第196話 魔術師団会議
魔術師団本部の会議室に入ると、難しい表情をした魔術師たちが揃っていた。
努めて厳しい表情で奥に用意された席に着く。
左右にはリーベレールとミア、エルリックとエリザが座り、クォートと護衛各位の隊長が後ろに並び立つ。
「本日は、魔術師団本部までご足労いただきましてありがとうございます」
やや緊張気味のファリスの言葉で会議が始まる。
「先日、これまでの魔術師団の振る舞いについて謝罪をさせていただきましたが、改めてこれまでの事案報告と今後についてお話をさせていただきたく思います」
まず触れられたのは、娼館で娼婦に暴行すると共に部屋を荒らした魔術師たちについて。
本来ならばリュぜ・アスタロットの家族は連座で処分されるところだったが、両親は召喚の儀の後に眠っていたこともあり皇室から処分の免除が言い渡されていた。
レスティオはそんなこともあったなと当時のことを思い返しながら、話に耳を傾けた。
「愚息が聖騎士様のお手を煩わせましたことを心より深く謝罪申し上げたく存じます」
「申し訳ございませんでした」
立ち上がり謝罪したのはリュゼの両親だった。
彼らは処刑を免除された代わりに、娼館への謝罪と一部賠償を行った。その上で、貧民への差別意識がない事を示すべく、屋敷の使用人として娼館から1人身請けして、更に貧民街の子供を1人養子として迎え入れた。
リュゼと共に処分を受けることになった者の家族も同様に行動を起こし、処刑を受けて家族の縁を切った子の分も大事に面倒をみると皇室に誓約書を提出していた。
「あぁ、貧民街の者を屋敷に引き入れた者がいると聞いていたがそういうことか」
「我が家では魔術学院に入れるべく基礎教育中です。無体な扱いはしていないことをこの場でお伝えするとともに、聖騎士様に誓って今度こそ教育を誤らないように育てることを宣言したく思います」
「あぁ、貧民街から引き上げられて皇室の目に留まった人材もいる。その子たちの将来に期待しているよ」
レスティオが笑顔で言えば、安堵した様子で深々と頭を下げて座り直した。
劣悪な環境から救われる存在は素直に喜ばしいと思う。一時の印象改善で終わらなければいいと思いながら、ファリスに目を向けて次を促す。
「魔物避けの薬の研究について、魔術師団が一度は引き受けたものの成果を出せぬまま、仮説の提唱者である騎士団のユハニ・リトラに全てを委ねることになった件です」
既に全てユハニの手柄となっていて、その成果もあって今回皇室認定の特待生に選ばれているので、魔術師団が関わっていた事は最早無かったことも同然だ。
「聖騎士様も関わる重大な案件にも関わらず、魔術師団の体たらくに私も言葉を無くしました」
「だろうな」
「その上、実証実験を行なった後の南グラムの森でカーストン元副団長率いる部隊が二度に渡り不手際で騎士団を煩わせたと報告を受けております」
元副団長という呼称にレスティオはエクリアの不在に気づく。
ファリスの隣にいるのは、初めて姿を見る男。彼が新副団長だろうかと思いながら視線を戻す。
「カーストン元副団長は、魔術師団付きの訓練監督官として貧民街に出向させることといたしました」
「それは随分思い切った処分を下したものだな」
実質貧民街に仕事場を移しているのだから、リュゼと共に処分を受けた者達と同列とも言える。
「……正直に報告を申し上げたく思います」
厳しいファリスの表情にレスティオは身構えた。
何故エクリアを貧民街に出向させることになったのか。それは、リーベレールがロデリオと共に魔術師団の監督役として訓練地の現地視察に向かった時のこと。
魔術師たちは騎士学校での訓練風景や街中を走っている姿が見られると油断していた。
