晒された欠点 その2
「くそっ、くそっ!」
演習の敗北で重々しい空気の漂うシャワールームの中に、毒づくエストの声が響いた。
アオイはその様子から必死に目を逸らしている。
他の面々と比べて肉付きの良い肢体を持つエストと、自分の貧相な身体を比べたから……ではない。
先の演習での敗北。それによりもたらされた今の空気、そのきっかけとなってしまったという責任から逃げるようにアオイはシャワーのノブを捻った。
使い古されたタイルに温水が流れ、金属製の水道管に水滴が染み出す。
濡れて肌に張り付いたじゃがいも色の髪が、戦闘後の火照った思考を冷やしていく。
鏡の曇りを右手で拭い、自分の表情を確かめ、アオイはため息を吐いた。
微かにクマのある表情が、この数日間で、どれだけ自分を消耗させていたのかを物語っていた。
「あんなのに負けるはず、ないんだ。わたしは……」
呪詛のように漏れた言葉は、おそらく、アオイの無意識のうちに巣食うプライドの声だ。
アオイ本人も、それが自惚れであることは、理解しているつもりだった。
しかし、どこかで、『わたしはあの戦場を生き残って、突貫猟兵長の称号を得た人間であるぞ』というプライドが、兵から士官への変化を受容しないでいた。
『首無し旅団』の出現により、『騎士と魔法使い』になぞらえているTD戦の常識が、変わった。TDで火力点に追い込み、砲火力《魔法使い》が殲滅する、というセオリーが使えなくなったのである。
それは、ある種のルールや不文律が存在する国家同士の戦争から、敵が何をしてくるかわからない、新概念の戦いへの変化そのものであるといえた。
多数対多数の領土の奪い合いから、少数対少数の秩序の守護へと変化した戦争は、正規軍に対し、理不尽なまでの縛りを課した。
常に後手後手の対処を要求とされる新概念の戦いは、パイロットに対して要求する能力量を変化させていったのである。
そしてその中で、最早形だけの称号と化している突貫猟兵長を捨てきれない自分自身に、どこか客観的な、冷めた怒りがあった。
過去にとらわれて、前進できずにいる。目のクマが、その証人だ。
アオイは歯ぎしりをカモフラージュするためのシャワーを止め、タオルで体を拭きながら、女子更衣室へと向かった。
「エスト……?」
それは、アオイの警戒心のなさから生まれた、ある種のハプニングとでもいうべきものだったかもしれない。実際、「エストに合わせる顔が無い」とでも考えて、もう少しシャワールームで時間を潰していれば、こんなことにはならなかったのだ。
「アオイ……!フーシャが!」
エストと彼女の僚機であるフーシャは、どういうわけか裸で何かを言い合っていたのだ。
嫌というほどに女性を感じさせるその肢体に少しどきまぎとしながらも、アオイはどうにか隊長としての責務を果たそうと口を動かした。
「何が……あったの?」
喉から溢れた言葉に、エストの表情がぱあっと輝いた。
「フーシャが、酷いこと言うの!」
エストはそう言い、親を見つけた子供のような表情で、2つか3つ年下のアオイに飛びついてくる。
「フーシャが、前衛機なんて似合わないから機関砲手だけやってろって言うんだよ!」
TD戦における機関砲手とは、大口径速射砲を使う、狙撃手と並ぶ支援の要となる職種である。
1小隊に1機は欲しい機関銃手ではあるが、なぜそんな支援職をエストがやっているのかは、アオイがこの部隊に配属になってから続く一つの疑問でもあった。
アステル・アカデミーでの模擬戦で、彼女の高い近接戦闘能力を見ていたアオイは、その疑問を解決するため、エストに頼み、前衛装備で先ほどの模擬戦をやらせていたのだ。
「どうして、そう思うの?さっきの模擬戦だって、エストは最後の方まで残っていたでしょう?騎士の役割ならトリエラだけども……一対一のドッグファイトなら、正直、エストの方が上だと思う」
それを聞いてフーシャは自慢げな表情を浮かべる。
「まぁ」
フーシャは、思考を読みづらい返答を返した。
——こういうのは、苦手だ。
「隊長さん、どうかしましたか?」
少し遅れて放たれたフーシャの言葉に、アオイは息を呑んだ。
フーシャの煙に巻くような話術は、アオイの好むところではなかった。
それはどこか安心《《されられている》》ような気がするからだったが、今回はどういうわけか、その煙の中に鈍く輝く刃先が見えたような気がしたからだ。
その、どこか棘のある言動に触れた時、アオイの脳裏に何かピリつくものが走った。
その名前をアオイは知っている。本能か、経験かわからないが、ふとその名前が浮かんだ。
——これは、独占欲だ。
16.7の少女が友人に向けるには、いささか過激な感情、それが、フーシャ・マイグレッグヒェンという少女の正体だ。
それがわかったところで、自分の過去が振り切れるわけでも、彼女がエストの配置について躍起になっている理由がわかるわけでもないのだが。




