第194話 家族
特待生寮に入ると、昼食の準備の最中だった。
出産でずっと慌ただしかった様子が窺える。
「ヴィム。ユーリアの子供が生まれたって聞いてきてしまったのだけど」
「おやおや、レスティオ様は本当に子供が好きなのですね。メノンに伝えますので、座って待っていてください」
ヴィムは一瞬驚いた顔をしたが、仕方がないと笑って使用人用の離れに向かって行く。
するとヴィムと共にリッシェが離れから出て来てクォートがおどろく。
「何故お前が?」
「メノンさんだけじゃ大変でしょうから、産気づいたら協力すると話していたのよ」
リッシェは頼もしい笑顔で胸を張った。
丁度義両親に屋敷を案内していたところで、フランドール邸の女性の使用人と義母を連れて手伝っていたと話す。
出産は恙なく終わり、今は女手で手分けして部屋の掃除やユーリアと赤子の世話をしている。
「お祝いに来るのは早かったかな」
「レスティオ様も待ち遠しく思っていたのですね。ユーリアさんも疲れていますから、もう少しだけお待ちください」
話しをしている間にヴィムがお茶の用意を済ませていた。
リビングに移ろうとすると、聖騎士様と呼び止められる。
振り返ると離れの方から老夫婦が駆け寄ってくるところだった。
「突然御声掛けして申し訳ございません。なにやら無礼をしたらしい愚息を取り立てていただいたお礼に一言だけでもご挨拶をと思いまして」
「グソク?」
どういう意味だろうかと首を傾げたレスティオにクォートは咳払いをする。
「申し訳ございません、レスティオ様。こちらの二人は私の両親です。職人の家の生まれで作法も碌に学んでおりませんので、ご無礼をお許しください」
「あら、なにか駄目だった?」
居心地悪そうに厳しい表情をするクォートを見て、両親が顔をしかめる。
レスティオは笑いそうになりながら老夫婦に向き直った。
「いいえ。ご丁寧に有難うございます。聖オリヴィエール帝国の聖騎士レスティオ・ホークマンと申します。クォートは私が望んで筆頭護衛騎士に迎えた優秀な騎士です。ご両親であるお二人と挨拶の機会が得られて嬉しく思います」
笑顔で挨拶すると、「あら、かわいい」と華やいだ声を上げて、挨拶を返す。これからも息子をよろしくおねがいしますと何度も頭を下げた。
一緒にお茶にと誘うとクォートは嫌そうな顔をしたが、あえて無視して共に席に座ってもらう。
「こちらの屋敷では礼儀作法など気にしないと決めているので、どうぞおくつろぎください」
「そう言って頂けると助かります。もう、ほんの数日見ないうちにリッシェがこんなに美人になってるものだから、私たちもなにかした方がいいのか困ってたんですよ」
「クォートはもう全然家に顔も出さないもんで。フランドール隊とか言って、なんか偉くなってるってのは知ってたんですけど、聖騎士様の筆頭護衛騎士となるとやっぱり違うものなんですかね」
遠慮ない両親にクォートもリッシェも戸惑うが、レスティオは気さくな二人の態度にただ気を緩める。
「お望みならば礼儀作法の教師を手配することは出来ますが、お二人は今の生活を大事にしたいと考えているのだと話は聞いています。私はそのお考えを尊重したく思います」
「聖騎士様にそう言って頂けて安心しました」
安堵する様子に微笑む。
「私の護衛騎士は、国を護る騎士から私個人を護る騎士に役目が変わっています。なので、職務を全うする上では振る舞いや考え方を変えなければならないところはあるでしょう。ですが、クォートがお二人の息子であり、リッシェの夫であることにはなにも変わりありません」
「だと良いんですが。俺に似て無愛想な顔してたり、不器用だし頑固だし、ご迷惑かけてませんか?」
「むしろ私の方が振り回しては迷惑を掛けているくらいですよ。頼もしく思っているクォートが両親の前では形無しになっている様子が意外です」
クォートを振り返ると「調子に乗るので程々に」と注意を受ける。
そうこうしている間に離れの方が落ち着いた様子で面会が許可された。
生まれたのは男の子で名前は予定通りグラディウスと名付けられることになった。
レスティオはユーリアに癒しを施すと、アミュレットラビードを出産祝いにと渡した。グラディウスを傍らに表情を綻ばせたユーリアへゆっくり休むようにと伝えると、早々に特待生寮を出た。
「よろしかったのですか?」
