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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
214/256

第193話 ロード・レッド就任式


 白地に金色の刺繍の正装に赤いマントを纏う。

 ヴェールには金だけでなく赤い刺繍も施され、内側で髪をまとめるのは勿論イグニスの眷属であるフラムの髪飾り。


「まぁ、美しいっ」


 控えの間に向かう途中、弾んだ声に足を止めた。

 廊下を歩いてくるのはヴェールを纏った女性。

 布越しに見える黒髪から、聖アルジェア王国のレナ・カミキかと理解する。


「レナ様。野営の地でお会いして以来ですね。聖オリヴィエール帝国での生活はいかがでしょうか?」

「とても快適です。アルジェアよりも過ごしやすいです。それに私、レスティオ様とゆっくりお話ししてみたいと思っていたんです。こうしてお会いできて嬉しいです」


 すぐ隣に寄ってくるレナにジェウは戸惑いながら一歩下がった。

 護衛騎士としては遠ざけるべきところだが、相手が聖女となれば話は代わってくる。ここはレスティオが相手をしなければならない場面だ。

 

「そう言って頂けるとは光栄です。申し訳ございませんが、この後は予定がありまして。また後日、機会を設けさせてください」

「あら、そうなんですか?残念です。折角お会いできたのに。私はいつでも大丈夫ですが、レスティオ様はいつ頃都合がつきそうですか?」


 正装を纏って側近を連れ歩いている時点で重要事と思わないのか。

 話を続けるレナを観察しながら悩ましそうに考える素振りを見せる。

 

「聖騎士の公務として進めている案件がいくつかあるので、この場でお答えするのは難しいですね。後ほど秘書と相談してご連絡致します」

「えっ、聖の魔術を使う以外にもなにかお仕事をしているんですか?」


 断った筈なのに食いつかれて内心焦る。


「後日席を設けた時にでも話題にさせてください。申し訳ございませんが、予定の時間が迫っておりますので、今日のところは失礼致します」

「わかりました。なるべく早く都合がつくことを願ってますね。それでは」


 去っていこうとするレナを見送ろうとして、ふと違和感に気づく。

 レナの後ろには女性が一人付き添っているだけだった。


「レナ様。どちらに向かわれるのですか?」

「庭が綺麗だと伺ったので散歩しようと思いまして」

「それならば、案内を付けましょう。ここは他国の城ですから、護衛もつけず、案内もつけずに出歩くことは避けた方がよろしいかと」

「ただの散歩ですよ」


 正直レスティオにも人に言えない振る舞いをしていた覚えはあるが、流石に他国では平時は自重していたつもりだ。平時は。

 少しばかり自分のことを棚に上げてレナの世界にはそういう常識は無かったのだろうかと疑問を覚える。

 

「それが通用するのは聖アルジェア王国の国内だけです。異世界の環境に慣れないのは理解しますが、自由が過ぎると身の危険だけではなく、有事の際に疑いの目を向けられることもあるかと思います。お気を付けください」

「ご心配くださったのですね。ありがとうございます」


 警備に立っていたヴァルナフ隊の兵にレナを頼み、レスティオは少し歩く速度を速めた。

 ルカリオがレスティオのコレクションの中から貸している腕時計を確認して、「既に控えの間を出る時間です」と焦った声で言う。

 聖騎士の移動は少し遅れるくらいで良いと言われるので時間にあまり余裕を持っていない。

 控えの間の前で控えていたベイルートが、レスティオたちが来るのを見つけて中に合図する素振りを見せると皇族たちが部屋を出てくる。


「遅い」


 ロデリオからの容赦ない一言に肩を落として隣に並び、会場へと向かい歩き出す。

 

「すまない。レナ様にお会いして立ち話になった。側仕え一人だけ連れて散歩しようとしていたからヴァルナフ隊に引き継いでおいた」

「あぁ、自由な方と報告は聞いています」

「他国の城内だというのに困った方ですね」


 リアージュとセルヴィアの口ぶりに一度や二度ではないのだろうと察した。

 

