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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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4 何が何だかわからない

 いきなりなの? シャーリンは、人影の見当たらない丘に目をやった。左手首の鈍い銀色のリングを右手で包み込むと、そのまま左の手のひらを中腹に向けて突き出す。

 耳では、静かだった川艇の推進音が甲高くなったのを捉えていた。


 突然、空気の揺らぎが発生し、まぶしい光の洪水が襲いかかった。外気が青白く燃え上がり船体が左に傾く。ずりっと後ろに滑って背中が壁に叩きつけられると、うめき声が漏れてしまう。

 強い。こりゃ、だめだ。訓練が全然役に立たないかも。


 衝撃でかえって意識がしゃきっとした。そういえばこれまで一度も、動く足場で訓練したことがなかった。そのまま背中を壁に預けて、フィールドを安定させることに専念する。

 横目でちらっと見ると、ダンはかがみ込んで何かを操作していた。


 今度は丘の上から伸びる力がはっきり見え、近くで輝く光の束に変化した。へさきから真っ白い水蒸気がどっと吹き上がり、視界が遮られる。

 次の瞬間、床がぐぐっと持ち上がり、船は狂ったように傾いた。カレンが椅子から投げ出されるのを目にする。


 背中をつけていた壁が今や床となり、慌てて腕を下げる。手の先には船室の床があるだけで、もはや攻撃元とおぼしき丘は見えず、反射的に防御フィールドを下ろしてしまった。

 その直後に三回目の攻撃が船を襲うと、あたりが光に包まれるのを茫然と見つめるしかなかった。




 我に返ったとたん、何かがはじける音に続き、水がどっと流れ込み足をすくわれた。天地がひっくり返ったように感じ、必死に椅子の背に手を伸ばしたが(つか)み損ねる。体がくるっと回転して、別の椅子の角に腰をしたたかぶつけ、何でもいいから掴もうと振り回した手はむなしく空を切った。


 カレンが後ろに飛んでいって、天窓から川に押し流されるのがちらっと見えた。次の瞬間にはシャーリンも同じように投げ出される。水中に引きずり込まれ、生ぬるい川の水をしこたま飲んでしまう。

 手足を懸命に動かして何とか水面に顔を出すと、口を大きくあけてぜいぜい息をした。幸い転覆した船のかげに出た。鼻の奥に激痛が走る。


 カレンはどこ? あたりを見回したが誰もいない。濁った水に頭を突っ込んで探すと、影のようなものがおぼろに見えた。

 体を倒し息を吐き出すと体が一気に沈んでいく。遠ざかる人影に何とか近づき、ゆらゆら動く手をかろうじてつかむ。くるっと向きを変え川底を強く蹴った。


 片手で必死にもがいて水面に顔を出すと、自分の居場所を見定める。

 また青臭い水を飲み込んでしまった。激しく咳き込んだあと、先ほどの丘を探して防御作用を発動させる。カレンに腕を回しているため、きちんとは張れない。でも、もう攻撃はしてこないようだ。




 足だけを使ってゆっくりと泳ぎながら、ひっくり返って無残な状態で流されていく船のかげに回り込む。

 後ろに突然ウィルとダンが現れ、カレンを支えてくれた。カレンの背中に回していた手を放すと大きくあえいだ。


「ああ、カル、しっかりして!」


 カレンの顔に張りついた髪をかき分け、頬を両手で挟んで話しかけた。しかし、体はぐんにゃりとしたままで返事がない。

 ダンがシャーリンをやさしく押しのけた。カレンの頭を横向きにして首に手を回していたが、こちらを向き(うなず)いた。


「意識を失われていますが、大丈夫です」


 無意識に止めていた息を大きく吐き出した。また失神しただけか。よかった。


「ということは、カルは感知されない……」


 そう(つぶや)いたあと、ダンのほうを向いた。


「連絡は取れた?」

「救援要請に対する確認には至りませんでした、姫さま」

「それはおかしい……」


 応答は自動で返ってくるはず。しばらくダンの顔を見つめる。




 どうすべきだろう? 少し下流に村がある。通信機はもうだめだから、連絡を取るにはそこまで行かないと。それにしても、やつらはこの後どうするつもり? そもそも、なんでわたしたちを襲ったの?


