21
「……ゆっくり話そうか。君のこと、もっと詳しく教えてほしい」
蓮の声は柔らかく、けれど真剣だった。
その瞳には、恐れも疑念もなかった。
ただ、私という存在をまるごと受け止めようとする、確かな決意があった。
「紅茶、淹れるね」
そう言って席を立った私の背に、蓮は何も言わずついてきて、静かに手伝ってくれた。
ふたり並んで、キッチンに立つ。
あまりに自然で、あたたかい時間。
それは、エレオノーラとしての人生では決して得られなかった光景だった。
やがて、テーブルに湯気を立てるカップがふたつ並ぶ。
窓の外には夜の静寂。
明かりを落とした部屋の中で、私たちは向かい合った。
「ねえ……エレオノーラは、どんな人生を生きてきたの?」
蓮がそう問いかけたとき、私は、ゆっくりと頷いた。
「私の人生は、自由とは無縁だったわ」
私は遠くを見るようにして、言葉を紡ぎ始める。
「幼い頃から、『王太子の婚約者』として育てられてきたの。
美しさも、立ち居振る舞いも、知識もそのすべては、“王妃”になるために求められたものだった。
感情を見せることは“恥”とされていたから……笑い方も、泣き方も、忘れてしまっていたわ」
「周囲にいたのは、私を“道具”として見る人ばかり。
誰一人として、本当の私を見てくれる人なんていなかった」
紅茶に映る灯りが、揺れる。
けれど私は、もう言葉を止めなかった。
「でも私は、それでも誰かに愛されたかった。
見つめてもらいたかったの。
それを、“弱さ”だとわかっていても……」
「王太子が優しく微笑んでくれたとき、私は……それだけで、救われた気がした。
けれど彼は、私を――切り捨てたの」
「ある日突然、私は“王太子暗殺未遂の首謀者”として告発されたの。
証拠もなく、ただ憎まれ、陥れられ、断罪された」
蓮は眉をひそめ、拳をぎゅっと握っていた。
でも、私はそれに気づかぬふりをして、続ける。
「私は、声を上げても、誰にも届かなかった。
貴族社会は、私を悪者にすることで、自分たちの立場を守ったの。
私は……冤罪のまま処刑されたわ。
名誉も、誇りも、命も――すべて失ったの」
静かな沈黙が、二人を包んだ。
「それが……私の最期だった」
気づけば、カップの紅茶は冷めていた。
けれど私の胸の奥は、熱を帯びていた。
私は、蓮の顔を見た。
その表情は、怒りと哀しみと、深い愛しさが交錯していて――
「……君はずっと、孤独の中で、ひとりきりで……強がって、生きてきたんだな」
そう言って、蓮は私の手を取った。
その大きな掌に、私の冷えた指が包まれる。
「もう一人じゃない。
誰に信じてもらえなくても、俺は信じる。
君の言葉も、涙も、全部……俺だけは、否定しないから」
そうして、彼は立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄り、私をその腕に抱きしめた。
「蓮……?」
思わず名を呼ぶと、蓮は私の耳元で囁いた。
「ずっとこうしたかった。ずっと、君を抱きしめたかったんだ」
そして――
彼は、私の唇にそっと触れた。
優しくて、静かで、温かくて。
けれど、確かな想いがこもった口づけだった。
私は、そっと目を閉じた。
これは夢じゃない、確かにここにある温もり。
唇が離れたとき、彼は言った。
「……今日は、帰らないよ」
私は目を見開いた。
その意味を、理解しないほど無垢ではない。
けれど、それを拒む理由も、もうなかった。
「……うん」
小さく、けれど確かに頷いたそのとき、
私はようやく“誰かに愛される”ということを、ほんの少しだけ理解した気がした。
孤独だった魂に、初めて灯った光。
それは、ただ一人の青年がくれた、救済だった。




