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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
213/256

第192話 騎士団の宴(2)


 退寮の見送りはしたが、カーストン家の御者を待たせていたことと、ミアとユハニの入寮もあって慌ただしく、落ち着いて話す時間は取れていなかった。


「ロゼアン。改めて婚約おめでとう」

「ありがとうございます。レスティオ様からイグニスを賜ったおかげで、望んだ縁を結ぶことが出来ます。本当に感謝しています」


 そんな気ない顔してた癖にと妬ましそうな同僚たちに絡まれながらロゼアンは幸せそうに笑う。


「聞いてくださいよ、レスティオ様。俺も結婚相手見つけたと思ったら、やっぱり騎士より魔術師がいいって断られたんですよ」

「遠征で会えない日が続くのは仕方がないだろうになぁ、魔術師だってこれからは遠征あるだろうに……」


 婚姻の儀に向けた婚約、婚姻ラッシュに乗り切れなかったらしい兵たちが悔しさと共にジョッキ追加だぁ!と叫ぶ。

 ふと、ジェウがシャナに声を掛けて席を立つ様子が見えた。


「ジンガーグ隊長。聖騎士直属に籍を移しましたが、少々ご報告をさせていただいてよろしいでしょうか」

「おう、なんだ」

 

 声を掛けられたソリッズは豪快に笑っていた表情を引き締めて上官らしくジェウに向き直る。


「昨日、聖騎士様方の協力もあり、聖ゾフィー帝国のシャナ様とご縁を結ぶこととなりました。既に手続きを終え、来たる婚姻の儀に参加する運びとなっています。急速に話が進み、事後報告となりまして申し訳ございませんが、以後聖騎士直属護衛騎士として一層気を引き締めて行く所存であります」

「うむ。遂に覚悟を決めたか。ゾフィー帝国遠征の時から良縁になるだろうことは参加した誰もが思っていた。厄災の中、共に苦境に臨み、共に主人のため力を尽くした2人ならば互いに深く理解し尊重し合えることだろう。心から祝福しよう」


 ジェウとシャナが揃って礼を言う。

 それまで様子を眺めていた者たちが、待ちに待った様子で祝いの言葉をかけ始めた。

 自分が祝われる立場ではなく悔しい想いをしていても、仲間の幸せは嬉しい様子で和やかな雰囲気になっている。


「婚約、結婚のタイミングで上官に挨拶するのが慣例なんですよ」


 じっと様子を眺めていたレスティオにネルヴィが隣に座って言う。

 エレクはクォートに挨拶した後、現上官のガヴリールの元へ行き、元上官のへレディの元へ行っていた。

 その間、周囲にいた兵たちはフランドール隊長の娘の相手はお前かと驚きのままに話を広め、1日のうちに大半の兵に婚約が知れ渡ることになった。

 ロゼアンもパドロン隊の上官たちに報告はとうに済ませていて、クォートにも特待生寮で顔を合わせた時に報告していた。相手が知っていても報告をするのが大事なのだといい、ユハニが迎年祭まで報告しなかったことが弄られる。


「ネルヴィ、子供はまだこれからか?」

「あぁー、そうなんですよ。いつ生まれるかわからないってのが本当に落ち着かなくって。聖騎士様の祝宴なら行きなさいってミウに言われてきたんですけど、こうしてる間に生まれたらどうしようとか気になって仕方がないんですよ」


 ここ数日ことあるごとにうわついては落ち着けと宥められている。

 騎士団の父親たちに話しを聞いては心構えをしようとしているが、貧民街で見て来た赤子の印象が強く、一般的な子育てが出来るのか不安が大きいと弱音を吐く。


「ぁ、そういえば、レスティオ様は貧民街がどうなってるか見ました?」

 

 気を紛らわせようと肉巻き野菜にフォークを突き立てたネルヴィは尋ねてから一口には大きいそれを口に押し込んだ。

 叩き込まれたはずの礼儀作法はこういう場では一切垣間見えない。ある意味才能だと思いながら、レスティオは完全に後回しになっていたなと脳内のやることリストを思い返す。


「行ってみたいとは思っているんだけど、どこにあるのかみつけられてない」

「そうだったんですか?気に掛けて下さってるから一度くらい行ってると思ってました。この前、なんとなく行ってみたんですけど、魔術師団とか学生の魔力鍛錬場扱いになってて、騎士団の宿舎より綺麗になってたんですよ」

「それは、逆に騎士団の宿舎の環境はどうなってるんだ?」

 

