心中
環が服を選んだ後、二人は ウエスタン・サルーンのようなカフェにいた。黒い服を着たままの愛莉が、突然告白する。
「私ね、心中したの」
「心中……」
心中は、第三の町で裁かれるかもしれない罪だった。
「この服、ずっと着たかったって言ったでしょ。お母さんに、あんたにはそんな服似合わないって言われて、着れなかった服なの。バイト代つぎ込んで買ったんだ。心中のために」
「そう……」
着たい服が着れなかった経験が、環にはない。ファッション好きな環に、親は気前よく服を買ってくれた。決して財布のひもが緩いわけではないのだが、洋服だけは「本当に好きなことだから」とお金を出してくれた。
ただ、だからこそ、着たい服が着れなかったら悔しいだろうなと同情が募る。
「すごく似合ってるよ。お世辞とかじゃなくて」
「ありがとう」
愛莉がはにかむ。
「心中、ってことは、彼氏と?」
「そう!あの世でずっと探してるんだけど、見つからなくて……」
と溜息をつく。
「第一の町とか、颯と……あ、彼氏颯っていうんだけど、颯と行けたら良かったのにって」
「絶対楽しいよねえ」
「環ちゃんも彼氏いるの?」
「いる。いるけど……浮気してたんだ」
「浮気ぃ?」
愛莉が今日イチ大きく顔を歪める。
「ありえない。私だったらそんな男殺す」
あまりにも自然に言うので、環は思わず吹き出す。
「殺すなんて、大袈裟だなあ」
「殺すでしょ」
愛莉の目は少しも笑っていない。
「浮気とか有り得ないじゃん。え、環ちゃんは頭きてないの?」
「そりゃ、腹は立つけど……」
言われてみれば、もっとストレートに怒っても良いはずだ。
現実がまだ飲み込めていないのだろうか。なんなら晴山に対しての方が怒りらしい怒りを感じている気さえする。
「浮気するくらいなら別れろって話よ。今ある場所を手放さずに別の愛もゲットしようとするところがコスい」
「君なかなか鋭いこと言うねえ。わかるわかる。浮気はありえない」
二人はギョッとして空いてる席を見る。いつのまにか子供が座っていた。紅の短い髪は燃えるようで、金色の瞳には気高さがあった。左目につけた眼帯が物々しい。民族衣装のような、フリンジのついた刺繡のジャケットを着ていた。
「はじめまして。僕はこの町の神、ソウラスの分身。ミニソウラスって呼んでね。親しみやすいでしょ?」
二人と順番に握手をした。
環はふと、騒がしくなったカフェを見回す。ミニソウラスが、他のテーブルにもついていた。全く同じ顔の人物がたくさんいると、不気味なものだった。
「あ、今はこのカフェでお話を聞いているんだ。それぞれ、大変なことがあって死んだ人たちだから、心のケアのためにね。分身すると、一度にたくさんの人と話せるから便利なの。僕ってアイデアマンでしょう」
環は内心、話を聞き出して罪にあたる心中かどうかをジャッジしているんだと覚る。
「君、浜本愛莉さんね。篠崎颯さんと心中したってことで間違いない?」
「そうです」
神と聞いてか、愛莉が緊張して答える。
「心中するほど、追い詰められてたんだねえ。かわいそうに」
「はい……」
ソウラスの優し気な声に、愛莉がうつむく。
「彼のこと、愛してたんだね」
「もちろん。颯は私に優しくしてくれるたった一人の人なんです」
愛莉が足の上で手をギュッと握る。
「私は、ずっとお母さんにも嫌われていて。お兄ちゃんは優秀だけど、私はそうじゃないから……。お父さんは離婚してから疎遠だし。学校ではずっといじめられるか不登校かで、友達もいないんです。でも、颯は、颯だけは……」
愛莉の声が涙でくもる。そばで聞いている環の目にも涙がにじんだ。
「結婚したかったんです。だけど、私は勉強できないから国公立大に行けなくて。私大に行かせてくれる代わりに、社会人になったらお金返せって言われてて。家事と介護も一生やり続けろって毎日言われて……。結婚して出ていくことは許さないって圧があったんです」
「ひどいねえ」
ミニソウラスが腕を組む。
「結婚して、家で暮らすこともできました。でも、嫌じゃないですか。私ずっと親から逃げたくて。あるとき爆発して大喧嘩になって、そっから家に帰れなくなって……。自殺しようと、思ったんです」
「逃げ場がなくなっちゃったんだ」
「大学もいけなくなって、ずっと颯の家にいたんですけど。心がもう耐えきれなかったんです。でも死んだら颯とも離れ離れになっちゃうし……。それで……」
「心中を持ちかけた、と」
愛莉が詰まらせた言葉を、ミニソウラスが引き取る。
「大変だったね。でもさ、この町にはもう、君を嫌う人なんて一人もいないんだ。七日の間だけど、自由に羽を伸ばしてね。また気持ちが辛くなっちゃったら、天使に言って。僕が話を聞きにくるから」
片方だけの目で、ソウラスが微笑む。子供の顔には似合わない、慈愛にあふれた笑顔だった。
「はい。ありがとうございます」
愛莉が涙をぬぐった。