「もうすぐラビ王国からフィーリも来るし、聖女と各国の代表1名程度でお茶会か会食でもどうだろう。レナ様とふたりでの会談は避けたい」

「あら、マリティア様とは二人で酒席をしていたのでなくて?」


 セルヴィアの問いに系統が違うとため息と共に答える。

 謁見の間が近づくと、その話はまた後だとユリウスに遮られた。

 扉を開けた城仕えに促されるまま、それぞれに用意された席へと腰かける。

 いつもは最初は謁見の間には誰もいない状態で始まり、順次謁見を求める者が入ってくる形式。だが、今日はロード・レッド就任を祝う人々が中央に通路を空けた状態で左右に集っている。

 前方にはハイネルを含むカーストンの親族がいて、その後ろにいるのは皇室やカーストンから招待を受けた者たち。レスティオはそのように事前に説明を聞いているが、知る顔がそもそも少ないのでどこからどのように分かれているのか見て判断は出来ない。


「これより、聖騎士レスティオ・ホークマン様の縁戚であられるカーストン家の新当主就任の儀を執り行う。現当主レディ・レッド、エメラルナ・カーストン!」


 マルクの進行で正面の扉が開き、赤いドレスとローブを纏ったエメラルナがゆったりと歩みを進めて来る。

 すぐ後ろには気難しそうな顔をした青に近い紫の髪の老紳士がイグニスのペンダントを乗せた箱を手に続く。

 皇族が座る席の前方にある階段の前でエメラルナは足を止めて跪く。


「皇族の皆々様、聖騎士様。この度は、我らカーストンの一族の代替わりの儀にお立会い頂きまして誠に有難うございます。カーストン家現当主レディ・レッドの名の許、一族を代表し、心より御礼申し上げます」


 エメラルナが頭を下げると同時に参列者たちが頭を下げる。


「聖なる血と共に聖なる炎を継ぎ、我が国の聖騎士たるレスティオ様と縁あるカーストンの当主に立ち会えること、こちらこそ礼を言おう。新たなる当主ロード・レッドをここへ迎えよ」

「新当主ロード・レッド、ロゼアン・カーストン!」


 ユリウスの言葉に続き、マルクがロゼアンの新たな名前を呼ぶ。

 一度閉じられた扉が開かれ、仕立て直された正装を纏ったロゼアンが堂々とした表情でエメラルナの隣に立ち、跪く。


「皇族の皆々様、聖騎士様。聖なるお導きにより参上致しました。ロゼアン・カーストンにございます。今日と言う日を御前にて迎えられることを光栄に思います。本日はどうぞよろしくお願い致します」


 ロゼアンの挨拶の後、皆が頭を上げて、立ち上がったエメラルナとロゼアンが向かい合う。


「カーストンの歴史は、今は亡きアザムガイドの聖女に由来するもの。聖なる血と聖なる力を継ぐカーストンの名は決して軽くはありません。その身に受け継がれた聖なる血に誇りを持ち、聖なる力を尊び、聖なる歴史を紡ぎ続ける覚悟はありますか?」

「はい」

「ならば、聖なる炎の審判を受けることを認めましょう」


 エメラルナの後ろに控えていた男がロゼアンの前にペンダントを箱ごと掲げて跪き、ロゼアンは深呼吸をしながらペンダントへと手を伸ばす。


「炎の精霊イグニスよ。我が名はロゼアン・カーストン。今ここに聖なる炎を継承し、カーストン家当主ロード・レッドの名を望む者である。どうか、我が前に姿をお見せください」


 ゆらりとペンダントから炎が溢れ出て、歓声が漏れ聞こえてくる。

 緩やかに炎が人を象っていく様子は、儀式としてみると幻想的な光景に見えた。


「我が名はイグニス。炎の民に祝福を与える者なり。我こそ望もう。ロゼアン、我を継ぐがよい」

 