貧民街での魔力強化訓練としてゴミを燃やし尽くした魔術師たちは、貧民街を彷徨う者たちを見て、汚れ切った醜い姿を邪険にしていた。
その時点でロデリオはいけないと思ったが、ベイルートは物陰に飢えて生き絶えた者の姿や肉片がついていない骨を咥える者の姿を見つけて、ラビ王国の路地やロワの街の惨状を思い出した。
貧民街では捨てられた食料が主な食事となる。あるいは、ゴミを燃やしたり魔術具に魔力を注ぐことで石貨を得て、食料と交換する。しかし、そのような食料や収入の源が魔術師団により奪われる形になっていた。
「私が目覚めて職務に復帰した初日に、ロデリオ殿下から召喚命令を受けてその事実と魔術師団が置かれている状況の危うさをご教授頂きました」
魔術師のみならずエルリックとモルーナが作成した始末書を始めとする資料の束に加えて、皇帝の署名付きの是正命令書が積み上がった執務机に言葉を無くした。
数日前まで寝込んでいたのに再び目の前が真っ暗になりそうになりながら、それらに向き合って現状把握に努めていた中での第一皇子からの呼び出しだった。
取り急ぎ魔術師団から物資を出して、騎士団に頭を下げてロワの街で行なった炊き出しの教えを求めた。
並行して、ボートム管理官に魔術師団の信頼回復への協力を求めて許可をもらい、騎士団の有志と共に貧民街の一部清掃と炊き出しを行なった。
「魔術師団の訓練が、貧民の生活を苦しめていることに誰も気づいていませんでした。魔術師団外の評価を集めたところ、街中のランニングも魔術師は魔術訓練をしているだけで、騎士団のような体力づくりや巡回が出来ておらず、住人からは往来で邪魔に思われているとか。騎士学校でも魔術師が出来るレベルで訓練をさせているのが実態で、底上げをするなら難易度を上げなければならないが、上げたところで出来ないしやらないので上げられないとか」
徐々にファリスの表情から色がなくなっていく。
魔術師団の状況にひたすら絶望している表情に同情したくなってくる。
隣に座る男がそっとその肩に手を置いて慰める様子に、レスティオは左右に目を向けて頷き合う。
「そういう訳で、彼らを導いていた責任者であるカーストン元副団長には貧民街の監督官を。他の者たちにも魔術の使用を禁じて騎士学校で実際のカリキュラムを受けさせたり、騎士団の訓練に参加させたり策を講じているところにございます」
「では、今は別の者が副団長になっているんだな」
「はい。こちらのウォルフ・ギードンが後任になります。私と共に最近まで眠っていた上位魔術師なので前科はありません」
ファリスの隣に座っていたウォルフが深く頭を下げて挨拶をする。
真面目そうで魔術師にしては体格に恵まれている姿はハイラックに似た雰囲気を感じさせる。
副団長を任じられるくらいには人望もあるのなら大丈夫だろうとひとまず頷く。
「他の役職者については、現時点で全て一時解任しています。魔術師団として考えを改めていかねばならない時ですから、改革に相応しい者に順次部隊長を任せていこうと考えています」
「お話の途中で失礼します。グランツ団長、副団長を紹介したならば是非とも私にもご挨拶の機会を」
不意に挙手した男にファリスは申し訳なさそうに頷いた。
集まっている魔術師の大半は同じようなローブを纏っているがファリスと他2名は装飾付きのローブだった。
「割り込んでしまって申し訳ございません。私は東部帝国軍魔術師団副団長ヒヴェル・ロームと申します。帝都の魔術師団の問題が取り沙汰されておりますが、東部の魔術師団の教育にも関わることと心して状況把握と対処の検討に加えていただいております」
「私からもご挨拶をさせてください。西部帝国軍魔術師団団長クラウレア・カーストンと申します。魔術師団団長を担う者としてローム副団長同様に西部の魔術師団を正しく導くべくこの場に加えていただいております」
