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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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23 追いかけなければ

 ミアとウィルは、探査装置について楽しそうに話し合っている。シャーリンは壁にもたれかかって眠っていたが、寝息がかなり荒い。

 カレンは、脇の棚に積んであった毛布を一枚取ってシャーリンにかけ、だらんとした腕を毛布の中に入れようとした。


 腕が燃えるように熱くなっていた。びっくりして、彼女の額にも手を当ててみたが、こっちはそれほどではないようだ。自力で怪我を治そうとしているのは、たぶんよい兆候なのだろう。

 そっと立ち上がると操舵室の扉をくぐった。


 顔にあたる風が気持ちいい。船が水面を滑るように動く際にかすかに見える、水面のざわめきに心が洗われるような気がした。頭上には、澄み切ってひんやりとした大気を通して、数えきれないほどの星が瞬いている。

 階段を下り船首に歩みを進め、甲板中央のでっぱりに腰掛けた。




 今日はいろいろあったけれど、わたしたちは運がよかった。シャーリンは、かなりの怪我をしたけれど、すぐよくなるに違いない。でも、ダンはどこに連れていかれたのだろう。やはり、あの船と関係があるのかしら? それとも、あの強制者が絡んでいるのだろうか?


 立てた膝に両手を回して抱え込むと、目を閉じて感知を前方遠くまで伸ばしてみた。これからは、力の加減の仕方をよく練習しないと。それに、作用力を持たない人に対する感知力を磨かないと。ちゃんと練習すれば、もっと離れていても、視えるようになるかもしれない。


 このあたりには、感知に訴えかけてくるような作用は何もなかった。船内にいるふたりを除けば。

 あとどれくらいでアッセンに着くだろう。操舵室の壁に貼ってあった地図を思い起こす。一時間か二時間かしら。


 振り返れば、ミアとウィルがまだ話をしている。あのふたりには共通の話題が多いらしい。

 前方に目をやる。前照灯に照らされた川幅がだんだんと狭くなってきた。両方の岸がはっきり判別できる。


 突然、目の前にリンが現れる。頭をやや傾けてカレンを見上げるなり、ひょいと膝の上に飛び乗ってきた。それから、我が物顔で内側に滑り込むと、おなかの上でくるっと丸くなった。白くてふわふわのかたまりを見下ろす。とても温かい。


 すっかり予定が狂ってしまった。シアはもう着いているはず。わたしがまだこんなところで、もちゃもちゃしているとは、考えてもいないに違いない。まあ、しばらく待つにしても森の中なら居心地はいいはず。




 一時間近くたつと、川幅が再び広くなってきて、船の光が岸まで届かなくなった。真っ暗闇の中でわずかに照らされた前方に向かってひたすら進む。リセンを出てからは、すれ違う船もほとんどなかった。


 突然、感知にかすかになじみのあるものが飛び込んできた。驚いて何度か確かめる。これはあのふたりだ。作用を遮へいしていない。しかも、だんだん近づいている。


 カレンは、リンをそっとつかんで脇に下ろすと、立ち上がった。手すりに掴まりながらもできるだけ急いで操舵室に向かう。船の推進音が変わったのを感じた。少し減速しているようだ。


 操舵室に飛び込むと、ミアが操舵かんに手をかけたまま振り向いた。


「どうした? 何かあったか?」

「ミア、いったん船を止めてもらえませんか?」

「あいよ」




 椅子に座り深呼吸してからウィルに目を向ける。


「あのふたりがいる」

「ふたりって、もしかしてあいつら?」


 ウィルが大声を出した。カレンは頷きながらも小声で言う。


「静かに。シャーリンが目を覚ますじゃない」

「すみません。それでどこに?」

「まだ、この先としかわからない。だんだん近づいているから向こうは動いていないと思う」


 ウィルは首を伸ばして前を見た。


「確か、この少し先に町があって、そこにも、もちろん船着き場があるんです。何ていったっけ、町の名前。ネオンだっけ?」


 ミアのほうを向いた。彼女が頷くのを確認すると続けた。


「そこに彼らの船が停泊しているのかな?」




 あたりが静まり返って、船は川の流れに乗ってゆっくりと動くだけになった。

 リンが窓際に陣取っているのに気がつく。いつの間に戻ってきたのだろう? どこかに彼女専用の出入り口があるに違いない。


「そこに船がいるのかわからないけれど、ソフィーとジャンがこの先にいるのは間違いないわ」


 カレンは眉間にしわを寄せてから言い直した。


「船じゃなく、その町にいるのかもしれないわ」

「その船に父さんがいるかもしれませんよね?」


 ウィルが期待をこめた目でカレンを見た。彼は立ち上がると、前方の窓まで近づいて両手をかざした。あたりは真っ暗で星の光だけではほとんど何も見えないはず。


「カレンさん、向こうにはまだ気づかれてないですか?」

「これだけ離れていれば、たぶん大丈夫よ」




 ミアは操舵かんに手をかけたまま、ふたりの会話を聞いていたが、おもむろに口を開いた。


「それで、そのソフィーとジャンというのは何者だい?」

「どこから話せばいいのか……」


 カレンは、床に丸くなって寝ているシャーリンをちらっと見た。

 少し迷ったあとミアに向き合う。


「実を言うと、ウィルの父親が拉致されたので捜しているのです。そのさらった人たち、目撃者によれば、国軍の車らしきものを使って襲ったらしいのだけれど、何者かはわかりません。その人たちの仲間だろうと思っている作用者がソフィーとジャン。ソフィーは攻撃者で遮へい者。ジャンは感知者で、それに防御者」


 少し考えてから続ける。


「そういえば、あそこには強制者もいたけれど、たぶん、あの人は関係ないと思うわ」


 あの時の経験を思い出して体がブルッと震えた。

 ミアがこちらをちらっと見る。


「それで、わたしたち、アッセンの駐屯地に行くつもりです。そこで話せば何かわかると思って。軍の助けも得られるとシャーリンは言っていますし」


 カレンは振り返って眠っているシャーリンに目を向けた。




 ミアはカレンをじっと見つめた。


「拉致だって? あんたたちはいったい何者だい?」


 カレンは肩をすくめるしかなかった。


「なんでわたしたちを襲ったのか、こっちが知りたいのです。ロイスの船を沈め、ダンを連れ去り、さらにシャーリンを襲って監禁した……あの人たち」

「それに、カレンさんとぼくも」


 ウィルが付け加えた。


「監禁? あんたたち三人ともだって? 船を沈めるって、攻撃作用でもお見舞いされたのかい?」


 ミアの顔には驚きの表情が見えていた。


「はい……」


 わたしがもう少し早く攻撃者に気がついていれば、こんな事態にならなかったかもしれない。カレンは唇をかみしめた。


 ミアはあっさりと言った。


「そいつは酷い。それで、あんたたち、なんで狙われてるんだい?」

「シャーリンは、アッセンに行けば何かわかるんじゃないかと思っています。リセンでダンがさらわれたわけも、わたしたちを監禁した理由も。今のところは、どれも、さっぱりです」


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