シームーン
ガタガタと揺れる輸送トラックの中で、ハタエ・サヤカは夢を見ていた。
《グラニ》の真っ暗なモニターに反射する、あどけない少女の表情が崩れていく光景だ。
それが自分であることは、すぐにわかった。
『アカネさん……待ってて、すぐに迎えにいくから……』
もはや人の形すら留めていない自分の声が反響し、サヤカに迫ってくる。
それが、どうにも恐ろしかった。
そしてそれ以上に、空虚で無責任な自分の言葉に、異様に腹が立った。
『何も……何もできなかったくせにッ!あなたはアカネさんの為に何をした?ただ待っていただけじゃないかッ!』
サヤカは怒りのままに、泥色の人形に迫る。
伸ばした手が、自分を模した人形の胸に触れた。
まるで魔法が解けたかのように指が触れた先から、人形が崩れた。
『消えろッ、消えろッ、消えろぉッ!』
サヤカはがむしゃらに腕を振り回し、泥人形の顔を、胸を、肩を崩していく。
飛び散った泥が、サヤカの全身を赤く染めていた。
そしていつしか、サヤカの眼前から泥人形は失せ、視界中に真黒な虚無だけが広がっていた。
『はぁ、はぁ……』
蒸し暑さを感じる虚無の中で、サヤカは自分の全身から溢れる汗が、暑さによるものなのか、恐怖によるものなのかも分からぬまま肩を振るわせた。
全身から、体温が消えていく。
自分から命が抜けていくような感覚を感じながら、サヤカは膝を抱えた。
バラバラになった泥人形によって真っ赤に染まった視界が、涙で歪んだ。
『私は……どうすればいいの……?』
サヤカの口から、ポロリと弱音が漏れた。
思い浮かぶのは、自分の過去。
機体の欠陥に気づけずにアカネ達を乗せてしまった過去。すべて手遅れになってからしか動くことのできなかった過去。
そして、その贖罪のためだけにがむしゃらに行動した過去。
それらの過去が、サヤカの脳裏にパチパチと瞬き、全身に石のような重さが積み重なっていく。
『もう……嫌だ……こんな……』
全身の重さに耐えかねたサヤカの喉から、ポロリと言葉が漏れた。
『こんな思いをするなら……最初から……何もしなければよかった……』
姉が死んだ時、その思いを継ごうなんて思わなければ。
あの時、アカネさんとコミュニケーションを取ろうとしなければ。
無理をして救出部隊に志願なんてしなければ。
軍人を志そうなんて思わなければ。
アオイを『サイレン』に勧誘なんてしなければ。
——ただの女の子でいられたのではないか。
そんな思いを抱えながら、サヤカは真黒な虚無に体を任せる。
『……サ、ヤカ……!』
誰かの声が聞こえた。
——もう嫌なの。放っておいてよ……。
その声を否定するサヤカに構わずに、声はサヤカの右腕に触れた。
ぐっと痛みを感じるほどに強く握られた右腕から、不快な暑さが消えていく。
『サ……し……!』
——いいって、言ってるでしょ……。
体の節々から、心地よい冷たさを感じたサヤカは、それを否定しようと体を捻った。
振り回された腕が声の主にぶつかるが、先ほどの泥人形とは違い、簡単に崩れてはくれなかった。
『こうなったら……』
意地でも手を離そうとしない声の主が、意を決したように、そう言った。
そして。
サヤカの額に、先ほどとは別種の冷たさを持った物体が押し付けられた。
『ひゃあっ!』
サヤカの喉から、可愛らしい声が漏れた。
崩れた声を皮切りにして、虚無の空間が引き裂かれる。
『あっ……うわァァァッ!』
引き裂かれた空間に空いた穴に引き摺り込まれた自分の叫び声に、サヤカの意識は叩き起こされた。
開いた視界の向こうは、毛羽立ったタオルで埋め尽くされていた。
「サヤカ……大丈夫?」
そのタオルの向こうには、幼さを強く残した少女の顔があった。
「アオイ……」
「うなされてて……汗が止まらなくて……心配したよ」
「そう……」
サヤカは、自分を見つめるアオイから、すぐに視線を背ける。
トラックの荷台に腰掛けているサヤカの身体中に、金属製の水ボトルが貼り付けてあった。
先日、ドア越しに彼女を遠さげてしまった時から、アオイはサヤカに過保護になっていた。
食事を持ってこようとしたり、演習後に飲み物を持ってこようとしたり、汗を拭こうとしたり。
それが自分のご機嫌取りであることがわかるから、目を合わせることができない。
3つも年下のアオイに気を使われていることに恥ずかしさと罪悪感を感じながらも、サヤカはそれに甘えていたのだ。
そして、そんな矛盾した考えが自己嫌悪を生み、悪夢を生み出している。
「そろそろ着くよ、飲み物飲んで。わたしのことは……気にしなくていいからさ」
お互いに逆の方向を向いたまま、水のボトルを受け渡す光景は、どこか滑稽だった。




