モリニア南部、海岸線にて
それは、海岸線に壁のようにそり立つ影の間に、ひっそりと佇んでいた。
コンクリート製の、高さ4〜5メートルくらいの建物だ。
防波堤と共に、海岸線から突き出るように建てられたそれは、本来漁師の避難所として用いられていたものであったが、戦争により近隣の村が壊滅して以来、漁に出るものすらいなくなり、荒れ放題の空き家と化していた。
そして、今。
地図からも忘れ去られてしまったその建物の窓から、微かに灯りが漏れていた。
今この建物は、『首無し旅団』のセーフハウスになっていたのだ。
「モリニア軍と教会軍の包囲は、少しずつ狭まっています。ここがバレるのも、時間の問題かと……」
気弱そうな男が、少し偉そうな男に伝えた。
「だからといって、俺たちに何ができるって言うんだよ!副団長は死んじまったしよぉ!」
男は、その場にいるメンバーの中では、1番組織内での立ち位置の高い人間ではあったが、戦略的、もしくは政治的な観点を持たない男であった。
「もしかしたら……団長も死んだんじゃ……」
気弱そうな男の情けない声が、セーフハウスの淀んだ空気を揺らした。
偉そうにしていた男も、カーテン越しに窓に手を当て、悔しそうな呻き声をあげていた。
その時、ビリビリと窓が震えた。
TDのジェットエンジンの振動であることに気づいた彼らは、敵の襲撃であると感じ、我先にと扉から飛び出した。
敵がこちらに気づいているかどうかはさておき、ここで戦闘をするのはまずかった。足の速い機体で追跡し、少しでもセーフハウスから離れた位置で始末しなければならない。
「いや……待て、あれは、団長だ!」
偉そうな男の声が、自分に機体に駆け寄ろうとしていたパイロット連中を諌めた。
月明かりが照らし出したシルエットは、モリニア軍のものでも、教会軍の主力機、アルコーンの物でもなかった。
識別のために白く塗られた、薄い剣を持った機体。
それは、『首無し旅団』団長、クルストの機体だった。
左腕を失った姿で降下したその機体に、真っ先に整備班が取りついた。
「団長、お疲れ様です!」
「ああ……ここには、何機残っている?」
手渡されたボトルを一息分煽ったクルストは、古臭い軍服の袖で汗を拭い、訪ねた。
「はい。団長の機体を含めて、21機です」
整備員の報告を聞いて、クルストは歯を噛んだ。
21機。その数は、先ほどまでモリニア、教会軍両方を相手に撤退戦をしてきたクルストから見て、十分な数とはいえなかった。
それに、奇数というのは扱いづらい数字でもある。一般的にTDは1小隊を4機で編成するからだ。
そのまま編成してしまうと、1機誰からも支援を受けられないあぶれ機体が出てきてしまうし、3機編隊で行動できるほどの練度があるメンバーはほとんど死んでしまった。
しかし、逃げ出すという選択肢は、クルストの脳内には無い。
それは彼の持つ『世界を変えなければならない』という矜持がそうさせる物であったし、それに殉ずる覚悟もあった。
約6,000の命を持って、見捨てられた物の苦しみをモリニアに教えてやろうというのだ。自分の命になど、どうして頓着できようか。
しかし、命を捨てる覚悟があるということと、無駄死にを是とすることはイコールではないということを、クルストはよく知っていた。
その為のクレートレッフだったのだ。
モリニア首都を直接攻撃できる立地、大隊規模の戦力を動かすことのできる規模、ダム運営の為の放送、通信設備。
首元に刃を突きつけながら、自分達の欲求を発信することのできるクレートレッフ。
それを奪う、守ることで死ぬのであればともかく、このような何も無い場所ですり潰されてしまうことはただの無駄死にであり、それはクルストの望む最後でも、同志達の死ぬべき場所でもなかった。
今クルストがするべき事は、この場を脱し、再起を図る事である。
「……よお、クルスト」
思案を繰り広げるクルストの背後から、軽薄そうな声が投げられた。
その声の主は、無精髭が目立つ、義手の男だった。
「……ギエレン」
クルストは、死んだはずの男の名前を呼んだ。
「どうやって、ここまで来た?」
「スポンサー様に助けてもらってな。場所は知っていたから、ボートを貸してもらった」
ギエレンはニヤリと笑って答える。
建物から少し離れた浜辺に、小さなモーターボートが置いてあった。
「本題に入ろう。スポンサーが電撃作戦の準備をしている。今モリニア軍と教会軍が拠点にしている場所を少数で攻撃する手筈だ。4名、それのメンバーが欲しい」
ギエレンのそんな言葉に、その場の全員からどよめきが漏れた。
「そして、もう1機。あぶれた馬がいるだろう?護衛代わりに、そいつも貸してもらうか」




