見える人
夜も深く、住宅街はひっそりと静まり返っている。人も車もまばらだ。ひしめくように建った戸建ての住宅からは、ぽつぽつと灯が漏れていた。
聖夜に浮かれた町がまどろんでいるように見え、環の気持ちは沈む。自分だけが、正真正銘この世のものではない孤独。
あの日を振り返るように歩く。夏生の浮気のことを聞いて、急いで公園に向かった。幼いころから遊び慣れた公園だ。小学生のころまでは、コンクリートでできたタコの形の遊具があった。安全性の問題からか解体され、それを皮切りに遊具が一つずつなくなってしまった。いまやブランコと網に囲まれた砂場しか残っていない。
寂しくなった公園を見ながら、ベンチに座って夏生を待ったのだ。
環は公園の前で足を止める。
十分くらい待って、帰ってしまえばよかったのに。
あの時の自分には、夏生の浮気が信じられなかったのだ。嘘だと自分で確かめるまで、帰れないと思っていた。
「まだ、分からなかったから」
仕方ない、と自分に言い聞かせ、歩き出す。
あんなひどいことを言ったのは、夏生自身ではなかった。ヒネいわく、魔物には、人間自身が思ってもないことを言わせる力はないようだが。
――モデルになりたいなんて、本気で思ってないくせに。のうのうと生きてるだけのお前が、浮気されたぐらいでわめくな
夏生の本心なのかもしれない。
でも、もはやそれが本心かそうでないかなど、どうでも良かった。
ただ、橋から身を投げなければ良かった。
あの世へ行かなければ、こんなに身の回りの人間を辛く感じることもなかっただろうから。
身近にいないからこそ、あの世で出会った人たちに心の内を吐露してしまった。ゆえに、気づいてしまったのだ。夏生の身勝手さに。
そして、直面してしまった。親の視線は自分を通して過去に死んだ子供を見ているということ。環という名前さえ、遥が帰ってくるようにという願いを込められたものだった。
あの世に行かなければ、なんとなくの違和感で済んでいたのに。
住宅街が途切れ、道路の幅も狭くなる。人通りがさらに少なくなり、あの日飛び出した橋が見えてきた。
橋の先には、夏生の家がある。
今は、嘘の自分と楽しく過ごしているのだろうか。
ノロノロと歩み、橋の上に至る。向こうからやってくる人影が、街灯のあかりでぼんやり分かる。
もしかして。環は足を止める。
目を見開いて待っていると、相手も立ち止まる。鏡合わせになったように、目をまん丸に開いていた。
「もしかして、環さん……?」
瞠目する彼は、夏生の弟、秋良だった。




