晒された欠点 その3
クレートレッフ基地のブリーフィング・ルームは、シャワーなど無駄に思えるほどの熱と湿気を纏っていた。
開きっぱなしになっている窓から入ってくるのは湿気ばかりで、吐き出す汗は止まりそうにない。
「……では、アオイ中尉。先ほどの演習の意図について、教えてもらいましょうか」
クレートレッフ基地防衛隊隊長のレンカ・ウィスタリア大尉が、タオルで汗を拭いながら問いかけた。
「エストの能力的に、前衛の方が良いんじゃないかって……思ったから」
シャワーで濡らしておいたぬるいタオルを首に巻いたアオイは、言い訳をする子供のように答えた。
「なるほど……まあ、確かにそう思う気持ちもわかります。事実、エストは最後まで残っていましたし」
TD戦における前衛機の使命とは、『生き残る』ことである。
その極めて高い運動性と引き換えに、面制圧能力を持たないTDにとって、数的有利とはパイロットの腕の差すら無視できるほどのアドバンテージを得ることができるのだ。
「しかしだ、勝手に装備とポジションを変えるのは、感心しないですね。今度からは……相談して。私以外だと怒られちゃうよ?」
「……?どういうこと、私以外って……」
アオイの投げた質問には、レンカ大尉が無言で手渡した資料が答えた。
「教会領の警備……?」
教会領……正式にはグノーシア正教会特別領と呼ばれるそれは、大陸中の全ての国に一つか二つ置かれている、治外法権区のことである。
書類上はグノーシア正教国の飛び地ということになっているそれには、グノーシア正教国の教会軍が配備されており、モリニア軍がそうほいほいと軍を派遣できるような場所ではなかった。
「詳しく説明します。現在、モリニア南部に『首無し旅団』の残存戦力の終結が確認されています。まだ本拠地は発見されていませんが……」
「それを、教会軍と叩くと?」
「そう、そしてその協力の条件として提示されたのが、出払った教会軍の代わりに教会領の警備をして欲しい……というものよ」
「それにあなた達第69試験小隊を始めとする、アステル・アカデミーの卒業生達が選ばれた……というわけです」
卒業生。その言葉に、トリエラ達の表情が険しくなった。
事実として、彼女達はまだ、アステル・アカデミーを卒業してはいない。
便宜的に少尉の階級を与えられ、使いっぱしりとして便利に使われているだけなのだ。
そんな彼女達を治外法権区の警護に出すというのは、それだけ能力を高く買っているということか、それをしなければならないほどの人手不足ということか。おそらくは、後者だ。
そうでなければ、国内のテロリストの掃討に他国の協力を仰ぐなんてことはしないだろう。
「まぁ、政府にも考えがあるんでしょうけどね……」
忌々しげな表情を浮かべながら、レンカ大尉はアオイに一枚の書類を差し出してきた。
それは、転属命令の承諾のための書類だった。アオイはそさくさと書類にサインを書き、レンカ大尉の元にそれを返す。
「本当に躊躇なくサインするね……。ちゃんと内容読んだ?」
「……読みました。自分で読める分は」
「なら、いいけど」
実際には、アオイは書類をほとんど読んでいなかった。それに気づいているのかいないのか、レンカ大尉は不思議な視線を向けながら、ブリーフィング・ルームの教卓に戻った。
「……そういや、サヤカは?」
アオイは、この場にいないもう一人の隊員について尋ねた。
「もちろん、一緒に行ってもらいます。ペパーティア・システムは、69試験小隊の本部が準備するそうです」
「本部……?」
聞き覚えのない単語に、69試験小隊の面々は首を傾げた。
「誰も知らなかったの……?69試験小隊の本部は、モリニア軍の兵器開発部『ハタエ機関』。責任者は……ハタエ・ウッズマン大佐となっているわ」
アオイの喉から、曇った音が漏れた。
ウッズマン大佐が廃軍令後のモリニア軍再建に多大なる貢献をしたこと、『サイレン』を始めとする対テロ特殊行動部隊の設立に関わっているということは軍関係の人間であれば誰しもが知っている常識である。
『グラニ』が自分に預けられているという状況から鑑みて、兵器開発にも一枚噛んでいるというのも、頷ける。
しかし、知識として理解できることと、それが納得いくかどうかは、まるで別の話であった。アオイのような学のない人間には、特に。




