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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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3 こんなところで、なんで?

「シャル……シャル?」


 何度も呼ぶ声にしぶしぶ目をあける。椅子に横になって考えごとをするうちに、うとうとしてしまったらしい。


「……ん?」


 大きく開かれた天窓から勢いよく流れる雲が見える。昨日のどしゃ降りとは打って変わり、この上なくいい天気。爽やかな風が頬を心地よく撫で、晩秋のちょっぴり甘い香りが鼻の奥をくすぐる。下でチャッチャッと奏でるリズミカルでやさしい水音に包まれ、また眠りに引き込まれそう。


「ねえ、シャル、起きている?」


 ペトラと会ったら何をしようか。あの森を訪ねるのは日の高いときがいいとカレンに言われた。なら今日はさっさと仕事を片づけて、それから食事処。どこに行こうか……おなかがすいてきた。


「シャル、何かおかしい……」


 国都に着いてからの計画に思いを馳せていたシャーリンは、首を捻り後ろが見えるまで体をずりっと動かした。椅子の背のすき間からカレンに目をやる。


「レセシグが使われているの」


 その言葉が頭の奥までしみ渡るのに間があった。体を戻し抜けるような青空に焦点を合わせようとする。白い雲に奥行きが加わるほどに、意識もはっきりしてきた。




 あらためて見れば、目を閉じ背筋を伸ばしたカレンの両手は、そろえた膝の上でしっかりと組まれている。難しい顔つきだし緊張が伝わってきた。

 作用力の考査を受けたときとまるで同じだと気づいた瞬間、頭の中でカチッと音がしたように思う。


 さっと起き上がり椅子を飛び越えると、カレンの隣にすとんと座った。一瞬くらっとする。

 あたりの景色に変わったところや動くものがないかを確認しながら、小声で話しかける。


「こんなとこに、遮へいを張ったやつがいるってこと? どこ?」


 実際は感知に耳を使うわけではないから、声を落とす必要はないのだけれど。


「うーん、それがはっきりしないの。この先の左のほうかしら。そんなに遠くないわ」


 船か……そういえば、人員の輸送があってクリスが忙しい、とペトラが言っていた。それって今日だっけ?


「ほかのシグは感じないけれど、何か嫌な予感がする」


 ぱっと横を向くと、カレンの目とまともに向き合ってしまった。

 ちょっと顔をしかめたカレンは両手で髪をかき上げた。両方の中指にはめられた銀色の指輪が、日の光を反射して一瞬輝く。




 なるほどね。シャーリンの知る限り、カレンの感知力はずば抜けている。ひとつもちにはありえないほど。普通の遮へいなど問題にならない。ならば相手はできるやつで用心深い。それにレセシグを使うのは、そばにいる作用者を隠すため。


 そういえば、カレンはどこで習練を積んだのだろう?

 立ち会いの感知者も彼女の力には驚いていた。ふたつもちではないかと勘繰られたのは記憶に新しい。


 一緒に暮らすうちに、カレンの力は持って生まれたものというより、鍛錬の結果だと思うようになった。習練所には通ったが、我流で習得したところもある自分とは何となく違う。

 医術者によれば、彼女のほうがほんの少し若いらしい。一年前に突然できた妹のような存在。


 彼女はロイスに来る前の記憶がまったくない。初めて会った時は会話すらまともにできなかったのに、今では、ものの扱いも話し方もさほど違和感がない。

 不可解な言動は多々あったけれど、今では不思議とそれが自然に思える。すっかり慣らされてしまった。


 結局、家族を捜し出すことはできなかった。自分のことが何もわからないのをずっと気に病んでいた。そのせいか何でもやたら慎重だ。事情を把握している人が現れれば、悩みと愁いから解放されるのに。

 権威ある者に直接()てもらえば、彼女の素姓が判明するのではないかと思う。一番大事な目的。明日になればすべてわかる。




 立ち上がったシャーリンは椅子をよいしょとまたいだ。まっすぐ歩き窓に顔を押し当てる。いったいここはどこ?


