シームーン その2
輸送トラックが街道に入り、嫌になるほどの揺れがおさまってすぐ、グノーシア正教会特別領シームーンに辿り着いた。
輸送トラックの運転手が検問の手続きを行なっている時、アオイは暑苦しい幌から頭を出し、周囲の景色を眺めていた。
真っ赤なレンガ屋根の向こうに、真っ青な海とひときわ大きな送電塔が見えるその町に、アオイは目を細めていた。
「文字ばっかり……」
ボヤいたアオイの視界のその向こうには、嫌になってしまうほどの文字があった。看板、店の旗、その他もろもろ。
わかりやすい記号や絵ではなく、文字が散りばめられているその光景に、最低限の読み書きしかできないアオイは、少し頭が痛くなった。
『知識あるものは救われる』。グノーシア正教会の教義として存在するそれを証明するような、情報の山。
それが嫌になって、アオイは幌の内側へと頭をひっこめた。
その一瞬でサヤカと目が合って、示し合わせるように目を逸らした。
一周回って仲良しな様子を見せる二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
――最近、考えることがふえてきたなぁ。
そんなことを考えていると、検問を終えたトラックがゆっくりと動き出した。
同時に、上空を高い音が通り過ぎていく。
幌から咄嗟に顔を出したアオイの視界の向こう、市街の上空に、灰色の人影があった。
「あれが……アルコーン……」
グノーシア正教国が独自開発した第一世代TD、《アルコーン》。
各国が第二世代機への機種転換を進める中で、第一世代機を使い続けているのは、教会が東西のどちらにもつかず、国内の防衛に専念しているからだ。
力強さと繊細さを併せ持ったシルエットが特徴的なその機体は、第一世代機の重々しいシルエットの中では異彩を放っていた。
それは第二世代機以降の技術を使って作られた第一世代機であるからであり、平均以上の耐久力と機動力、防衛戦のための継戦能力を9メートルほどの身体に押し込んだからでもあった。
一時的に共闘体制を組んでいるとはいえ、他国の軍隊であるアオイ達を監視しているのだろう。
いくつかの機体が、順々に上空を滑空し、基地の方向へと飛び去っていく。
「気分のいいものじゃないね」
エストが、そう言った。
確かに、聞き慣れたモリニア製のものではないジェットの音は、当たらないと分かっていても、戦争を思い出して、あまり気分のいいものではなかった。
「そうだね……」
アオイは幌に頭を引っ込めて、そばにあったバッグから封筒を引っ張り出した。
「教会領内での戦闘について、レンカ大尉からもらった書類があるんだけどさ。読む?」
「いりません……今読んだら、吐きそう……」
普段の飄々とした様子を崩してしまっているフーシャは、揺れる荷台にぐったりと項垂れながら答えた。
太陽はすでに、空の頂点まで登っている。
港町であるからか、湿度も他より高く、幌の中は一種の拷問道具のようになっていた。
「よう、嬢ちゃん。大丈夫か?」
トラックの運転手の男が、荷台の窓から顔を出して、そう尋ねた。
ぐったりと項垂れるアオイ達に目を見開いた男は、慌てて続ける。
「もうすぐ基地に着くけど、無理せず水を飲めよ。軍人なんて体が資本だ、死ぬ覚悟あるのと、体を大事にしないのは別だしな。それに、」
「それに?」
「今回の戦争はどうせあと2、3日もしないうちに終わるさ、そしたら残りの任期は休暇だ。羨ましいねぇ」
「あなたは……どうなの?」
ひひっと笑う運転手に、アオイは疑問を投げた。
「俺の仕事は輸送だからなぁ……全部終わってからが本番さ。怪我人のための薬や包帯も運ばなきゃいけねぇし、被害にあったやつらの飯や寝るとこも準備しなきゃなんねぇ。休む暇なんかねえな、しばらく」
「それは、大変だ」
「まぁ、そんな忙しい仕事のおかげで、戦後に食いっぱぐれなかったんだけどな。まぁ、今回も頑張ってくれや。俺の仕事のためにな」
「……頑張ります」
「はは、素直だなアンタ。そういうの、俺は好きだぜ」
自信なさげに頭を下げたアオイに、運転手はガハハと笑った。
「そろそろ見えてきたぞ、がんばれよ」
荷台の窓の向こうに、真っ青な海と、軍事的な色のあるフェンスが見えた。