 頭を突き出して向こう岸に目を向ければ、丘の上から斜面を下ってくる人影がちらりと見えた。殺すつもりがないってことは誘拐? でも、最初の攻撃に気づかなかったら終わりだったかも。やっぱり排除しようとしたの? それになんで攻撃をやめたの?


 無意識のうちに手の甲を口に押し当てていた。確かに直撃は受けなかった。うーん、やつらはたぶん大勢。作用者も確実に複数いる。ああ、もう何もわからなくて、いらいらしてくる。


 シャーリンは自分の口が勝手に開くのを感じた。


「それじゃ、二手に分かれましょう。ダンとウィルは、カレンを連れてリセンまで行き、連絡を取って状況を報告してちょうだい。替わりの船もお願いしてね。明日の昼にはミンに着かないと。わたしはあっちの丘の様子を見てくる」


 自信たっぷりに話したつもりだが、まったく説得力のない言い草なのは明らか。案の定、すぐにダンは首を勢いよく横に振った。


「サンチャスが攻撃されたのですよ。一緒に行動したほうがよいと考えます。全員でリセンに向かうべきです」

「誰が何のために攻撃してきたのか知らないと」

「向こうには武装兵がいるだろうし、さっきの攻撃からすると作用者だって何人もいるのですよね?」


 ダンは振り返って丘のほうを見た。


「カレンさまが眠っている今、感知されたら先手を取られ、姫さまがいくら頑張っても勝ち目はないです」

「そうね。意識のないカルは感知されないから、別々に行動したほうがいい。ウィル、カルの世話をしっかりお願いね」


 ウィルは、ダンとシャーリンに挟まれて、川の流れに身をまかせていた。ダンを見て、何か言われるのを待っていたが、こちらを向くと黙って頷いた。


「相手は何人だかわかりませんし、あの人たちのしたことを見たでしょう。とても危険です」


 ダンは丘の下を指差した。岸にボートらしきものが見える。なるほど。なら、なおさら急がないと。


「姫さまをおひとりで行かせたと知れたら、ご当主に言い訳できません」

「今はわたしがその当主よ。まあ、少なくとも今夜にはそうなるはずだった……」


 声が尻すぼみになった。それでも、権威ある者にカレンを視てもらうのは明日だからまだ間に合う。




 気を取り直すと、すばやく反対側の岸辺を確認する。


「攻撃者、感知者、それに遮へい者の三人。ふたつもちなら二人。何とかなるわ。こっちに向かってくる前に食い止めなきゃ」


 カレンを見ながら早口でまくし立てる。


「さあ早く行って! やつらが来る前に」


 ダンは何か言いたそうに口を開きかけたが、そのままため息をついた。少し間があったが、顔を上げると肩をすっと下げた。


「わかりました、姫さま。でも気をつけてください。武器を持った者が何人いるかわかりません。決して無理しないように」


 またもや深いため息が聞こえた。ふたりを()き立てる。


「わかったわ、ダン。十分に気をつける。さあ、さあ、急いで、ほら」


 ダンとウィルがカレンを抱きかかえて岸へ向かった。

 ほとんど水面下に入ってしまった船のかげから反対の岸を(のぞ)き見る。もうすぐボートにたどり着きそう。崖の上を見たが、そちらには誰も見えない。

 下流に向かって泳ぎ出す。


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― 新着の感想 ―
川艇が転覆してしまい相手の人数もわからない……。これはマズイ状況ですね……(心配 緻密な作戦行動の軍事ミッション風で面白いです。手に汗握ります。
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