東部と西部の魔術師団関係者と聞いて納得する。
召喚の儀の為に帝都に派遣されていた魔術師達は婚姻の儀の終わりにそれぞれの都市から来ている者達と共に帰還する予定になっている。
今のうちに帝都帝国軍の新たな方針を把握して持ち帰ってくれるならば、今後の教育が容易になると思えば中心にいてほしい2人だ。
「魔術師団の指導方針については、新たに指導官に就任したミアを中心に行うことになるだろう。指揮系統の混乱を避ける為にもミアの要請無しに私は口出しをしない」
「あぁ、そうしてくれ。帝国軍指導官ミア・アンノーンだ。皇帝陛下の許、かつて皇族の護衛魔術師を務めていたエルヴィン・マッカーフィーから受け継いだ記憶と魔力を持って帝国軍全体の指導を任されることとなった」
改めて挨拶したミアは、魔術師団の能力試験の実施を行うことを発表した。
魔力量、魔力操作、体力を計測すべく試験項目を設ける。それぞれの試験結果を総合評価して下位から上位までの序列見直しと部隊編成を行い、指導にあたって重点をおくべき箇所を把握する計画だ。
「ローム副団長とカーストン団長も参加し、東部と西部の魔術師団で予備試験の実施を検討してもらいたい。近いうちに私が各地に赴いて正式な試験を実施する」
「アンノーン指導官。帝都の魔術師団も予備試験の後、正式な試験を行うのでしょうか」
「帝都では既にランニングや魔力強化、体力強化に臨んでいたはず。真面目に取り組んでいたならば苦労はないはずだ」
目覚めたばかりの者達もリハビリに真面目に取り組んでいれば問題ないだろう。
視線を向けられた魔術師達は表情を厳しくしながらも頷いた。
「体力試験には騎士学校の教官にも同席願い、騎士学校における魔術師の教育について議論の材料にするつもりです。同時に比較対象として有志の学生や騎士も試験に協力してもらおうと思います」
これまで散々騎士と侮ってきた者達に負けて挫折する様を拝もうといういわゆるショック療法。
体力試験の時には魔術が使えないように制御用の魔術具も装着させるといい、エルリックと既に合意している様子で頷き合う。
「試験はいつ頃実施いたしましょう」
「昼の休憩の後、闘技場に試験対象者を集めてもらう。時間に遅れた者は試験を受ける価値無しとして、魔術学院での卒業資格および国試の再合格まで魔術師団の任務より除外する」
直近の開催に魔術師たちの表情が青ざめた。
レスティオも聞いていないスケジュールに驚いた。同時に騎士団では厄災の中での退役が認められていないと聞いた話を思い出して、ミアの方へと身を乗り出す。
「ミア。それでは、退役を望む者に良い口実を与えることになるのではないか?」
「ならば、落第者として貧民街での奉仕活動を義務付けると加えるか。その名簿は皇室預かりとし、生贄が必要な時にはリストに名が挙がるかもしれないとなれば気を引き締めるだろう」
急に厳しくなった条件に、レスティオは余計な事を言うのは止めようと口元を押さえて姿勢を戻す。
「私もエルヴィンとしては魔術師団出身だ。騎士団以下とされている今の現状は許しがたいと思っている。しかし、これは騎士団に不満を持っているのではなく、魔術師団の腑抜けた様に呆れているのだと受け止めてもらいたい」
「騎士団を貶めて魔術師団の格を上げるのではなく、魔術師団も成長を持って騎士団と並び立てということですね」
クラウレアが頷きながら言えば、隣に座るヒヴェルも腕を組んで頷く。
「承知いたしました。早急に皆にこの件を伝えます」
末席に座る魔術師が立ち上がり、部屋を出ていく。
会議室に残る者たちも試験の準備をしたいところだろうが、まだ議題は残っている。
「このような状況において、時期尚早と思わざるもえないが、聖騎士様の護衛を手薄のままにもしておけん。帝都魔術師団における聖騎士専属護衛魔術師の選定について話をしておく」
