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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
209/256

第188.5話 フランドールの娘


 トリス・フランドール。21歳。

 魔術学院に通いながら城の文官を目指して絶賛勉強中の身である。

 去年の冬に行われた文官の国試は余裕で合格ラインに到達した。聖騎士様のお手製問題集様様である。

 あとは、魔術学院の卒業単位を取得できれば、春には城の文官に就職が叶う。

 

「ただいまー!あれ、おじいちゃんとおばあちゃんがいる。どうしたの?」


 授業を一通り終えて、図書館で友達と勉強してからお腹を減らして帰宅した。

 玄関のドアを開けるとリビングのテーブルには祖父母。そして姉がテーブルに突っ伏していた。


「お姉ちゃん、なんかあった?」

「……お父さんが、大出世した」

「え?なにそれ。話違くない?」

 

 重たい空気は紛れもなく姉の所為だ。

 めんどくさく思いながら、祖母がご飯の支度をしようかと立ち上がったので手伝うべく荷物を部屋に置きに行く。


「あぁ、お義母さん、ごめんなさい!夕飯、私が作りますから」


 リビングに戻ると丁度母が帰宅した。

 いつもより小綺麗な格好に首を傾げる。

 今朝は普通に工房に出かける格好をしていたはずだったのに一体何があったのか。


「いいから。トリスに話をしないといけないでしょう?」

「すみません。助かります」

「そっちは大丈夫なのかい?」

「はい。眩暈がするほどの豪邸でした……使用人という人が5人もいて、料理人までいるんですよ」


 母が祖父の隣に座ったので、姉の隣に座った。

 肩を突いてみるも拗ねるように縮こまるだけだった。


「お父さんが出世したの?」

「そうなの。聖騎士様の筆頭護衛騎士ですって。降格どころか、聖騎士様の筆頭を輩出した名家の仲間入りよ」

「えぇっ!?凄い凄いっ!それでお父さんは?」

「筆頭護衛騎士よ?基本的には聖騎士様のお側に居ないといけないし、今晩は護衛騎士として研修があるから帰れないんですって」

 

 言葉を聞く度にぱぁっと目を輝く。

 その瞳は予想していた通りだと、母はため息をついた。


「それでね。聖騎士様の筆頭護衛騎士ともあろう人がこんな小さな貸家に住んでいるなんて不相応だからって、聖騎士様の御屋敷の隣に私たちの新居が用意されたの」

「新居っ!しかもお隣さんが聖騎士様ってすごっ!なにそれっ!ぇ、そこに使用人がいて、料理人までいるの?」


 今すぐにでも引っ越したいと語る瞳に、次の休みに連れて行くと約束した。

 母も姉も仕事を休んでいるなら自分だって学校を休みたいと思ったが、成績に影響を出したくはないので渋々承諾した。


「ぇ、それでお姉ちゃんはなんでそんな落ち込んでるの?」

「私が付き合ってる人、騎士団の人だから……筆頭護衛騎士の娘に相応しい人かどうかとか、色々あるの」

「あぁ。まだお父さんに言ってなかったんだ」


 自分にはまだ色恋は早いと割り切っている。

 姉はもう頃合いだろうが、城の文官になってからの方がよりよい相手が見つかるだろうと思い、寄ってくる男にも今は未だと告げるようにしていた。

 改めてその考えは正解だったと思う。


「だって、フランドール隊長の娘には声を掛けたくない。って騎士の人が話してるの聞いたもの」

 

 騎士団では厳しい部隊長をしているという父。怖がる声は騎士団がランニングなるものを始めてから時折聞こえるようになった。

 苦笑した母がその頭に手を伸ばして慰める。

 

 流石に夕食の時間には体勢を戻したが、ぐずぐずと鼻を啜る姉は少しだけ可哀想に思えた。

 祖父母は夕飯を一緒に食べた後、自分たちの住む家に帰っていった。屋敷に共に引っ越すつもりもなく、明日から仕事に復帰すると楽し気な二人を見送った後、テーブルの上に勉強道具を広げる。


「テトラ。先に湯浴みする?」

「んー、そうする」


 姉が着替えを取りに部屋に向かったその時、玄関のドアがノックされた。

 父のノックの仕方ではない。誰だろうかと母と目を合わせて覗き穴に駆け寄る。

 不審者ならば、父が玄関に置いた笛を吹いて巡回中の兵を呼び寄せればいい。


「ぁ、お姉ちゃんの彼氏だ。お姉ちゃーんっ!」


 なぁにー?

