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「……ゆっくり話そうか。君のこと、もっと詳しく教えてほしい」


蓮の声は柔らかく、けれど真剣だった。

その瞳には、恐れも疑念もなかった。

ただ、私という存在をまるごと受け止めようとする、確かな決意があった。


「紅茶、淹れるね」


そう言って席を立った私の背に、蓮は何も言わずついてきて、静かに手伝ってくれた。

ふたり並んで、キッチンに立つ。

あまりに自然で、あたたかい時間。

それは、エレオノーラとしての人生では決して得られなかった光景だった。


やがて、テーブルに湯気を立てるカップがふたつ並ぶ。


窓の外には夜の静寂。

明かりを落とした部屋の中で、私たちは向かい合った。


「ねえ……エレオノーラは、どんな人生を生きてきたの?」


蓮がそう問いかけたとき、私は、ゆっくりと頷いた。


「私の人生は、自由とは無縁だったわ」


私は遠くを見るようにして、言葉を紡ぎ始める。


「幼い頃から、『王太子の婚約者』として育てられてきたの。

美しさも、立ち居振る舞いも、知識もそのすべては、“王妃”になるために求められたものだった。

感情を見せることは“恥”とされていたから……笑い方も、泣き方も、忘れてしまっていたわ」


「周囲にいたのは、私を“道具”として見る人ばかり。

誰一人として、本当の私を見てくれる人なんていなかった」


紅茶に映る灯りが、揺れる。

けれど私は、もう言葉を止めなかった。


「でも私は、それでも誰かに愛されたかった。

見つめてもらいたかったの。

それを、“弱さ”だとわかっていても……」


「王太子が優しく微笑んでくれたとき、私は……それだけで、救われた気がした。

けれど彼は、私を――切り捨てたの」


「ある日突然、私は“王太子暗殺未遂の首謀者”として告発されたの。

証拠もなく、ただ憎まれ、陥れられ、断罪された」


蓮は眉をひそめ、拳をぎゅっと握っていた。

でも、私はそれに気づかぬふりをして、続ける。


「私は、声を上げても、誰にも届かなかった。

貴族社会は、私を悪者にすることで、自分たちの立場を守ったの。

私は……冤罪のまま処刑されたわ。

名誉も、誇りも、命も――すべて失ったの」


静かな沈黙が、二人を包んだ。


「それが……私の最期だった」


気づけば、カップの紅茶は冷めていた。

けれど私の胸の奥は、熱を帯びていた。


私は、蓮の顔を見た。

その表情は、怒りと哀しみと、深い愛しさが交錯していて――


「……君はずっと、孤独の中で、ひとりきりで……強がって、生きてきたんだな」


そう言って、蓮は私の手を取った。

その大きな掌に、私の冷えた指が包まれる。


「もう一人じゃない。

誰に信じてもらえなくても、俺は信じる。

君の言葉も、涙も、全部……俺だけは、否定しないから」


そうして、彼は立ち上がる。

ゆっくりと歩み寄り、私をその腕に抱きしめた。


「蓮……?」


思わず名を呼ぶと、蓮は私の耳元で囁いた。


「ずっとこうしたかった。ずっと、君を抱きしめたかったんだ」


そして――


彼は、私の唇にそっと触れた。


優しくて、静かで、温かくて。

けれど、確かな想いがこもった口づけだった。


私は、そっと目を閉じた。

これは夢じゃない、確かにここにある温もり。


唇が離れたとき、彼は言った。


「……今日は、帰らないよ」


私は目を見開いた。

その意味を、理解しないほど無垢ではない。


けれど、それを拒む理由も、もうなかった。


「……うん」


小さく、けれど確かに頷いたそのとき、

私はようやく“誰かに愛される”ということを、ほんの少しだけ理解した気がした。


孤独だった魂に、初めて灯った光。

それは、ただ一人の青年がくれた、救済だった。


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