「……俺の世界の出産はこの世界とは少し違っていてね。多分、母さんとは顔を合わせたことがないんだよ。グラディウスは父親の顔を見ることはないんだよなとか思うと、なんか、落ち着かなくて」
もやっとしてしまった胸の内を吐き出すと、ずっと黙ってついてきていたシルヴァが城へ向かう足を止めさせた。
夕食までまだ時間があるからと近くの馬車停めで馬車を借りる。そして、向かった先はハルヴァーニ邸だった。
聖堂やドーベル家の屋敷からほど近い場所。ドーベル家に仕えているとはいえ使用人の屋敷なので、大きさは特待生寮と然程変わりがない。
「先触れも出さずに良かったのか?」
「母に魔力はありませんが、ハルヴァーニの帳簿管理や書類仕事全般を担っているので、基本的には執務室に控えているんです」
お茶の用意などは自分がすればいいとシルヴァは下働きの者たちの都合を無視して自宅に入っていく。
「母もヴィヴィアン様の娘ですから、会えば少しは寂しさも和らぐのではありませんか?」
「……シルヴァが兄らしく振る舞えばいいんじゃないかな」
「それは、もう少しお時間を頂けると」
迷いなく廊下を進んでいたシルヴァは両開きの扉の前で足を止めてノッカーを叩いた。
「母上。シルヴァです。少しお時間をよろしいでしょうか」
すぐに「どうぞ」と返事が返ってきた。
扉を開けて中を覗くと、ヴェルフィアは封筒から便箋を取り出して中身を確認しているところだった。
「なんですか、急に」
顔を上げずになにやらメモを取るヴェルフィアにシルヴァは肩を竦める。
声音は、忙しいのだけれど、と副音声を伝えている。
「お茶の時間をご一緒したいと思いまして。レスティオ様もお連れしているのですが」
「はぁっ!?なっ……これは、レスティオ様。気づかずに申し訳ございませんでした。ご無礼をお許しくださいませ」
驚いた顔で席を立つと便箋とペンを机の上に投げ出して深く頭を下げた。
先日ドーベル家とのお茶会に招いた時よりも地味な印象を受ける執務姿を眺めていたレスティオは、はっとしてシルヴァの背を小突いた。
「顔を上げてください、ヴェルフィア伯母様。急に尋ねてしまったのはこちらの方ですから、謝罪頂くようなことはございません。むしろ、お仕事の最中に御声掛けしてしまって申し訳ございません」
「そんなとんでもございません。すぐにお茶の用意を致しましょう。シルヴァ、誰に用意を申し付けました?」
「ぁ、いえ、私が用意すればよいかと思いまして」
「何を言っているのですか。レスティオ様をお待たせする無礼を考えれば、茶器や茶葉くらいの用意はさせておくべきでしょう。この数ヶ月なにを学んでいたのですか」
ヴェルフィアの表情は笑顔だったが目は笑っていなかった。
すぐにシルヴァは謝って、様子を窺っていた下働きの者の姿を廊下に見つけると応接室にお茶の用意を頼んだ。
その間にヴェルフィアは手早く机の上を見苦しくない程度に整えて、レスティオの前へと歩み寄った。
「至らぬ子で申し訳ございません。お茶をするならば応接室が整っておりますので、そちらへ案内させていただいてもよろしいでしょうか」
「シルヴァは私に気を遣って、伯母様と会うことを優先させてくれたのです。あまり叱らないでやって下さい」
「あぁ……申し訳ございません。先日のお茶会の後、何度もお母様の手紙を読み返しては、レスティオ様にどのように振る舞ったらよいか相談していたところだったのです。早く次の謁見の段取りに着手すべきでした」
突然聖騎士の伯母という立場を得たヴェルフィアと周囲の困惑する状況は致し方ないだろう。
表情や声音に緊張が窺える。
「シルヴァ。フォローはしていなかったのか?」
「ずっと城に詰めていたものでして。他の者と相談して家に戻る時間を作るようにします」
「そうしなさい。従兄と自覚できるように兄様とでも呼んでやろうか?」
「レスティオ様の側近の一人なので、私にその呼称は相応しくないかと思いますっ!」
慌てるシルヴァを見て、レスティオは笑う。
揶揄っているのだと伝わって、ジェウもふっと笑いを漏らした。恨みがましい目を向けられてすぐに素知らぬ顔を繕う。
「レスティオ様にとっては、シルヴァはきちんと頼れる存在に見えているのでしょうか」
「まだまだだと思っていますよ」
少し呆れたようなヴェルフィアの問いかけに即答すると、シルヴァが嘆くように名を叫んだ。
