25 潜入してみれば
カレンは、船着き場が見渡せる建物のかげにうずくまっていた。問題の船はもっとも下流寄りの桟橋、ここからは一番遠い位置に停泊している。
「何かわかりました?」
ウィルの声に、カレンはささやき声で答える。
「あのふたりは離れた場所よ。今は遮へいしている。船には誰もいないと思うけど、そばまで行って確かめなければ」
「真っ暗で何も見えないですね。船灯りもつけてないのかな?」
「そうみたいね」
「そういえば、彼らはどうして遮へいしてなかったんですか?」
「自分の船で移動中は必要ないと考えていたんだと思う。四六時中、作用を使っていたら疲れてしまうのよ」
「そうなんですか」
「うん。さあ、行きましょ。急いだほうがいいわ。彼らが戻ってくる前に調べないと」
ふたりは、小走りで船着き場の端っこに向かった。突き出た桟橋に走りこむと、立ち止まってうずくまり、船の中の気配を窺う。
カレンはすぐに立ち上がった。
「誰もいないわ。中に入りましょ」
この船は川艇だから、ムリンガと違って船の高さは低い。すんなり船べりをまたぐと甲板にとんと降り立った。さて、どこから調べるべきかしら?
「まずは、操舵室ですよね」
ウィルは右を向くと船首に向かった。
「それじゃ、わたしは後ろを見てくる」
ランタンを最小の明るさに絞って途中の窓から中を覗くと、暗くてよくは見えないものの、普通の座席がたくさん並んでいた。かなりの人が乗れる客船のようだ。
さらに後ろに向かうともう一つ部屋があった。扉をあけると小さな船室で、中はがらんとしている。扉をそっと閉めると、ともを回って反対側に進み船首に向かった。
やはり何か手がかりがあるとしたら操舵室しかないわね。
ランタンの灯りに照らされたウィルの顔を見る。
「何かあった?」
「いいえ。地図はたくさんありました。ミンの案内図と執政館の見取り図も。でも父さんの手がかりはないです。ここ、鍵もかかってなかったですよ」
「後ろの船室は見た?」
「まだです」
「じゃ、調べてくるわね」
操舵室を通って後ろの扉を開く。座席が八列ほどと作り付けの戸棚があった。先には調理器具が備わった厨房がある。
戸棚をいくつか開け閉めしたあと、カレンはため息をついた。何も収穫がない。忍び込んでもむだだった。
その時、背後にウィルのささやき声を聞き、飛び上がった。
「カレンさん、灯りを消して。誰か来ます」
カレンは慌ててランタンを消すと、顔を上げて感知力を解放した。
作用者ではなかった。ああ、油断していた。この船の乗員が戻ってきたに違いない。当然よね。あのふたりはこの船を動かしてはいなかった。ほかに船員がいるのはあたりまえなのに。
必死に出口を探すと、厨房の向こう側にも扉があるのに気づいた。カレンはその扉を指差す。ウィルは頷くと、かがんだまま出口に向かって移動した。カレンもあとに続く。
ランタンを下に置いたウィルは、扉をちょっとだけ開いてすき間から外を窺った。すぐに通れるほどに扉をあけて外に滑り出る。
カレンも続こうとした時、男の声がした。
「おい! そこで何してる!」
慌てて扉からするりと体を出して立ち上がると、ウィルの向こう側に男がひとり立っているのが見えた。
ウィルがその男に向かって飛びかかるのと、男が左手に持っていた何かを持ち上げてウィルに向けるのが、ほとんど同時だった。
バンという大きな音がしたあと、男が足をさっと出して右手をひと振りするのが見えた。その腕がウィルの背中を抱えて後ろに投げつける。ウィルは手を肩に当てたまま声もなく、手すりを越えて川に落ちていった。
水しぶきが上がるのを見て、カレンは船べりに向かって走った。
しかし、すぐに後ろから誰かに腕を掴まれてぐいっと引き戻された。その勢いで体がくるっと回り、船室の壁に叩きつけられ息が詰まった。咳き込みながら壁に両手を押し当てる。
横から別の男の怒鳴り声が聞こえる。
「マット、なんでやつを撃ったんだ。機械式銃は作用者以外には使うなと言われてただろ?」
「てっきり、あいつが作用者だと思ったんで」
「作用者が人に飛びかかったりするもんか。こっちはあそこで見たやつだな」
その男はカレンを壁に押さえつけていた手を離すと、彼女の両手首をつかんで持ち上げた。袖を引き下げて相棒に見せる。
「こいつは何もつけてねえよ。作用者じゃない。おまえが川にたたき込んだもう一人も同じだ」
「で、どうします? やつは川に落ちたっきり浮いてこないですぜ。胸のど真ん中には命中しなかったんだがな。こいつは反動がきつくてうまく狙えねえ」
息ができなかった。ウィルが撃たれた。でも、当たったのは胸ではなかったように見えた。
「たぶん、沈んだんだろうよ。浮いてくるかもしれねえから、もう少しそこで見張ってろ」
男は腰から長いナイフをするりと取り出してカレンに振った。
「そこから中に入って椅子に座れ」
ウィルは大丈夫かしら? 死んでないわよね。感知力を広げてみるがすぐには何もわからない。代わりに、あのふたりの作用者が近づいてくるのが視えた。ああ、もうだめだ。
急いで力を引っ込めて、気づかれないようにするのがやっとだった。
椅子に座ると、男はナイフを腰に戻し、カレンの両手を乱暴につかむと後ろで縛った。
ソフィーとジャンが船室に入ってきた。ゆっくりと顔を上げる。
「おやおや、またあんたかい。あいつら、またも逃がしたんかい。まったく使えねえやつらだ」
ジャンは首を振り長々とため息を吐いた。
「もうひとりはどこだ?」
ソフィーがカレンをまっすぐ見て言い放った。
カレンを縛った男が代わりに答える。
「川の中に沈みましたぜ。マットが撃ちやがった」
「殺しちまったのかい?」
ソフィーは気色ばんで睨みつけた。
「だめでしたか? ボス」
「台なしだよ。まったく余計なことを……」
「でも、あのぼうずが飛びかかってきたんで、しょうがなく撃ったんでさ」
マットと呼ばれた男が言い訳をした。
ジャンが驚いたように聞き返す。
「ぼうずって、女じゃないのか?」
「へい、こいつと男の子のふたりでさ」
ソフィーはカレンに詰め寄った。
「もうひとりはどこにいる?」
「あなたたちが怪我をさせたから、村に置いてきたわ。とても具合が悪いのよ」
顔を上げてソフィーを睨んだ。
「怪我はおれたちのせいじゃないぜ」
ジャンはカレンの後ろに回った。両手を持ち上げて調べられる。
「こいつ、レンダーを持ってない」
「ははあ、それを探しにあたしの船に忍び込んだんかい?」
ソフィーは首を振ると愉快そうに笑った。
「はるばるやって来たのにお気の毒だが、この船にはあんたたちの探し物はないよ」
彼女は向きを変えた。
「ジャン、もうひとりも近くにいるに違いない。わかるかい?」
ジャンは、ちょっとの間、考えるような仕草を見せた。
「このあたりにはいない」
「絶対近くにいるって。新しく来た船がないか見てきてくれ」
ソフィーはカレンをじっと見つめていた。




