24 待つのは構わない
カレンが説明を終えると、すぐにウィルがこちらを向いた。
「父さんがそこにいるかどうかは、その船に乗り込まないとわかりませんよね? どうします?」
「そうね。仮に、彼らの船がその船着き場にいたとして、近づけば人がいるかどうかはわかるけれど、誰なのかを知るのは無理。作用者じゃない人を視るのは、ほとんどやったことがないから、区別がつかないの。少なくとも今は方法がわからない」
ため息をつく。
「あんたは普通の人も感知できるのかい?」
「え? ええ、まあ、ほんのちょっとだけ」
ミアが身を乗り出しているのに気がつき、胸がざわつく。
「そりゃ、すごい。感知者が、作用者だけじゃなくて普通の人も探知できるとは知らなかったよ。へー、これはおもしろい」
ミアはカレンをしげしげと眺めた。
カレンは前方の窓に目を向け、椅子に深く座り直した。
「それにしても、ネオンまでまだけっこうあるよ。こんな遠くから、その作用者一人ひとりを識別できるのかい? あんたは、とびきり優秀に違いないね」
「そんなことないです。練習すれば誰でもできると思いますけど」
また余計なことをしゃべってしまった……。
顔が赤らむのを感じる。本当にわたしはだめだ。シャーリンにいつも言われるのに。
「それで彼らの船はどんなのだい?」
ウィルがカレンを見たので、代わりに答える。
「えーと、客用の川艇で船体はほとんど白一色で青いラインが入っていたと思う。船の名前は見ませんでした」
「なるほど。それで、その船に近づいても、ウィルの父親が監禁されているかはわからないということだね?」
「ええ。誰かいるのがわかっても、乗り込まないと確認は無理です」
「乗り込むって彼らがいるのに? というか、近づいただけで向こうの感知者にわかってしまうだろ」
ミアは何度も首を振った。
カレンは黙り込むしかなかった。
しばらくしてミアが沈黙を破った。
「何だね、その連中に近づくときは、あたしがあんたたちを遮へいしてあげてもいいよ」
彼女はシャーリンにちらっと目を向けた。
「え? ミアさんは遮へい者なの?」
ウィルがびっくりしたようにミアを見た。
カレンはその提案に喜んだ。もちろん、ミアが遮へい者であることはとっくに知っていたけれど、彼女から言い出してくれてよかった。
乗船したときから心が引きつけられた。彼女は信頼できると感じていた。思わず顔が緩んでしまう。
ミアがじっと見ているのに気づき、また顔が火照ってきた。
「カレンにはとっくにわかってると思うけど、あたしは遮へいと攻撃もち。そのあんたたちの敵さんのなんていったっけ、ソフィーだったかい? そいつと同じってことになるな」
ミアは腕組みをした。
興奮したウィルの声が聞こえる。
「遮へいしてもらえるってことは、彼らに気取られずに近づけるってことでしょ? それ、いいですね」
喉が詰まったような音のあとに震え声が続いた。
「お、おいおい、そんな簡単にはいかないよ。この船でその船の近くまでいって、隣に止めたりなんかしたら、めちゃくちゃ怪しいだろ?」
「そうよ、ウィル、わたしも船では近づかないのがいいと思う。シャーリンの具合が悪いし、できれば彼女を遮へいして、町の手前で停泊してもらえますか? そこから、わたしだけで偵察に行きます」
「でも、感知されるだろ」
ミアがすかさず言った。
「彼らがどこかに出かけるまで待つわ」
「出かけなかったら?」
「どっちにしても、彼らが船にいる間は中を調べられないでしょう?」
「そうですよね。ぼくも行きます」
ウィルがきっぱりと宣言した。
しばらくウィルを見つめながら考えたが、こくりと頷いた。
ミアに向けたウィルの顔にはうっとりとした表情が浮かんでいた。
「それにしても、リセンでミアさんに出会えてほんとよかった。絶対、幸運の女神です」
「大げさな」
ミアは目をぐるっと回した。
「それで、お願いできますか? わたしたち、持ち物をすべて船と一緒に失ってしまったので、今は、船賃もほかの手間賃もお支払いできないのですが。あとで必ずお支払いします」
カレンは頭を下げた。
「まあ、あんたたちに出会ったのも何かの縁。ウルブの商人は、商売ではお互い容赦しないけど、必要なときには団結して助け合うのが流儀さ。それに、船賃はあの男の人からもらったよ」
「え、そうだったんですか?」
カレンは驚いた。でも、考えてみたら当然よね。モレアスが商人相手にただで乗せてくれと頼むわけがないわ。今度リセンに行ったら彼にちゃんと返さないと。
ああ、でも、ロイスにやって来たときに所持していた財貨は自分の符証だけ。そして今は、サンチャスに積んだ荷物と一緒に川の底。
ディールをまったく持っていないわたしには、あれ以外で支払う方法がない。
そもそも、個人相手に符証で払えるのかしら。やはり、かさばるとしてもディールを持ち歩くべきだった。それでもモレアスがサンチャスを引き上げてくれれば何とかなる。
「ぼくたち、商人じゃないですけど……ウルブにも属してない」
「おもしろいこと言うね、ウィルは。たとえだよ、たとえ」
ミアはいたずらっぽく笑うと続けた。
「それじゃ、行くとするか。あたしからあんまり離れるんじゃないよ。近いほど遮へい効果は高いからね」
すぐに推進機の軽やかな音が聞こえ、小刻みな揺れがおさまると前進を始めた。
しばらくすると、ミアは船の推進機を切り再び川の流れにまかせた。
「向こうに見えているあのでっぱりの先を曲がると町が現れる。それで、敵さんの様子はどうだい?」
カレンは首を振った。
「まだ動きはないわ」
「あの、ぼくたち、ここからどうやって岸まで行くんです? また泳ぐんですか?」
ウィルはほとんど見えない岸を眺めながら不安そうに言った。
「え? それは考えなかったわ」
ミアから低い笑い声が漏れた。
「もちろんボートでいくさ。組み立て式の小舟があるよ」
「そうなんですか? すごいですね」
ウィルのミアを見る目が輝いている。
「そう言われると何だが、こいつは外洋船だからね。海艇には補助ボートが必ず積んであるよ」
「あ、そうなんですか」
ウィルは頭をかいた。
「それで、どこにあるんですか?」
「船尾だ、下ろすのを手伝ってくれるかい?」
「もちろんです」
ミアとウィルは後ろに向かっていき、ふたりで小さいボートを引っ張り出して準備を始めた。
カレンは、ふたりを見ながら少し考えた。
腕輪と指輪をはずして、ポケットから取り出した小さな袋にしまう。服の内側からペンダントを引っ張り出してちょっとの間眺める。首に手を回して取り外すと袋の中身に加えた。
シャーリンを起こさないように、そっと彼女の服の内ポケットを探り当てて袋を収める。紐を何本か取り出すと、髪をたぐってまとめた。
すぐにふたりが戻ってきた。
「ボートの準備はできたよ。そっちはどうだい?」
「移動しています。左の方向」
「ああ、ということは、船を降りて町にでも行くのか」
「船着き場と町は近いんですか?」
「そうだな、ウィル、記憶が確かなら、少し離れてるけど歩いてはいける距離だ」
「それでは、ここで待っていてください。いろいろありがとうございます。シャーリンのことよろしくお願いします」
「あいよ。ちゃんとここで目立たないように隠れているさ」
「さあ、ウィル、行くわよ」
ふたりはボートに乗り込み岸に向かった。




