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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第三章 タラリア<翼のブーツ>
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ともだち

 あの世にいる神や天使というのは、なぜこうも厄介なのだろう。遠ざかっていく天使を見送って、環はため息をついた。もはや追いすがる気にもならない。


「余計なこと言ったかな」


 前にいた女が、ケニカのいたところに降りてくる。


「ううん。ありがとう。私じゃ言い返せなかったから」


 環は女を見上げる。ゆるい巻き髪のツインテールが、小柄な体形もあいまってかわいらしい。フリルブラウスとミニスカートもよく似合っていた。一方で髪からブーツまで全て黒で統一されており、存在感がどことなく重たい。二重の目には光が差さず、漆黒をたたえていた。


「あなた名前は?私は浜本愛莉はまもとあいり。愛莉って呼んで」

「私は夜見環」

「私十九なんだけど、同じくらいかな」

「一緒!十九」

「同い年に初めて会った」

 愛莉が微笑む。


「死者の世界だから、老人が多いんだろうね」

「若くして死ぬ人なんて、色々と訳アリだよね」


 愛莉が自嘲気味に目を伏せる。訪れた沈黙のあいだ、環の目は愛莉に吸い寄せられていた。

 彼女には人を惹きつける何かがある。特別かわいいとか、表層の魅力とは違うものだった。


「聞いていいかな。さっきの話気になって。体を魔物にとられたとか、神様に武器を借りるとか……」


 愛莉が顔を上げる。視線がぶつかり、環はなぜか目を逸らしてしまう。


「う、うん!実は、色々あってね……」


 環のこれまでの話に、愛莉は細い眉をひそめたり、小さな口を開けたりしながら聞いていた。表情がコロコロ変わるわりには、リアクションが控えめだった。時折「晴山みたいな奴は生まれる前から死んでおいた方がいい」など毒舌を挟むのも面白い。そのギャップが彼女を惹きつけるのかもしれない。愛莉のことを、もっと知りたくなってしまう。


「で、あのケニカっていう天使がへそ曲げちゃっても、またか~って思っちゃったんだよね」

「すごいね。犯罪者に会ったり、神が生まれる現場を目撃したり」

「なんかね、なりゆきでね……」

 エスカレーターの出口が見えてくる。降り口に天使が立っていた。


「今夜のホテルのカギです。夜見さんのはありませんから、誰かの部屋に入れてもらってくださいね~」

 平たいひし形のキーホルダーがついた鍵を、愛莉が受け取る。


「やっぱないのか……」

 環は肩を落とす。

「私の部屋に泊まっていいよ」

「いいの?」

「もちろん。それより見て、アメリカみたいだよ」


 愛莉が第三の町を手で示す。西部劇風の建物が、真っ直ぐな道の両脇にズラリと並んでいる。緩やかな坂になったその道は、遠くに霞む神殿につながっていた。岩をくりぬいたような風貌の神殿は赤く、地層がハッキリ露出した奇岩の上に鎮座している。


「神様のとこ、行かないとなあ」

「せっかくなんだから、今日はこの町を楽しもうよ。カフェでも入ろう」

「そうだね」

「やった。ずっとぼっちだったから嬉しい」


 愛莉が、環の顔をのぞきこんでニコッと笑う。その様子がかわいらしく、環は沼のような子だなと思う。


 第三の町の天使たちは馬に乗っていた。カウボーイハットまでかぶっており、服装もガンマンそのものだ。


「帽子の上に天使の輪っか……変わってるなあ」

 環が思わずつぶやく。

「あの世って、意外と面白いよね。生きてるあいだ海外旅行に憧れてたから、楽しい」

「第一の町はすごかったねえ」

「スマホがあったら写真撮りまくってたのに」

「わかる!私もスマホ探しちゃってさ」

「私もやった」

 二人の笑い声が弾ける。

「環ちゃんは、海外いったことある?」

「ううん、ない」

「私も。一回くらい行きたかったよね」

「生まれてからずっと不景気だもんね」

「……でも、周りの子は何回も行ってて、私はお土産もらうばっかりで、うらやましかったな」


 突然声の調子を落とす。愛莉の暗い瞳がさらにかげって、うつむいてしまった。


 環にはかける言葉が見つからない。海外旅行をうらやましいとは思っていたが、正直テーマパークに行ければ十分だと思うタイプだった。

 別の話題がないかと辺りを見回す。少し先に、服屋があった。


「あ、服屋行かない?」

 わざとらしく話を振る。

「これ、第一の町で買った、ていうかもらったんだけど、なんかこの町に合わないし」

 愛莉が環を見上げる。

「いいね、行こうか」


 服屋には、ウエスタンスタイルの服がひしめいている。ハンガーにかけられた服が隙間なく敷き詰められたラックにも、なんとなくウエスタンなスタイルを感じる。


「どうしよっかな……」

 環はラックに目を落とす。

「これとか似合いそうじゃない?」

 愛莉がサンドベージュのショートパンツを環に合わせる。

「じゃあ、上はこれいいかも!」


 環は、茶色い革でできたベストを出した。肩から胸の部分に赤い花の刺繍が施され、その下にフリンジがついている。

 黒いキャミソールと合わせて、ハンガーのボタンを押す。着替えた環を見て、愛莉は小さく手を叩いた。


「すっごく似合う。環ちゃんってスタイルいいね。モデルさんみたい」

 と、愛莉が真顔でつぶやく。

「モデルなんて、そんな」

 環は照れてうつむく。


「立ち方もかっこいいし。モデルになればいいのに」

「……実は、ちょっとだけやってみたいとか、思ったことあったり」

「そうなの?絶対いいよ!まだ死んでないんだし、生き返ったらモデルになりなよ」

 屈託のない表情で言う。


「そんな、簡単なことじゃないよ。安定がない仕事だし」

「でも、挑戦は、誰にでもできるよ」

 環は顔を上げて、愛莉を見た。


「自分の持ってるもの生かしたいって思うのは、すごく自然なことだよ」


 愛莉の目は、まっすぐだった。

 環の目に、不意に涙がこみあげてくる。環は慌てて顔を背けた。どうして泣きたくなるんだろう。


 ごまかしたくて、明るい声を出す。

「こ、小物選ぼう!このベルトかわいいね!」

「わあ、ベストの刺繍と合いそう」

「靴はやっぱりブーツだよね。スタンダードにこの茶色いのがいいかな」

「愛莉ちゃんはどうする?」

「私はいいよ。この服、ずっと着たかった服だから。それよりこっちのブーツもいいんじゃない?」


 二人でわいわい服を選んでいるうちに、涙が引っ込む。それでも、環の脳裏には愛莉の言葉がこだましていた。

18時の投稿うっかり忘れていました!

いつもお読みくださっている皆さま、すみません。

ここから盛り上がっていきますので、どうぞお楽しみください!

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