表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第五章 ピストリ<銃>
47/63

正体

「もしかして、環さん……?」

 瞠目する彼は、夏生の弟、秋良あきらだった。


「え」


 環は口をおさえる。


「私が見えるの?あ、そうか、秋良くん、霊感あるのか。そうか、そうか!」


 声を聞いてもらえるだけで、こんなに嬉しいなんて。環の目に涙がにじんだ。


「はい!あなたが、本物の環さんですよね」


 秋良は夏生にはあまり似ていなかった。明るくハキハキとして、運動神経抜群だ。屈託のない性格をしており、それが表情にもよく出ている。三歳年下で、夏生の友人は秋良に会うと、もれなく可愛がりたくなるような弟タイプだった。


「もしかして、私の体が乗っ取られたことも知ってる……?」


「あれ、乗っ取られてたんですね。俺はただ、環さんの中に変なのが入ってるなって思ってて」


「そう!そうなの!私の体、月の魔物に追い出されて」

「ちょっと待ってください」


 秋良が歩道の端に寄り、スマホを耳に当てる。


「これで、ひとりごとを言いまくる不審者とは思われませんから」


 と人懐ひとなつっこい笑顔を浮かべる。


「環さんの体には、月の魔物がいるんですね。あと、もう一人は誰なんですか?」

「もう一人?」


「あれ、俺が見たところ二人いるんですけどね。それこそ、なんか人間じゃないやつと、幽霊が一体入ってるなって思ってたんですよ」


「……幽霊?」


――はるかが、また私たちのところに来てくれたみたいで


 母親の言葉を思い出す。

 これが、母親の勘違いではないとしたら。


 第四の町で聞いた、魔物のたちの会話が脳裏をよぎった。


――人間からものすごい剣幕で『あいつの体を奪ってくれ!』って頼まれたんですって


 遥が月の魔物に頼んで、環の体を奪い、好きなように暮らしている。


 全ての辻褄が合う。


「どうしたんすか?」


 硬直する環に、秋良が首をかしげる。


「分かったの。私の体に入ってる幽霊が」


「え、誰なんですか」


「私の、死んだお姉ちゃん。秋良くんも、知ってたよね」


「一瞬だけ環さんが子供に見えたことがあったんですけど、そういうことだったんですね……」


「あの、私ね、今、あの世で体を取り戻すために武器を集めてるんだ。月の魔物は、人間を食べるらしいの。早く追い出さないと、夏生も危ないし……」


「兄貴なんて、別に食われたらいいんじゃないですか?」


 珍しく、吐き捨てるように言った。


「浮気は最低でしょ」


「でも……」


「心を入れ替えたとか言って偽物の環さんにデレデレしてて。俺は偽物だって何回も言ってるのに、聞かないんすよ。二重に環さんのこと裏切ることになるのに。今、家に来てるんですよニセ環さんが。俺耐えられなくて出てきました」


「でも、食べられたらいいなんていったら、ダメだよ」


 環はキッパリと言った。


「秋良くんには、冗談みたいに聞こえてるかもしれない。でもね、私は魔物を実際に見てきたし、戦った。人間のことを騙そうとする怖い存在なんだよ。月の魔物はこのまま放っておいたら、本当に夏生を食べてしまう。夏生だけじゃなくて、きっと秋良くんも」


「……そうなんですか」

 とうなだれる。


「でもなんで、あんな兄貴のことかばうんですか。環さんにひどいことしたのに」


「……分からない。もう他人だと思っていいはずなのにね」


 環も一緒にうなだれた。

 そのときだった。


「秋良、ごめんな。家帰れ。寒いだろ」


 懐かしい声に、環は弾かれたように顔を上げる。

 夏生と自分の体が、並んで立っていた。


「どこ行くんだよ」


 秋良が険のある声で尋ねる。


「環を送ってくだけだよ」


 ニセ環……実質遥は、ニヤニヤと環の方を見ている。

 夏生は秋良と話をするのが気まずいのか、そそくさと歩き出す。


「おい待てよ!」


 秋良に呼び止められると、振り返った。


「ここに今、本物の環さんがいるんだ。そいつは偽物だよ。謝れ!」


「お前、まだそんなこと言ってるのか」


「そっちの偽物には、魔物と遥さんが入ってる。本物の環さんは追い出されたんだ。兄貴だって言ってたじゃねえか、環さんは変わったって。橋から落ちたからじゃなくて、乗っ取られたからなんだよ」


「いや、現実感なさすぎだろ」

 半笑いで言う。


「そうだよ。ありえなーい」

 遥がバカにするように笑った。


「あなたの勝手な妄想じゃないの?それに、私がたとえ偽物だとしても、何か問題が? 誰も悲しむ人なんていないし、夏生は浮気をやめられたし、お母さんもお父さんも前より楽しそうだし、良いことしかないじゃない」


「やめてよ!」


 悲痛な叫びに、秋良がハッと環を見る。


「もう嫌!」


 環は、逃げるように目を覚ました。


『みなさま、おはようございます。第五の町に到着しました』


 あの世の汽車で、アナウンスが流れる。

 乗客たちが伸びをする。ぞろぞろと降りていく死者たちから、環は取り残される。立つことができなかった。


「おや、どうしたんだい」


 通りがかった女性に声をかけられる。

 目の横に笑い皺がある。二十代に見えるのに、老人のような雰囲気をまとっていた。小顔に黒髪のベリーショートがよく似合っている。目元の涙ぼくろがチャーミングだった。


「さっきの町は辛かったよねえ。私も苦労したよ」


 環の浮かない表情を見てか、隣に座って背中をさすってくれる。

 その優しさに、環の目から涙があふれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