 機嫌が良さそうなイグニスの声音にレスティオはヴェールの下で苦笑した。


「さぁ、フラムも共に炎を継ぐ者に祝福を」


 宙を舞いながらイグニスが求めると、レスティオの元から炎の蝶が溢れ出て飛び立つ。

 一瞬燃えていないかと焦ったが後頭部に熱はなく、顕現した姿は魔術の炎とは似て非なるものなのだと安堵する。

 皆が聖騎士からの祝福と誤解しているのを承知の上で立ち上がる。


「ロゼアン。聖なる炎の祝福を受けるお前こそロード・レッドの名にふさわしい。私はロード・レッドとなるお前と、互いに互いの後ろ盾として良き関係を築けたらと願う」

「有難き御言葉に御座います。これまで受けた恩義に誠心誠意お応えすることをロード・レッドの名の許、聖騎士様より賜った聖剣イシスに誓いましょう」


 聖騎士との関係を示したところでレスティオは席に戻り、順番が前後したが、ユリウスから祝辞が贈られる。

 その後、聖女の血を継ぐ家系と声高に語っているドーベル家を代表してヴェンジャミンが祝辞に出てくると、その流れでハイネルとの婚約と婚姻の儀の参加が発表された。

 これからカーストンに取り入ろうとする者が多く出てくることを見越した牽制だった。






 退場した後、レスティオは会食の席に案内された。

 皇族はユリウス、リアージュ、ロデリオ、クラディナ。賓客としてロゼアンとエメラルナ、ハイネルが席に並ぶ。


「カーストン家の当主の代替わりをこうして祝って頂けること、心より感謝いたします。次代に繋がる縁も結ばれ、前当主としてこれほど喜ばしき日はありません」

「聖オリヴィエール帝国に聖なる血が色濃く受け継がれていることに、私たちこそ喜ばしく思っている。カーストンもドーベルも、共に皇室と手を取り合ってくれたらと願う」


 会食の主催としてユリウスが乾杯を告げて、給仕が始まる。

 ロゼアンとハイネルは見知った者たちに囲まれて恐縮した様子だが、その初々しさを微笑ましく見守る雰囲気に包まれている。

 

「こうしてハイネルと席を共に出来る日が来るとは思わなかったわ。改めて心から幸せを祈ります」

「ありがとうございます」

 

 赤いドレスを纏い、護衛魔術師ではなく一令嬢として飾ったハイネルは気高い美しさを見せていた。

 今日は皆赤を衣装に織り交ぜていることもあり、会食の席は華やかに彩られている。レスティオはエメラルナと視線を合わせて微笑みを交わした。


「今日は立ち会えて良かったよ。レディ・レッドがいたなら、飛び跳ねて喜んだだろう」

「まぁ、お姉さまは本当に生まれ変わっても変わらないのですね」

「夜の宴のドレスコードは赤なんだって?いつものことなのか?」

「いいえ。お姉さまが赤に拘っていたと聞いてのことです。使用人たちが屋敷の模様替えに大慌てでしたよ」


 くすくすと笑い合いながら和やかに話せば、ロゼアンも無理を言ってしまいましたねと苦笑して加わった。

 夜にはエルリックの屋敷で新当主の就任パーティーが行われる。レスティオも皇族も参加する予定はなく、親族だけの宴だ。

 新当主への挨拶と共に、イグニスのペンダントに魔力の奉納を行い、火の病の危険度を測ることになっている。火の病を起こす可能性が高い者は、落ち着くまで帝都に留まり魔力を調整する必要がある。

 場合によっては、魔術師団や魔術学院で臨時に雇い入れることも検討されているので、皇室としてもその結果は気に掛けている。


「エメラルナがセルヴィアに同行していてくれて幸いだったな。タイミングが違えば、このような祝いの席は中々設けられなかっただろう」

「それこそ、ロゼアンがレスティオ様にわたくしのことを話してくださったからこそです。レスティオ様がわたくしに会いたいと仰っていたと、伝え聞いていなければセルヴィア殿下に同行を願うことはなかったでしょう」