 魔術師団の動きについては話は聞いている。だが、比較対象に挙げられた騎士団の宿舎事情が不安になってしまう。

 後で詳しく聞いてみれば、騎士団はそもそも予算も少ないので、いくら廊下や部屋を綺麗にしようとも備品は完全に使えなくなるまでは買い換えないので年季が入っているのが当たり前。

 裕福な者は家から寝具を持参したりすることもあるが、大半はあるものをそのまま使い続けていて、掃除も洗濯も使用者の裁量にゆだねられる。結果、宿舎は生活空間としては清潔感に欠けた粗末な状態になっている。

 ミアは、過去の知見から騎士団なんてそんなものかと割り切っていた。馴染むために努めることはしても、改善しようというつもりは目立ちたくもないしなかったという。


「貧民街にいた者たちは邪険にされたりはしていないか?」

「レスティオ様がそういう者にこそ慈悲を願う方と聞いて、屋敷の使用人に雇い入れたり、ボートムの屋敷の方で面倒を見させたりとか動きがあったようです。今や貧民街には鍛錬する者以外は立ち入らない状況になっているとか」

「……それは、ボートムの屋敷の者たちの不満が溜まっていないか?魔術師団の都合で貧民街の運用を変えられてしまったわけだろう?」


 貧民街の環境が大幅に改善されたようだが、貧民街のような環境は社会の仕組みの中で出来るべくして生まれているものでもある。

 それは一朝一夕で変えられるものでは本来ない。社会の制度や人々の意識は緩やかに変化して根付いていくものだ。魔術師団の話を聞いていると、どうにも適切に対処できているのか不安になる。


「不満?レスティオ様の一声で色々変わってくのは今に始まったことじゃないと思いますけど」

「貧民街を変えたのは、俺の一声じゃなくて魔術師団だろう?」

「そういえばそうですね」

「学生も出入りするなら、アッシュに話を聞いておくかな」

 

 ヴィシュールのおかわりを貰って食堂内を見渡すと、アッシュは東部派遣団の席を離れてドレイドから魔術訓練の相談を受けていた。

 新兵が魔術を使う者たちを見てやる気を出しているが危なっかしくて。と、席を共にしているのはパジェットだ。

 隣のテーブルからフランも興味深そうに話しに加わっている。

 後進教育に関わると思えば割って入る訳にはいくまいと東部派遣団の席でニルカと談笑しているダニルの元へと向かう。


「お邪魔していい?」

「なっ、お、お邪魔だなんてっ!どうぞっ!」

「新しい料理を取ってきましょうか」

「いいよ。気を遣わなくて。こういう席は無礼講が基本だろ?」


 テーブルの上に料理がないわけではない。どれも手が付けられているが、元より料理を共有することに抵抗感などない。

 無礼講の言葉に反応して、ダニルが東部では皇族と共にそういう席もあったが緊張したと話し始めると、ニルカも思い出した様子で頷いた。

 レスティオの使者でもある東部派遣団は歓待しておかないと後で怒られかねないと、レナルドとヴィアベルは悪戯な笑顔を浮かべていたが、他の皇族たちは戸惑っていた。いくら聖騎士の使者であろうと皇族が歓待するような身分ではないのだから当然の反応だ。

 笑う二人は酔いが進んでいるようで、レスティオも笑いながら相槌を打つ。

 

「ところで、ダニル。久しぶりの魔術学院はどういう様子だ?貧民街を使った魔力強化とか新しい取り組みが始まってたって聞いたけど」

「そうですねぇ……魔力が一定値以上の騎士学校の学生には魔術学院の実技講義を受けることを認めていたり、魔術師団志望の学生には騎士学校の実技講義の受講が推奨されたり。カリキュラムの変更が多くて、今は状況把握が大変です」


 アッシュとダニルに関して言えば、東部派遣団においては魔術を教えるだけなので、帰還後は魔術学院の通常業務に戻るだけで事後処理や今後の対策に掛かる負担はさほど生じない筈だった。

 なのに、魔術師団のおかげで急激に変化する状況への適用が求められている上、聖騎士関係の遠征に出ていたこともあって各所との調整役を任されそうになっているとダニルは震えた。

 伝手が出来たのはあくまで東部の住人と東部派遣団の面々であり、魔術学院が今求めている人脈とは異なる。魔術学院の人たちも体よく誰かに押し付けたいのだろうと、レスティオは心労を察した。

 

「あぁ、そういえば。貧民街の方には妻が復帰訓練に訪れたそうで、貧民街の人たちの魔力の多さに驚いていました。子供の頃は日常的に魔力を扱うことをしないから、魔術師として育てたいなら意識的に魔術を使わせてみるのもよいかと、久しぶりに子供の話をしました」

