ともだち
あの世にいる神や天使というのは、なぜこうも厄介なのだろう。遠ざかっていく天使を見送って、環はため息をついた。もはや追いすがる気にもならない。
「余計なこと言ったかな」
前にいた女が、ケニカのいたところに降りてくる。
「ううん。ありがとう。私じゃ言い返せなかったから」
環は女を見上げる。ゆるい巻き髪のツインテールが、小柄な体形もあいまってかわいらしい。フリルブラウスとミニスカートもよく似合っていた。一方で髪からブーツまで全て黒で統一されており、存在感がどことなく重たい。二重の目には光が差さず、漆黒をたたえていた。
「あなた名前は?私は浜本愛莉。愛莉って呼んで」
「私は夜見環」
「私十九なんだけど、同じくらいかな」
「一緒!十九」
「同い年に初めて会った」
愛莉が微笑む。
「死者の世界だから、老人が多いんだろうね」
「若くして死ぬ人なんて、色々と訳アリだよね」
愛莉が自嘲気味に目を伏せる。訪れた沈黙のあいだ、環の目は愛莉に吸い寄せられていた。
彼女には人を惹きつける何かがある。特別かわいいとか、表層の魅力とは違うものだった。
「聞いていいかな。さっきの話気になって。体を魔物にとられたとか、神様に武器を借りるとか……」
愛莉が顔を上げる。視線がぶつかり、環はなぜか目を逸らしてしまう。
「う、うん!実は、色々あってね……」
環のこれまでの話に、愛莉は細い眉をひそめたり、小さな口を開けたりしながら聞いていた。表情がコロコロ変わるわりには、リアクションが控えめだった。時折「晴山みたいな奴は生まれる前から死んでおいた方がいい」など毒舌を挟むのも面白い。そのギャップが彼女を惹きつけるのかもしれない。愛莉のことを、もっと知りたくなってしまう。
「で、あのケニカっていう天使がへそ曲げちゃっても、またか~って思っちゃったんだよね」
「すごいね。犯罪者に会ったり、神が生まれる現場を目撃したり」
「なんかね、なりゆきでね……」
エスカレーターの出口が見えてくる。降り口に天使が立っていた。
「今夜のホテルのカギです。夜見さんのはありませんから、誰かの部屋に入れてもらってくださいね~」
平たいひし形のキーホルダーがついた鍵を、愛莉が受け取る。
「やっぱないのか……」
環は肩を落とす。
「私の部屋に泊まっていいよ」
「いいの?」
「もちろん。それより見て、アメリカみたいだよ」
愛莉が第三の町を手で示す。西部劇風の建物が、真っ直ぐな道の両脇にズラリと並んでいる。緩やかな坂になったその道は、遠くに霞む神殿につながっていた。岩をくりぬいたような風貌の神殿は赤く、地層がハッキリ露出した奇岩の上に鎮座している。
「神様のとこ、行かないとなあ」
「せっかくなんだから、今日はこの町を楽しもうよ。カフェでも入ろう」
「そうだね」
「やった。ずっとぼっちだったから嬉しい」
愛莉が、環の顔をのぞきこんでニコッと笑う。その様子がかわいらしく、環は沼のような子だなと思う。
第三の町の天使たちは馬に乗っていた。カウボーイハットまでかぶっており、服装もガンマンそのものだ。
「帽子の上に天使の輪っか……変わってるなあ」
環が思わずつぶやく。
「あの世って、意外と面白いよね。生きてるあいだ海外旅行に憧れてたから、楽しい」
「第一の町はすごかったねえ」
「スマホがあったら写真撮りまくってたのに」
「わかる!私もスマホ探しちゃってさ」
「私もやった」
二人の笑い声が弾ける。
「環ちゃんは、海外いったことある?」
「ううん、ない」
「私も。一回くらい行きたかったよね」
「生まれてからずっと不景気だもんね」
「……でも、周りの子は何回も行ってて、私はお土産もらうばっかりで、うらやましかったな」
突然声の調子を落とす。愛莉の暗い瞳がさらにかげって、うつむいてしまった。
環にはかける言葉が見つからない。海外旅行をうらやましいとは思っていたが、正直テーマパークに行ければ十分だと思うタイプだった。
別の話題がないかと辺りを見回す。少し先に、服屋があった。
「あ、服屋行かない?」
わざとらしく話を振る。
「これ、第一の町で買った、ていうかもらったんだけど、なんかこの町に合わないし」
愛莉が環を見上げる。
「いいね、行こうか」
服屋には、ウエスタンスタイルの服がひしめいている。ハンガーにかけられた服が隙間なく敷き詰められたラックにも、なんとなくウエスタンなスタイルを感じる。
「どうしよっかな……」
環はラックに目を落とす。
「これとか似合いそうじゃない?」
愛莉がサンドベージュのショートパンツを環に合わせる。
「じゃあ、上はこれいいかも!」
環は、茶色い革でできたベストを出した。肩から胸の部分に赤い花の刺繍が施され、その下にフリンジがついている。
黒いキャミソールと合わせて、ハンガーのボタンを押す。着替えた環を見て、愛莉は小さく手を叩いた。
「すっごく似合う。環ちゃんってスタイルいいね。モデルさんみたい」
と、愛莉が真顔でつぶやく。
「モデルなんて、そんな」
環は照れてうつむく。
「立ち方もかっこいいし。モデルになればいいのに」
「……実は、ちょっとだけやってみたいとか、思ったことあったり」
「そうなの?絶対いいよ!まだ死んでないんだし、生き返ったらモデルになりなよ」
屈託のない表情で言う。
「そんな、簡単なことじゃないよ。安定がない仕事だし」
「でも、挑戦は、誰にでもできるよ」
環は顔を上げて、愛莉を見た。
「自分の持ってるもの生かしたいって思うのは、すごく自然なことだよ」
愛莉の目は、まっすぐだった。
環の目に、不意に涙がこみあげてくる。環は慌てて顔を背けた。どうして泣きたくなるんだろう。
ごまかしたくて、明るい声を出す。
「こ、小物選ぼう!このベルトかわいいね!」
「わあ、ベストの刺繍と合いそう」
「靴はやっぱりブーツだよね。スタンダードにこの茶色いのがいいかな」
「愛莉ちゃんはどうする?」
「私はいいよ。この服、ずっと着たかった服だから。それよりこっちのブーツもいいんじゃない?」
二人でわいわい服を選んでいるうちに、涙が引っ込む。それでも、環の脳裏には愛莉の言葉がこだましていた。
18時の投稿うっかり忘れていました!
いつもお読みくださっている皆さま、すみません。
ここから盛り上がっていきますので、どうぞお楽しみください!