 正直に言って、セルヴィアに申し入れをした際、最初は申し入れの書簡を渡すことを側近の時点で渋られたという。

 西部もフォンヴェールや大都市の周囲は外壁を築いて魔物の侵攻を退けているが、規模が小さかったり離れた場所ほど被害を受けている。

 セルヴィアの異動に伴い西部帝国軍の戦力が手薄になる中、魔術師団の顧問であるエメラルナの存在は重要視されていた。


「東部の方の状況は聞いているが、西部の詳しい状況は未だ聞いていなかったな。厄災対応に追われる中、渋る側近をどうやって説得したんだ?」

「セルヴィア殿下にグレイ・ボートムとの養子縁組の申し入れをして面会のお時間を頂きました」


 グレイ・ボートムといえば、セルヴィアが寵愛する城仕えの手伝いとされている者。

 どういうことですか、とリアージュも身を乗り出して尋ねる。ボートム家の扱いに関しては魔術師団の動きもあって皇族の懸念事項に上がっていた。


「セルヴィア殿下は自らの側近にと望んで貧民街の子であるグレイ・ボートムを近くに置いていたのです。きちんと役職を与える為に、嫁ぎ先か養子縁組先になれる者をずっと探していました」

「では、グレイはカーストンに?」

「はい。今は西部の魔術学院に通わせています。魔力量が多いからこそ、魔力を制御する方法を正しく学ぶ必要がありますし、ボートムだからと見逃されていた振る舞いも正さなければ城で働かせることは出来ません。卒業して何になるのかは国試の勉強をしながら考えるように指示してあります」


 帝都でボートムの扱いが見直されているのは耳に入ってきていた。

 聖騎士がボートムを筆頭護衛騎士に認め、皇族と共に褒賞まで与えた。

 聖騎士の意志を尊重する姿勢を見せるならば、ボートムに関わりたいが、貧民街から連れて来ることは難しい。となれば、グレイ・ボートムに注目が集まるのは必然。

 セルヴィアの庇護下にいる彼を引き受けられる家格と教育環境と家族の理解を整えるべく西部では重役たちが奔走していた。そんな中で、エメラルナが勝ち取った形だ。


「へぇ、じゃあ、西部へ訪れることがあれば是非紹介してくれ」

「勿論です」

 

 他愛ない話の中に共有したい情報を織り交ぜながら昼食の時間を過ごすと、ロゼアンたちは夜のパーティに向けて準備をすべく帰宅した。

 レスティオは側近の選定や魔術師団との打ち合わせの準備の為に部屋に戻る。


「レスティオ様。先程セバンから言伝があって、トレリアン管理官の子が生まれたそうです」


 部屋の前に控えていたアロウから報告を受けて、レスティオは思わず部屋に入る足を止めた。


「えっ!?生まれたって言うのは、母体から出てきたということで合ってるか?」

「それ以外にありませんね。レスティオ様でも子が生まれるという状況には動揺するのですね」

「世界の常識の違いを知ったばかりだから」


 くすくすと笑うエリザに少し恥ずかしく思いながらレスティオは棚に置いていたアミュレットラビードを一体手に取る。

 ハイラックとユーリアをイメージした色彩で作ったぬいぐるみだ。


「エリザ。先にこれを届けに行ってもいいかな。ユーリアは聖騎士直轄組織の管理官だし、こういうお祝いは早い方がいいと思うのだけど」

「仕方がありませんね。では、お話は夕食の後に致しましょうか」

「では、お出かけの準備を致しましょう」


 浮足立った様子のレスティオにエリザは苦笑して予定を調整して出ていく。

 ラハトが特待生寮へ向かうならどの衣装にしようかと選ぶ中、ルカリオとシドムが正装を脱ぐのを手伝う。


「ぁ、クォート。急な予定変更だけど……」

「構いません。出産直後で屋敷が落ち着かぬようならば、私の屋敷で食事の準備など手伝うように頼みましょう」


 護衛騎士はジャケットさえ脱げば、帝都内を巡回と称してランニングする兵に紛れられる。

 準備が整うとレスティオはジャケットのフードを被って護衛騎士の影に隠れながら城を出た。


 

レナは自由に振る舞う系の聖女でした。

残念ながら、レスティオとちゃんと絡むのはまだ先になりそうです。

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