「妻……は、魔術師団の上位魔術師だったか。ルイス・ハーヴィだっけ」


 そのまま子供の話をし始めそうなダニルを止めて、妻の方へと話題を誘導する。

 

「はい。お会いしたことがありましたか?」

「いや、こちらに戻ってから、魔術師団だと団長としかまともに会ってない。眠っている間に夫が東部に出向いていて、驚かれたんじゃないか?」

「そうですね。東部に手紙が届いたんですが、魔術師団は聖騎士様の不況を買っているのに、身内が存外重用されているおかげで敬われることが多いとかなんとか。あんなに妻に凄いと褒められたのは初めてです」

 

 魔術学院での状況はともかく、夫婦仲は良好らしい。

 緩んだダニルの表情は幸せそうでレスティオは微笑ましく思った。

 そこにラハトが料理の乗った皿を手に合流する。

 ミートボール。かと思いきや、一口齧ると中には野菜が詰まっていた。考慮したのはカサ増しか栄養か。多分両方なのだろうと思いながら素材の味が美味しいと頬張る。


「魔術師団と聞こえましたが、何の話をしていたんですか?」

「あぁ、そうそう。ダニル。さっきの話だけど、貧民街の人たちの魔力の多さを目を留めたそうだが、その後の交流とかなにか干渉するようなことはあったのかな?」


 ラハトに問われて、料理に気を取られていたレスティオは本題を思い出した。

 

「暫くの間、貧民街の清掃とか一緒にやってたみたいですけどね。そもそも、貧民街って自分はあまり詳しくなくて」

「魔術学院としてはあまり関与してない?」

「話として上がるのは、学院というよりは魔術師団の話題の時ですかねぇ。うちは今、カリキュラムの見直しが優先ですから」

「レスティオ様が貧民街の情報を求めているのだから、アッシュと一緒に情報を集めてみてはいかがです?カリキュラムのことならクラディナ殿下以前にレスティオ様が意見を挙げていたので、情報提供しつつ調整事の相談をさせてもらうとか」


 ニルカが口を挟むと、ダニルは「なるほど!」と大きく反応した。

 面会依頼を求められれば断るつもりはないとレスティオが言えば、さらにテンションが上がった。

 

「なんだかこうして話していると、自分も聖騎士様にお仕えしているみたいで光栄です」

「実績はもうあるじゃないか。今後の働きにも期待しているよ」


 笑顔で応じればダニルは感動した表情で頷き、ヴィシュールを美味しそうに飲み干す。

 すかさず、近くにいた兵がピッチャーを差し出して注ぎ足した。

 周囲はすっかり酒に酔った様子で開始当初より一層盛り上がっている。


「あの、レスティオ様」

「うん?」


 マリティアがカリアスたちと魔物学について話している様子を目に留めてあちらの内容も気になるなと思っていると、ニルカが意を決した表情で身を乗り出した。


「今、自分は宰相付きとして東部派遣団の後処理や皇室の案件補助をしているのですが、レスティオ様がよければ、聖騎士専属秘書官としてグランツ秘書官の下に移籍させて頂けないでしょうか」


 突然の申し入れにレスティオはきょとんとした。

 これまでここまで率直に側近入りを望まれることはなかった。

 

「ニルカ。酒の席だぞ」

「しかし、こういう機会でもなければこれからレスティオ様とお話しする機会はない。宰相閣下もグランツ秘書官も保留の一点張りで、打診も聞いてもらえないんだ」

「打診も何も、一応、レスティオ様預かりにはなっていると言ったじゃないか」

 

 ニルカとラハトのやりとりを聞いて、レスティオは首を傾げた。

 はて、と考えて以前ラハトからニルカの話を聞いていたことを思い出した。


「ぁ、すまない。側近関係だと、護衛騎士の選定や彼らの屋敷の使用人とか色々あったから忘れていた」

「ほら、今聞くしかなかったじゃないかっ!」


 「これはこのまま忘れられて流される奴だ」とニルカが嘆くと、「落ち着けー」と緩く笑いながらやってきたセバンがその背中を撫でた。

 ついでにヴィシュールを飲み干したグラスに果実酒を雑に注ぐ。


「セバン。酔い覚ましに水と料理を持ってくるから押さえておいてくれ」

「おう。そっか。酔い覚ましの料理が少なかったか。美味くて油断してたな。おーいっ!ユハニっ!酔い覚ましで美味いモノ作って!」

 

