に声をかけられた。
「あなたたちが、第69試験小隊?」
その声の主は、30代後半から、40代前半くらいの女性だった。
白髪が混ざって灰色に近い髪を、丁寧にセットした人だ。初めて会ったのが軍の基地で、軍の制服姿でなければ、軍人だとは思わなかっただろう。
「……はい。第69試験小隊隊長、アオイ・モーントシャインです。あなたは……?」
「私は、シームーンのの守備隊長、クワバラ・シノ少佐よ、よろしく」
アオイは、差し出された手を握った。
かさかさした右手が、彼女の長い軍歴を感じさせて、なんとなく、安心した。
「隊長、この子達、大丈夫なんですか?能力はあると言われても……やはり、まだ子供ではないですか」
シノ少佐の隣にいた若いパイロットの男が、そう呟いた。
それを聞いたエストの表情が、わずかに曇る。
それでも文句を言わないのは、多分、自信がなくなっていたからだ。
「でも、あなたより実戦は経験しているわ。それに……あくまで前衛は私達よ。ちゃんと仲間達を守ってやるのも、れっきとした軍人の勤めだと思わない?たとえそれが、他国の兵士だったとしてもね」
「まぁ……確かに」
若いパイロットは、少し訝しげな顔をしつつも、それを承諾した。
「それに、もう他の子達も着くでしょう?今更私たちが何か言ったところで、何も変わらないわよ?楽しむ……って言い方は変だけど、状況に流されてみるのも、いい経験なんじゃないかしら」
そんな宥めるような言い方を懐かしいと感じるのは、なぜだろうか。
記憶の深層に興味本位で手を伸ばそうとした時、背後から声が聞こえた。
「モリニア軍、西方第168支援小隊、到達しました!」
軍靴の音が聞こえそうなくらいの敬礼をシノ少佐に向けた少女の顔に、アオイは見覚えがあった。
綺麗に整えられた、流れるような金髪。全身から漂う、育ちの良さ。
「アリシア・アーホルン……さん?」
記憶の中から引っ張り出した名前をアオイが口にするとアリシアの表情にわずかな驚きが浮かんだ。
「お久しぶりですわね、モーントシャインさん……いや、モーントシャイン中尉」
「出来れば、アオイって……読んでくれると嬉しいな。モーントシャイン中尉って、呼ばれ慣れてなくて」
綺麗な敬礼を見せるアリシアの姿にアオイはそう返した。
かつての『サイレン』、今の第69試験小隊では、アオイはもっぱら名前で呼ばれていて、苗字で呼ばれることに慣れていなかったのだ。
「考えておきます、モーントシャイン中尉」
「ええっ……」
「私にだって、心地よい呼び方がありますわよ」
「一応、わたしの方が階級上なんだけど……?」
「出来れば、と言いましたわよね?命令では、ないのでしょう?」
「ううっ……」
喉からくぐもった音を漏らしたアオイを見て、アリシアはくすくすと笑った。
「では、西方第168支援小隊、アオイ・モーントシャイン中尉の指揮下に入りますわ!」
「えっ……アリシアさんが一緒にやってくれるんじゃないの?それに、そっちの隊長は……?」
アオイの疑問に、アリシアは、「何を馬鹿なことを」と言いたげに首を傾げた。
「隊長は、いませんでしたわよ?」
「えっ?」
アオイの喉から、素っ頓狂な声が漏れた。
「アステル・アカデミーから出向した人達は、全員少尉待遇で、|ペパーティア・システム役《指揮役》が隊長の代わりをしてたんですわよ。知らなかったんですの?」
初耳だった。
——もしかして、ここにいるモリニア軍の中で、わたしが一番階級上ってこと?
逃げ出してしまいたい。
アオイは、そう思った。
士官教育どころが入隊後の前期教育すらまともにこなしていないアオイには、完全にキャパオーバーな仕事である。
「……ぁ、ぉあ……」
アオイの喉からは、空気の漏れるような気の抜けた音が、ずっと、ずっと響いていた。