エルリックが話を進めると、ファリスは表情を引き締め直した。
説明された条件は昨日マルクとエリザと話した内容と変わりない。
「事前にレスティオ様より候補者の名を挙げて頂いているが、婚姻の儀にあたっての人選は、試験結果に基づき最終決定とする。その旨は試験の始めに私から改めて説明するつもりだ」
「試験にはレスティオも立ち会うので、その場で目に留まれば選抜の機会は誰にでもある。前科があったとしても、それに構わず実績を踏まえて人選する方なので心して臨むといい」
ミアの補足に、ほぉっと声を漏らしたのはヒヴェルだった。
「アンノーン指導官。東部の魔術師は私以外にも派遣されてリハビリに励んでいる者がいます。彼らも東部への帰還までの間ならば護衛魔術師を務められると思いますが、今回の試験に参加させてよろしいですか?」
「好きにしたらいい。参加者が多い方が、東部や西部に伝わる情報も正確さを増すだろう」
あくまで帝都魔術師団の評価が主体となるというだけのこと。
ヒヴェルとクラウレアは納得した様子で頷くが、他人事と考えていたらしい魔術師が青ざめたのを見て、レスティオはご愁傷様と心の中で声をかけた。
話を終えて席を立ちながら、レスティオはエリザを呼び止めた。
「先程、ボートム管理官と聞こえたけれど、貧民街を管理している文官がいるということか?」
「そうですよ。貧民街は特殊な場所ですから、管理官を配置して監視体制を敷いています」
貧民街を管理するボートム管理官は、生活空間の管理とそこで生活する子供が魔力を発現した時の魔術修練学校への入学手続き、娼館やブックカフェの運営、いずれ生贄となる罪人の管理を一手に担っている。
ほとんど表には出ないが、国の重責の一端を担っているともいえる。
「魔術師団の関与もあって生活に大きく変化があったと思うけれど、苦労して生活している平民からすれば貧民が突然優遇されるようになって反発は起きていないか?生活が改善されるのは良いことだけれど、魔術師と騎士のように妙な不和を生んでいないかはどうしても心配に思う」
レスティオの言葉に、エリザはふふっと笑う。
その笑みの理由は何だろうかと首を傾げれば手首につけた腕時計を向けられた。
「レスティオ様のそのようなお話に耳を傾けられてこその筆頭秘書官と思えば、私以外にはやはりいないなと思ったのです。近いうちにボートム管理官と話をする機会を設けましょうか」
「そうしてくれ。出来れば一度自分の目で貧民街を見てみたいのだけど」
「それはなりません。ロデリオ殿下からそのようなことを言い出したらこちらに回すようにと言われていますので、話はしておきますが」
すぐ動いてくれそうな雰囲気だったのに、既にロデリオに先手を打たれていた。
何故と理由を問えば、ラビ王国やロワの街で行動を起こしたことが挙げられた。
「国としての考え方に関わることを勝手に勧められては困るので、関与の仕方には皇室も関わるとのことです」
「皇室も関わるのは理解する」
「良かったです。では、昼食は魔術師団の食堂に用意されていますので向かいましょう」
ルアナが各所の厨房改革を進めているので、魔術師団の食堂の料理も変化している。
その成果の一端を確認して欲しいと言われたら、ルアナに任せるきっかけを作ったレスティオは向かわないわけには行かない。
「ミア、騎士団からは誰が参加するんだ?」
「ヴァスクール小隊とジェリーニ小隊。ほぼ全員が護衛騎士候補だったから実力を見せるには丁度いいだろ」
ジェリーニ小隊は新兵も含まれるが、彼らの訓練にも丁度いいとフランが快諾してくれたという。
魔術師と比べて今の自分たちの実力がどの程度か測るには確かにいい機会になるだろう。