それがまた笑いを誘う。
「伸びしろを感じて登用したのです。護衛も側仕えも担えるので、以前から皇族の覚えも良かったのです。内定した時点では従兄弟と思ってもいませんでしたから別に忖度したわけではありません」
「そうでしたか」
くすくす笑われて、シルヴァは先程両親とレスティオの挨拶に立ち会うことになったクォートの気持ちを理解した。
良かれと思って連れてきたが、親と主人が共にお茶をしている光景は落ち着かない。
しかし、思い立って行動してしまった以上、今から引き返せるわけもない。
用意された茶器をレスティオの目の前で洗浄してから、茶葉の香りを確かめてお茶の用意を進める。
「今日はなにかあってこちらにいらしたのですよね?」
シルヴァの手付きに目を光らせながらも、ヴェルフィアはレスティオに席を勧めた。
向かい合わせに座ると、茶葉が蒸らされるまでの間にと香草が付け込まれた水が出された。
「お恥ずかしい話ですが、母と直接会ったことのないという話をしたところ、恋しく思っているのを察したらしいシルヴァが気を遣ってくれたのです」
「ぁ……名は、エミリアでしたか。髪や瞳の色はレスティオ様と同じだそうですが、私に妹の面影はありますか?」
肩を竦めて問うヴェルフィアにレスティオは頷く。
髪の色は白に近い金であるヴェルフィアやシルヴァとは似ていないが、瞳の色は橙色なので暖色混じりと思えば近い。
なによりヴェルフィアのふとした表情が映像やアイリーンと共に世界を漂った時に見えた表情と重なることがある。
「笑った時の目元や、先程シルヴァを叱る時に見せた表情が真剣な顔をした母と似ていました」
「そうですか。母の手紙に同封されていた絵姿を夫に見てもらったのですが、あまり似ているようには思えなかったので、それならば良かったです」
「ならば、今度私が持ち帰ったものをお見せします。弟妹の姿は絵に書き起こしでもしなければお見せ出来ませんが、父と母の姿は資料にいくつか残されていたものをお見せ出来ますから」
次はちゃんと事前に日程を決めましょうと言えば、シルヴァが表情を硬くさせながらカップにお茶を注ぐ。
ジャムを溶かし入れてテーブルに置くと、どちらの隣にも座らずにジェウの隣に並んだ。
「ジャムを入れるのは珍しいですね。ハルヴァーニの家ではよく?」
「特別なおもてなしをする時にドーベル家で良く淹れられるものです。ノーチェ・ファン・キルスドンク様から伝えられ、プレア様が好まれていたそうですよ」
「あぁ、確かにパルワのジャムを淹れたお茶が美味しかったと手記で見ました。私の世界でも果実のジャムを加える国はありますが、我が国の文化ではなかったので、プレア様はノーチェ様に教えられて衝撃を受けたようですね」
一口飲めば、お茶の味わいに果実と蜜の甘さが程よく加わっている。好みの加減を理解しているからこそだろうと満足して表情を緩める。
「ぁ、そうだ。伯母様はコーヒーというものは御存じですか?」
「コーヒー?」
「木の実の中の種を取り出して加工して淹れるお茶の一種とでも言いましょうか。お茶の色は黒く、苦みや酸味が強いものなのですが」
ふと思い出して、この世界にコーヒーに類するものがないかと思い問えば、ヴェルフィアは眉をひそめて首を傾げた。
「木の実の種……」と繰り返して、記憶を辿る仕草を見守る。
「変わったお茶ということでしたら、材料は把握しておりませんが、以前カッシュという苦みの強いお茶がドーベル家への手土産に贈られて、下賜されたことがあります。先方が淹れた時はまだ飲めたものだったけれど、淹れ方が定かではなく味を再現出来なかったのです」
魔術が扱えないヴェルフィアは再現を試みる場に立ち会っていなかった。
誰か覚えている者がいないか尋ねてみると言い、シルヴァも城の者に確認すると請け負った。
「レスティオ様はお忙しいかと思いますが、こうして外出の時間を取ることはよくあるのですか?」
「そうですね。予定の合間に側近が気遣って外出を許してくれるのです。そうでなければ、勝手に抜け出すとわかっているからでしょうが。私はこの世界に来る以前は平民と変わらない生活をしていたので、聖騎士らしくと言われすぎても困るのです」