 船はまだ低い太陽に向かって進んでいるため、遠くは霞がかったようにぼやけてはっきりしない。両手を目の上にかざす。


 川の右側は前方に向かって緩やかな丘に(つな)がる。植物はほとんどなく上までよく見えた。気になるものはない。左に目をやると、まばらな木の向こうに濃い褐色の斜面が現れた。


 ここはもうリセンの近くだ。かなり寝ていたってことか。確か村の手前で川は左に大きく曲がるはず。

 身を乗り出し操舵室との間の仕切り窓を開いた。


「ダン、この先に作用者がいる。遮へいを張ってるらしい」


 何やら熱心に話し込んでいたダンとウィルが同時に振り向いた。しばらく見つめ合う。




「軍の川艇、力軍(りきぐん)の方たちでしょうか?」

「まだわからないみたい」

「移動中に何をしているのでしょうか。ウィル、もう少し左に寄せたほうがいい。正軍(せいぐん)の輸送艇は大きいから揺れる」


 眉間に深いしわが刻まれたダンの顔を見ながら考える。

 前線に向かう人たちだろうか。北から押し寄せる大群が出現して以来、戦争はおろか小競り合いすらなくなった。どの国もそれどころではない。力軍と正軍の力を合わせ展開した壁を守る。それだけで手一杯。


 防御フィールドに殺到してあたり一帯が爆発的に燃え上がる。動映で見た光景が目に浮かび、少し体が震えた。しかし、それは遥か北方、前線の話……。


 考えてみれば移動中に訓練はないか。だとしたら軍ではない? そもそも船ではないかも。

 川の湾曲部が近づく。左側なら丘の上が怪しいが、木でよく見えない。あの向こう側は崖に岩場が多い。待ち伏せにはもってこいよね。


 いやいや、こんな田舎で事件など起こるわけがない。

 それでもカレンの考えが、これまでもたいてい、わたしより正しかったのを思い出したとたん、背筋がゾクッとした。頭を振ってその感触を追い出す。




 川が崖に突き当たるところを指差した。


「船でないとしたら、あの曲がった先で待ち構えているのかも」

「どうしてそんなことを?」


 ウィルはシャーリンとダンを交互に見た。


「その作用者だけど、ただ訓練をしてるだけじゃないんですか?」

「こんな場所でか?」


 ダンは肩をすくめると、背伸びをしながら手を額にかざした。


「どうしますか?」


 ウィルは操舵かんに手をかけ、前を向いたまま問いかけた。

 崖がどんどん近づいてくる。

 減速しつつ相手の位置を把握して対処……いや、状況がわからない以上、手前の村まで戻って様子を見るべきか。


「ここで回れる?」

「もちろんできます、シャーリンさま」


 ウィルは手を前に振った。


「ほら、このあたりの川幅は広いし、かなり深いんです」


 正面に、岩場の一つひとつがはっきりと見えてきた。


「それじゃあ……」




「アシグ! 右の丘の上!」


 カレンの大きな声に、三人とも体をビクッと震わせた。反射的に皆が言われたほうを見上げたが、人影はまったく見えない。


 アシグ……攻撃者……えっ? 曲がった先じゃないの?


「活動レベルが上がった」

「それって、攻撃してくるってこと?」


 何が起ころうとしているのか、まったく把握できない。

 すぐにカレンのあえぎが聞こえた。


「しまった。向こうにもいる。感知がばれた」


 こんなところで、なんで?

 胸の奥から熱い流れが沸き上がり、手足まで一気に広がる。左右の川岸をあてもなく探した。なぜか体がふわっとする。

 ダンの怒鳴り声がやけに遠く聞こえる。


「ウィル、全速だ!」

「シャル、防御して! 攻撃される!」


 上ずった声が頭に響いて我に返った。


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この度はフォローいただきまして本当にありがとうございます。 拝読に参りました~! 宜しくお願い致します♪ レシングが使われているなど、独特のワードが使われていて興味を引きます。 感知は機器ではなく感…
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