 

 部屋のドア越しに籠もった声が返ってくる。

 彼氏と叫ぶと覗き穴の向こうのその人は驚いた顔をした。

 姉も慌てた様子で部屋から駆け出てくる。


「えっ!?えっ!?えっ!?」


 言葉も無く、驚いた勢いのまま姉は玄関のドアを飛びつくように開けた。

 

「エレクっ!ど、どうしたの!?」

「夜に申し訳ない。フランドール隊長と話をしてきた。少しだけでいいから、時間を貰えないかな」

「あら、良かったら入ってもらって。お茶を淹れるわ。ぁ、なにか食べる?」

「いえ、夕食は済ませてますので、お気遣い無く」


 広げたばかりの勉強道具を片付け、リビングのテーブルを姉とエレクに譲る。

 部屋の扉を半開きにして声だけ聴こえるようにして、部屋の中に魔力結晶のテーブルを用意する。


「ぇっと、まず、初めまして。テトラさんとお付き合いさせて頂いています、帝国軍騎士団ヴァルナフ隊所属のエレク・ブリッツと申します。今は皇室付きの部隊に所属しておりますが、以前はギブール隊の小隊長として運送を担い各地を回ったり、聖騎士様の護衛騎士を務めたこともあります」

「まぁ、十分ちゃんとした人じゃない。テトラが不安そうにしてるから、てっきり肩書きも無い人なのかと思っていたのに」


 耳を済ませながら、内心、へぇーっと感心する。

 姉とエレクが二人で歩いているところに出くわしたことがあるので関係を知っていたが、どういう人物か詳細には知らなかった。


「私も初めて聞いた……」

「何でよ!貴方こそちゃんとなさいな」

「いえ、自分も今回の選定でレスティオ様の護衛騎士に選ばれるかもと期待して、あえて黙っていたところがあったもので。カッコつけようとして不安にさせてしまったようで申し訳ないです」


 付き合い始めた時には異動で小隊長の肩書きが無くなったところだった。

 皇室付きも聖騎士護衛騎士が選定されるまでは仮配属で堂々と語れることではなかった。


「それでその、ようやく所属も落ち着きまして、フランドール隊長と話をしてきました。テトラさんとは結婚も考えてお付き合いさせて頂いているとご挨拶して、承諾頂きました」

「本当!?嫌な事言われたりしなかった?大丈夫?」

「大丈夫です。ただ、これからのことは二人でよく話し合うようには言われました。自分はもう何年も決まった寝床の無い生活をしていましたから、今の宿舎生活すら慣れぬ身です。なので、住む家はテトラさんの御心に寄り添えればと思っています。仕事はそのまま続けていて欲しいです。あの店で楽しそうに働いているテトラさんに自分は惹かれたので、その姿を見ていたい我が儘ですが」


 照れたようなエレクの言葉に、姉のすすり泣く声が重なる。

 母の慰める声がいつも以上に優しくて、勉強の手を止めて羨ましくなる。


「ぇ、て、テトラさんっ!?結婚までは早かったですか!?仕事はやめて家にいてくださっても、他の仕事でも全然大丈夫です!」


 実に的外れな事を言う人だ。笑いそうになるのを堪えてペンを握り直す。

 

「それともまともに定住したことのない男はやっぱり駄目ですか?レスティオ様の前でご挨拶したので撤回したくはないのですが。浮気も絶対にしません!騎士団の愛妻家の輪に加わって、テトラさんを一生大事にしたいと思っています!」