「そうですか。きっと、私の元にレスティオ様がいらしたと聞いたら、ヴェンジャミン様や父が会いたいと仰ると思いまして。近い内にお茶会か食事にお誘いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ドーベル家の者にコーヒーについて尋ねようと思えば、来訪を隠しておくことは出来ない。
そもそも、ハルヴァーニはドーベル家に仕えていることを考えれば、隠さず報告を上げて然るべきともいえる。
「私は歓迎しますよ。日程はシルヴァを通じて秘書官と調整頂く形になるかと思います」
「わかりました。ではそのように致しましょう」
「ちなみに、その席には伯母様も同席頂けると思ってよろしいですか?」
「レスティオ様がお望みくださるならば、喜んでお応え致します」
「では、伯母様にお誘い頂くのを楽しみにしています。私の屋敷を新しく構える予定があるので、皇室に心置きなくお誘いしようと思えば、私から御声掛けするのはそちらが整ってからになるかもしれません」
城で計画しようと思えば、皇室が必ず関わってくる。会話の内容も全てではないだろうが報告されるだろう。
そう思えば、血縁者との個人的な場は私邸での開催がいい。
「そのような予定があるのですか。であれば、もしや使用人をお探しではございませんか?ドーベル家に仕えている家の中でも、最近は手が余るという理由で家を出される者がいます。ヴェンジャミン様に宛ててお尋ね頂ければ、優秀な者をいくらか融通してくださると思いますよ」
「本当ですか?城の人材も有限なので、頼り切りになるのは気が引けていたのです。屋敷の使用人を検討してくれている者に伝えさせていただきます」
「では、ヴェンジャミン様にはそれとなくお伝えしておきましょう」
もしかしたら、アゼルやラグナが使用人としてやってくるかもしれない。
今度二人の事をシルヴァに聞いてみようと心の中で決めたところで、クォートにもう帰る時間だと声を掛けられた。
手配された馬車で城へと戻る途中、レスティオは馬車を止めさせた。
フードを被って馬車の外に出ると、道を歩いていた女性が振り返る。
「やっぱり、ルミアだ」
「レティ……」
娼婦の露出の多いドレスではなく、町娘のようなワンピース姿で歩いていたのはルミアだった。
以前は長かった黒髪は肩程まで短くなっていた。
「久しぶりだな。御土産は届いた?」
「あぁ、うん。ゾフィー帝国のお菓子、美味しかったわ。手紙にクアラのことが書いてあったから、皆で驚いたのよ」
イアンナとクアラは手紙のやりとりをしているが、当たり障りないことが書いてあるだけ。
お菓子を売って、食べ方を考えたりもして、お店の人たちと楽しく過ごしている。そんな姿まで読み取れる手紙ではなかった。
「皆が早く身請けされたいって言うようになって、イアンナが少し困ってるわ」
「へぇ……ルミアも?」
「なんでわかるかなぁ……実は今度、コルレアンの商家に嫁ぐことになってね。旦那様が髪が短い方が好きだって言うから、切っちゃった」
この服も贈ってもらったものなのとスカートを摘まんで見せる。
だが、その表情はどこか寂し気に思わせる笑顔だった。
「私……婚姻の儀の終わりに移動することになるから。それまでブックカフェでは働くことになってるの。でも、レティは、もうお店には来れないかな?」
「そうだな。今日は偶々外出させてもらえたけど、次はいつ許可が貰えるかわからない」
「そう……私、これから旦那様と夕食を食べに行く約束なの。悪いけれど、もう行くわ」
「そっか。つい懐かしくて、引き留めてしまってごめん。ルミアの幸せを願っているよ」
「……ありがとう」
見送ってから、ふとコルレアンの名前を不穏に思った。
ハイリが持ち込んだあらゆるものの入手経路を思うと、ルミアがなにかに巻き込まれなければいいと願わずにはいられない。
「レスティオ様。用事が済んだならば中へ」
少し距離を取って周囲を警戒していたクォートが近づいてきて囁く。
娼館の方を振り返ってみたが、夕食の時間はもう迫っていて、その後の予定もある中で向かう理由はない。
誤解を招く前に城に戻るべきと気を取り直して馬車の方へと足を向けた。
ユーリアの子供が生まれました!
ハイラックの生まれ変わりというわけではないけれど、
亡き父の分も母を守ってくれる子に育ったら良いなと思います。
ルミアは久しぶりの登場。
不在の間に色々と変化したり動いているのです。