 セバンの声に、通りで酔いの回りが早い訳だと皆陽気に笑う。ニルカも注がれた果実酒を飲んで、美味いと表情を綻ばせる。

 純粋に酔っ払ってしまった者たちの様子をレスティオは新鮮に思う。

 いつもは酔い覚ましの薬を含んだ料理が置かれているので皆多少陽気になってもすぐに平静に戻れるようにしていたが、今日はただ酔っぱらっている。


「薬草水お持ちしました。レスティオ様、クルールはよろしいですか?」

「じゃあ、お願いしようかな」


 ルカリオが薬草水のポットとグラスを持ってやってくると、慣れた手つきでテーブルの上のボトルと水差しを引き寄せてクルールの水割りを作った。

 グラスをレスティオの前に置いてから、自分たちで飲み始める様子のないニルカとダニルに薬草水を注いだグラスを用意して、クッキーを乗せた小皿も添えた。


「酔い覚ましの薬草が入っておりますので、どうぞお召し上がりください」 

「今は要らん」

「兄様。レスティオ様の御前です。無礼講にも限度がありますよ。召し上がって頂けないならば、レスティオ様を別のテーブルにご案内します」


 じっとりと睨むニルカに対して、にこりと笑顔で勧めるルカリオ。

 やがて笑顔の圧力に屈したニルカは悔しそうにクッキーへと手を伸ばした。

 

「ルカリオ。東部土産の果実酒。お前も飲む?」

「良いのですか?お酒はあまり強くないので、少しだけ頂きたく思います」


 セバンに促されるままルカリオが座る。

 ふとラハトを探すとギブール隊の者たちとなにやら話していた。

 ルカリオに薬草水とクッキーを持たせて自分は歓談を優先したらしい。恐らくあえてだろうと思っていると、セバンはダニルと話し始めた。

 これはセバンとラハトの連係プレーだろうかと思って、レスティオは大人しくその場に留まることを選択した。


「甘くて美味しいですね。アジュラナを加えたら、クラディナ殿下が好まれそうです」

「果実酒の紅茶割か。悪くないな。クラディナの好みも把握しているのか?」

「はい。皇族の皆様の好みは把握しておくべきだと言われまして。まだ食事の好みは模索中ですが、お茶やお酒の好みは把握しております。レスティオ様は今日はお酒をたくさん飲まれているので、就寝前のお茶は爽やかな香りの落ち着くものをご用意したいと思います」

 

 張り切った笑顔にレスティオは思わずルカリオの頭を撫でまわした。

 

「レスティオ様は何故ルカリオをそう寵愛されるのです?」


 面白くなさそうに口を開いたニルカにセバンが笑い出しそうになって堪える。

 それに気づいて、なんだよと拗ねるやりとりは、お互いを分かり合っている仲の良さが見えた。

 まぁまぁと宥めるダニルの緩さもまた和やかなものだ。


「兄様は何故レスティオ様の秘書官になりたいのですか?」


 ぐだぐだした雰囲気にルカリオは躊躇いがちに話を戻す。

 するとニルカの表情が真剣なものに変わった。

 

「ハイリ様の側近の血縁というだけで評価を止められているのを知らないのか。父が宰相だから宰相付きに留まれているだけで、失脚しようものなら碌な部署に就けないことはわかりきってる。ミラルドは早々に城での仕事に見切りを付けようとしているが、私は外交官になるまで諦めんのだっ!」

「はいはい、お前は水も飲め」

 

 セバンが宥める様子を眺めながら、クォートの家の使用人となったオーヴィス親子の事を思い出す。

 組織の中で多少のしがらみは存在するものだが、ハイリの暴走に関わっている身として気に止めなくて良いものか考えてしまう。


「レスティオ様」


 暫く東部派遣団のやりとりを観察しながら考えていると、マリティアが側に着ていた。


「時間も遅くなってまいりましたので、わたくしはこのあたりで下がらせて頂こうと思います」

「おや……あぁ、もう就寝時間だな。気に留めずすまない」

「いえ。わたくしもつい楽しくなってしまって時間を忘れておりました。本日はお招き頂き感謝いたします」

「こちらこそ、誘いを受けてくれてありがとうございます。また近い内にお茶会でも致しましょう」

「えぇ、楽しみにしております。では」

 

 マリティアの退室と共に聖ゾフィー帝国の者たちが惜しまれながら出ていく。

 レスティオも席を立つと、クォートたち護衛騎士は揃って側に集まってくる。ルカリオとラハトも伴って食堂を出るとすぐに「解散かぁ」「宿舎組は片付け手伝えー」と賑わう声が背中に聞こえてきた。


 

色んな関係性がごちゃついた宴の席でした。

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