 必死の訴えが愛の告白ばかり。

 どれだけ姉はエレクを惚れこませているのだ。

 泣き声が大きくなって、嬉しさで溜まらないのだろう姉が幸せになってくれたらいいと思いながら部屋を出る。


「お義兄さん。お姉ちゃんは嬉しくて泣いてるだけだから、それ以上泣かせないで大丈夫ですよ」

「な、泣かせたくて泣かせているわけではっ……嬉しいと、思って頂けているなら、なによりなのですが」


 頭を掻くエレクはどう見ても女慣れしていない。

 浮気なんて出来るタイプではないだろう。

 ちょっと落ち着いてお茶を飲んでいたらいいと勧めると、言われるがまま姉が落ち着くまで行儀よく待っていた。


「あの、自分の故郷はブルムヴェールの方なのですが、婚姻の儀に合わせて父と母が帝都に滞在する期間があります。その時に良ければテトラさんを紹介させて頂けませんか」

「婚姻の儀に合わせて、というと……?」


 母が怪訝そうに問う。

 厄災の折、わざわざ観光目的で移動する物好きはいない。

 仕事関係と考えるのが自然だった。


「父は東部騎士団で部隊長をしています。ダノン・ブリッツといいます。母は、アルテア商会の職員で、エアリーズ・ブリッツといいます」

「まぁ、アルテア商会!今私が働いてる工房が大量注文を受けててんやわんやしているわ」

「ぁ、そ、それはご迷惑をお掛けしているようで申し訳ありません」


 母に問えば、東部の皇室御用達の商会と言う。帝都で言うノジャーロア商会だ。

 両親ともに身元のしっかりした人と分かって、母は安心した様子だった。


「部隊長に皇室御用達の商会員……ねぇ、テトラ。顔合わせする時、屋敷の応接室を使う?中々に豪華だったから、そういう人たちを招いても恥ずかしくないと思うの。今、婚姻の儀の前でそれなりのお店の大部屋はもう予約でいっぱいらしいのよ」


 この前主婦仲間から聞いたという母に姉は緊張した顔になる。


「ほら。住む家のことを決めるにも、二人とも屋敷の方も下見に来るでしょ?そうしましょう」

「でもそんな急に挨拶とか結婚とか……」

「進む時はすぐ話が進むものよ。婚姻の儀の後枠の申し込みがもう終わったのが残念だけど、テトラもエレクさんと本気で結婚したいと思っているんでしょう?なら、覚悟決めなさい」

「不安があるなら何でも言ってください。これからは二人の事なんですから」


 エレクの笑顔が眩しい。

 また姉が涙ぐんで鼻をすする。

 こんな姿を見せているのに愛おしい表情をする。自分はこういう人に出会えるだろうかと、これまで声を掛けてくれた人を断った選択に間違いがないか不安になる。


「ありがとう、エレク。クォート・フランドールの娘で苦労させるかもしれないけど、よろしくおねがいします」


 どういう意味かと、母が少しだけ怖い顔をした。


「いいえ、テトラさんと結婚できるなら、親が誰であろうと構いません。学は弱いかもしれませんが、堅実に生きて来た自信はあります。マナーやダンスも護衛騎士として学んできました。いざとなればレスティオ様が力添えしてくれるだけ誠意を尽くしてきたつもりです」


 そこまで言って、ぁっ、とエレクは何かを思い出したように照れ笑いした。


「あの、実はですね、テトラさん」

「はい?」

「婚姻の儀、3回目がレスティオ様の推薦枠だそうで。元護衛騎士と筆頭護衛騎士の娘の婚姻ならば枠を用意可能と、レスティオ様からお祝いの言葉を頂いています。御心が定まらぬというなら、またの機会でも構わないと自分は思うのですが、いかがでしょうか」


 それは断ってはいけない申し出だと思う。

 母が頭を押さえてふらりと眩暈を感じた素振りを見せた。

 姉の肩にそっと手を置いて、幸せになりなさい、と一言告げたのはきっと現実逃避だ。



土曜日に祝日更新の予告忘れてました。

この後、新居訪問とか構想はあったんですが、

番外編的な扱いなのに長くなりそうだったので本編の時間軸でぶった切りました。

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